悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
上 下
299 / 305

この世界で生きていく……。4

しおりを挟む





 私は私自身がおかしいことを一応は自覚している。

 ただ、先程彼女が言った通りだ。それを全部言い当てられて、人の感情として吟味され、考察されて辻褄を合わせられたら、私は人格の破綻を起こしていることを認めざる負えない。

 けれど、そのすべてというのは、事実とともに、私の中にしかないものがある。

 だから、私は、彼女に変えられることなど到底ないのだと、決め込んでいたが、なぜだかこうして、全部を話そうとしてしまっている。

 ……そもそも、なぜ私はこんなにもクレアを許すのだろう。媚びもしない、可愛げもない、ただ昔の婚約者の皮を被った化け物、それに、私は意図せず、名前を与えた。

 そうすると彼女は、クレアという確立した存在にこの世界で成った。周りにはいつの間にか人がいて、当たり前に学園生活を送る少女になった。

 そして彼女は私を愛しているという。小鳥が生まれたとき、初めて見たものを親として愛するように、名づけをしたのが何かしら彼女に影響を与えたのだろうか。

 ……あぁ、ただそれは、私が彼女を許す理由にはならないね。そちらから私の今の挙動を説明するとすれば、それによって絆されたと言う他ないだろう。

 しっくり来ない。そもそも、クレアは私に委ねるという判断をしたが、やっぱり強請るでもなく、服従するでもない。

 ……強いて言うならば、与える側のような素振りをいつもする。

 それを私にやったのは、おばあ様だけだ。

 子供時代の幼く愛情を欲する私の欲求をおばあ様は満たしてくれた。

 子供の遊びに付き合い、時には勉強を教えて、夜は共に眠る。そういう与えるだけの情を与えて、私が信頼しきったとき、その夜に。

「……やはり、美しいひとだったとはいえ初老の女だったからね、香水でかくしていても、老いの香りがするというか、死の近い匂いがするんだ。彼女に抱かれると」
「っ、……」
「そうしていると、次第に汗の匂いと、それからカサついた、手が私をなでて、少年だった私の短い四肢を押さえ込んで行為に至った。そういう日々が続いていたよ」

 そうやって、私は愛される事への見返りを、返した。それが私に望まれた事だった。

「……少し顔色が悪いね」
「だ、大丈夫」

 ……そうは見えないけれど、まあ、これから死ぬ相手の体調を気遣うなんて馬鹿らしいだろう。

 そう割り切って、彼女に話す続きを考える。過去、私はそうして愛された、そして、その周りの大人達の反応すべてが、今の私の根源として鮮明にその時の気持ちが思い出せる。

「そして暮らしているうちに、わかったんだ。おばあ様は、私の瑞々しい肌や顔つきを見て、若き日の自分を見ている」
「自分……」
「そうだよ。使用人達は私のことを見て、おばあ様の顔色を伺っている」

 話が変わり、クレアは顔を上げる。それから、よく分からないという顔をした。

 ただこれはよくある現象だ、というか大体の場合には、話をする時、誰かと行動を共にする時、その人間の事を見てなどいない。

 中の性格や本人にはさして興味が無い。必要なのは、その後ろにいる人物やその人間が持っている繋がり、はたまた金や力だ。

「国王陛下も同様に私を見て、おばあ様を見ている。エリアルも同様に。つまり、私はおばあ様の所有物として、すべての私の周りの人間から見られ、私という人間はその場所に存在していなかった」
「……うん」

 ここまで言えばわかるだろう。君が、話をする時に、どうしてか私自身に話をさせようとする。

 それはまるで意味が無い。私という存在は、あってないようなもの、そして、私は主張するべきではないと思っている。

 おばあ様の愛情に異を唱えてしまえば、そこでそもそも私の価値はなくなり、エリアルたちのようにいじめ抜かれて、殺されるに違いなかった。

 知られてはならない、決して私は、老婆に陵辱されるのをどのように思っていたのか、その事実がまず、私の生死に関わる重要な問題だった。

「だから、私は主張をしなかった。いまだに、自らのというものを他人に伝える事に嫌悪感がある。君は、それは分かっていただろう?」
「……得意じゃないのは……知ってた」
「そうだね。……そうして日々を過ごしていたがね、ある日、エリアルが母親の復讐のために剣をとった」
「うん」
「おばあ様は、それほどまでにエリアルを追い詰めていてね、私もそれは理解していた。ただ、私もその周りも、父親も、おばあ様には逆らわなかった。このままでいいと、誰もがどうしようも無い事に目を瞑って、停滞を何より、恨みつつ、同時に望んでいた」
「…………」

 望んでいたのは確かだ、多くの人がそれを望み、私には、私というものがなく、ただ、愛されるだけの日々を過ごしていたのだから。

 ……本当は辛く、苦しく、死んでしまいそうなほど惨めで、夜が来るのが恐ろしかった。

 けれど、そう思う事を私は許されてはいなかった。長らく、そうして自らを殺していたせいで、そう思っているのかどうかもその時には自覚できなかった。

 そう言葉にして、クレアに伝えられたら、とてもわかりやすくて良いのだが、今そう考えるだけでも、根拠の無い危機感が体を包んで、言葉にするのを断念する。

 ……幼少期の出来事というのは本当に、いつまでたっても消えないものだね。

「エリアルは、緻密に計画を立てた、当時、王城で一番の権力者だったおばあ様を敵対してきたエリアルが殺害するのは、とても骨が折れる作業だったはずだか、彼はやり遂げた」
「……」
「ちょうど、おばあ様が私に重なっている時でね。おばあ様は魔法使いでもあったから、魔法玉を外して私を楽しんでいる時が一番狙い目だったようだよ」

 当時のことを思い出す。
 それはなんの前触れもなかった。いつの間にか、おばあ様の背後に人影を見つけて、首を傾げた。

「享楽に浸っていたおばあ様の体から、突然の刃が突き出したことには心底驚いたよ」
「……見てたの?」
「そうだよ。私はおばあ様に組み敷かれて真下で見ていた、その剣は、夜だったからか、もしくはおばあ様の血が人間のように赤ではなく黒だったのかもしれないが、とにかく、私のずっと停滞していた時を切り裂いて、前へ進めてくれたのは、あの、黒い剣なんだ」

 魔法を使って、固有魔法の剣を取り出す。いつだってこの刀身は私を安心させてくれる、あの人の黒さのままだ。

 おばあ様の真っ黒な血が滴る、私の剣。

「エリアルには感謝しているよ、彼は私に教えてくれた。留まってはいけないと。停滞してはいけないと、動かさなければならない、そうでなければ、私は幼少の日々のように、動くことが出来なくなってしまう」
「……」
「だから、必要なんだ、常に火種が」

 おばあ様がしていたように私は彼女の髪を引いて組み敷く。慌てて、けれど、あまり抵抗せずに私を見あげる彼女の頬に、刃先を滑らせる。

 その傷口からは、真っ赤な宝石のような血が肌の上で球になりながらじわじわと滲んできて、剣先ですくい取る。

 ……赤いね。あの人とは違って。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

処理中です...