悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

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その方が面白いから……。2

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 世界がゆっくりと進んでいるように感じる、永遠にも感じられるこの止まってしまいそうな世界で、強く込めた魔力だけが体を駆け巡ってそして空気に溶け消えていく。

 その感覚は、このコートにいる私たち、ローレンス達のチーム全員から感じられ、お互いの煌めきを強く孕んだ星の瞳を交わして、息をするのも忘れて睨み合う。

「……始めっ!!!」

 鋭い声が、耳を劈く、脳で理解するより早く反射で、土を蹴り出した。

 隣にいるシンシアは私の初動のスピードに合わせてくれており、そばに並んだまま対面のアーネストと距離を詰めた、彼に初撃を打ち込む頃には、チェルシーは私達より随分とローレンスの初期位置に近い場所で戦闘を開始していた。

 ぐんぐんと魔力が減っていくがここが勝負どころだ。

 この初動さえ上手くいけば、私たちに有利に物事が運ぶ。

「ッ!!」

 アーネストの反撃をシンシアが真正面から盾で受け止め、それから、上手くはじき返す。彼はシンシアの大きな盾に集中して意識を注いでいる。私のことはあまり眼中にないように見える。

 焦らず、けれどシンシアが作り出した隙をつくために、彼らよりも小ぶりな私の剣に魔力を込めて思いきり、切り込む。

 個人の戦いではこんなに大胆な戦いはできないが、今日は違う。シンシアは、私のことをよくよく理解してくれている。

 私の剣はギリギリのところでアーネストによって、いなされるようにして彼までは届かない、けれど、私の剣は起動性だけが取り柄と言っていいのだ、大剣持ちにひとつの傷も与えられないなんて、そんな情けないことあってはならない。

「っ、」
「ぐっ」

 すぐに逆手に持ち替えて、突きを繰り出すようにして、彼の溝尾に剣を埋める、刺さってはいないがノックアウトするには、打撃が足りないだろう。

 大体の魔法を使った戦闘は、斬撃というより打撃によってノックアウトさせている、もしくは魔力の枯渇や治癒の限界によるものだ。

 だから、魔法使い同士の戦いでは血を見ることは少ない。

 アーネストは引くことなく、ここが好機と見たのは、かはたまた、とっさの反撃だったのか、攻撃を繰り出した状態で隙のある私にその大剣を振り下ろす、身を引くが、それだけでは回避は間に合わない。

 ギィィンと、音がして、シンシアの大盾とアーネストの剣が接触する。私に攻撃が到達する前に、シンシアは私とアーネストの間に差し込むようにして、盾を扱い、守ってくれたようだった。

 ……さすがシンシア。

 数歩下がって、腹に手を当て、治癒を試みるアーネストに、私はシンシアの了解も取らずに、土を蹴ってさらに攻撃を仕掛ける。

 急速に回復の魔法を使うと、魔力は相当量消費される。これなら彼の魔力の限界も近いだろう。そんな事を考えながら、そのアーネストに近寄る数歩の間に、一瞬だけ、周りを確認する。

 派手な剣技と固有魔法が飛び交っている方が、サディアスとユージーンの戦闘だ、サディアスが派手に炎を使っているところは、やっぱりなんともしっくりくる、ただユージーンも負けてはいない、お互いに一歩も引かない状態で苛烈な戦いだ。

 ヴィンスとテレンスの試合は、若干ヴィンスが押され気味と見える。私達と同じ、私たち側の初期位置に近い場所で戦っている。

 実際は、私はヴィンスは強いと知っている。倒そうと思えば倒せると思う。が、彼はだいたい、急所一撃でダウンを取ってしまうので、相手の魔力を消費させるという事に念頭を置いて戦っているのだと分かる。

 最後にチェルシーへと意識を向けると、二対一にも関わらず、防戦一方と言うこともないが、やはりエイベルの防御が硬いのか、ローレンスが手隙の状態なのが見て取れる。

 それに、彼は、試合始まってまだ数秒という状態だが一歩引いて戦況を見ている。

 ……まずいな、ローレンス、私達の狙いに気がついている?そうなると、こちらにくる可能性もあるし、混戦になると……いろいろと!

 そんな事を考えつつ、アーネストに剣を打ち込む、私の斬撃などまったく軽いというように彼は、正面から受け止めて、ここで力比べをしても仕方がないと思い、一度距離をとる。

 すると視界の向こうで、チラとこちらを注視して、それからローレンスは一緒に戦っているエイベルと視線を交わす。私も、対面して戦っているチェルシーもすぐにその視線の意味に気がつく。

 ……こっちに来るつもりだ!

 今すぐにでも、アーネストを仕留めなければ、この陣営の意味がなくなってしまう、焦りながら、剣を振るう。

 そんな私の動揺は、アーネストにすぐに悟られたようで、無茶に距離を詰める私は、足を払われて、思い切りバランスを崩し仰向きに倒れ込んでいく。

「クレアっ!!」

 すぐにシンシアが防御に入ってくれて、攻撃を食らう事は無かったが、不甲斐ない自分が情けなく、地面を押し返してすぐに立ち上がる。

 今にでもローレンスがこちらに来てしまうのではないかと心配して、チェルシーの方へと、視線を向けると、意図せずグンッと魔力を持っていかれて、私は思わず体をビクつかせた。

「っ」
「はっあぁ!!!」

 心が煮えたぎるような熱い気持ちに、喉がやけるような涙が出てくるような強い魔力を感じて、強く剣を握る。

 チェルシーは、この過集中的に魔力を使っているこの状態でも見えないような、手数の攻撃を繰り出し、それでも盾の魔法を突破することが出来ない彼女は、エイベルの頬を拳で殴り吹っ飛ばした。
 
 後方に飛んでいく彼に、珍しくローレンスが驚いている姿が見られる。

 ローレンスは、これはこれで仕方がないというような顔をして、チェルシーと対面して、無難に剣を受け止める。

 ……っ、チェルシー!すごいよ!!

 これでローレンスはこちらへ来ることは出来ない、私は、先程の失態を取り戻すために、一呼吸置いてから、剣を強く握る。

「よしっ」

 地面を蹴り、シンシアが剣を防いだタイミングで彼の懐に入り込む。先程と同じ場所に突き刺すように斬撃をいれて、すぐに距離をとる。

 私の攻撃は軽い、焦っても、すぐに結果を出せるような大技を持っているわけでは無いのだ。

 堅実に相手の魔力を効率よく削るしかない。シンシアがすぐにガードに入って、私は常に隙を伺う。

 アーネストは渋い顔をしつつも、それほど応えている感じは無い。けれど物理的なダメージはないにしろ、魔力の消費は厳しいはずだ。

 シンシアが作り出した隙に思い切り踏み込んで袈裟斬りに剣を突き立てる。回復しなければならない場所が広範囲になればなるほど魔力は消費する。

 アーネストは深刻そうに表情を歪めて、私に反撃をするが、シンシアがすぐに盾を構えて反撃を防いだ。

 ……そろそろ、ここらで決着をつけておきたい。チェルシーが頑張って一人ダウンさせたのだ、ここで合流せずに、ローレンスにチェルシーを倒されてしまったら、せっかくの優位性が失われてしまう。

 それだけは避けなければ!

 私もアーネストの防御力を削るために、何度も打ち込んで、それから距離を取り、シンシアと目を合わせた。

 彼女は、器用に片手剣で、アーネストに攻撃を返しながら私の視線の意味を理解してこくんと頷き、アーネストの大きな一撃を防いでから、飛び退く。

「やぁっ!」

 私は、シンシアと交代するように、飛び込んで打ち込み、すぐに打ち返される反撃を何とか腕だけではなく足腰で受け止めて魔力を強く込める。

 それから、その力をそのまま受け入れるようにして押し負けたように見えるように剣を手放す。

 剣は重力にしたがって落ちていく、けれどすぐに真横からシンシアは、大盾の鋭角な部分でアーネストに攻撃を仕掛ける。

 彼は剣を手放した私に対する圧倒的な優位性を確信して、その目の前にいるシンシアの攻撃を素早く避けてそれから、私の方へとくる。

 ……良かった、練習しておいたかいがあったね。

 胸ポケットから、ペンに見せかけた鉄棒を手に取って、避ける体勢を取ったせいで隙のある首めがけて突く。利き手で鉄棒を強く握って、それから、もう片方の手ではその鉄棒の末端を抑える。

 ゴリッと嫌な音がして、「ガハッ」っとアーネストは声をあげて白目をむく。

 鉄棒の先はペンと同じように尖ってはいるが、突き刺さるような形はしていない。こういった形状の護身具があるというのは知っていたので、不意打ちに使えないだろうかと思い、用意と練習をしておいたのだ。

 この世界はただでさえ物騒なので、このぐらいの武装は許されるだろうと考えていたが……これ、大丈夫か?



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