286 / 305
決戦の時……。5
しおりを挟むとなればやっぱり、私達はバラけた方がいいかも。
「私達はさ、ローレンスたちより……言ってしまえば格下だと思うんだよね……」
私はその二人が個人個人の情報を書いているページを眺めつつ口にする。少しの間が空いて、同意の声が返ってくる。
「だから、いつもの作戦というか……この初期位置じゃなく、変えて挑んでもいいと思うんだ」
「……何か妙案でも思いついたんですか?」
「案っていうほどじゃないんだけど」
私がそう言うと二人とも顔を上げる。
「ローレンスのチームって、全員が元々から騎士をやっていたり、戦い慣れしていて強いでしょ? だから、その格差を埋めるために団体戦で、だいたいのチームって、今まで培ってきたチーム力で対抗しようとして密集しがちになると思う」
「そうですね! わざわざ、バラけてもし誰かが負けてしまえばそこから戦況が瓦解してしまいますから!」
「うん、でもエイベルとローレンスはセットなんでしょ? それもディフェンダーとリーダーのコンビ、だったら、ローレンスを手隙にする方法はあると思うんだ」
「どういう事ですか?クレア」
「うん、だからね。こうやって……」
私達の初期位置を書いた丸の後ろに、私も鞄からペンを出して、大きくコートをいっぱいに使った等間隔で四人を書いて、ちょうどアーネストと対面になるように、私とシンシアをくっつけて描く。
「アーネストはサポーターだから、いざと言う時のローレンスのフォローなんかに入ろうと考えていると思う。だからこそ彼は狙われる役回りになる事は少ないと思う、だから、ここを私とシンシアの二人で撃破、シンシアの固有魔法の大盾は、一度も戦ったことがない彼には隙を作る機会にもなると思う、私はシンシアとよく一緒に鍛錬もしてるし、戦えると思う」
「でも、そうすると、ヴィンスの負担が大きくありませんか?」
シンシアが、私の隣に描かれているヴィンスをペンでさして言う。確かにヴィンス相手だと荷が重い、ヴィンスは一対一こそ強いけれど、受け身なところがあって、二人を釘付けにするような攻撃は出来ないと思う。
「だから、ここを交換ってのはどう?」
「……私ですか」
チェルシーとヴィンスに双方向の矢印を書いて見る。
「うん、でもチェルシーがいくらアタッカーだからって言っても、それだけじゃローレンスのチームも警戒して、慎重に動こうとは思わないと思う。だから、今回の試合でバレるのも折り込んで、私は、魔法玉を露出した状態でチェルシーと魔法を使って戦ったらどうかな?」
考えながら喋っていけば、どんどんと頭の中で作戦が具体化していく。普段は服の中にしまいこんだままだが、外に出す場合には、ジャケットのボタンにネクタイピンのようなもので止めて使うのだ。
やるのならそれを買わなければならないだろう。
魔法玉を露出させて戦う人とそうで無い人は五分五分ぐらいだ、だいたい露出させているタイプは、将来魔法使いになった時のことを見据えて、魔法使いの証としての魔法玉を誇示するために露出させるようだ。
しかし、しまいこむ気持ちも割と分かる。何せ、胸の中心に大きなペンダントがくっついているのは邪魔なのだ。服の中の方がまだましである。
けれど、いつもと違うという事をアピールするには、もってこいだろう。そしてローレンスは、私の固有魔法の秘密を知っている。チェルシーには警戒するはずだ。
「確かに、一、二分程度でしたら、試合開始直前に初期位置を交換したり、魔法を使ったりすれば、状況の理解や私への警戒などから、二人を釘付けにできるかもしれませんっ!ただ少し、恐れおいという気持ちもありますが……」
「同じ学年で、公式な試合なんだから、恐れおいとかそんなのないよ! 大丈夫!チェルシー」
「……そうですね。この作戦、リスクが少ないという事もいい点ですね。位置を変えるだけですし、何より私達は、からなず相手の魔力を大幅に一人残らず削る必要がありますから、固まっていて不意にクレアのカギを奪われ試合終了になるのが一番危険です、私と二人ならば必ず守ることが出来ます」
その通りだ、それだけは避けなければならない。逆に、まだ護衛の魔力の余力が残っている時に、ローレンスのカギを取って試合を終了させてもいけない、チェルシーが足止めしていてくれれば、アーネストを二人がかりで倒した後に、ローレンスの元へと向かう事ができる。
「……そうですねっ、しかし二人相手ですか」
チェルシーは、シンシアの意見を聞いて、ぎゅっとペンを強く握る。それから部屋の端の方へと視線を送った。
それからすぐに俯いた彼女は、風呂上がりで結っていない髪が落ちてきてカーテンのように横顔を隠してしまう。
その視線の先には、何があるのかわかって、シンシアも同じように理解したのか、やるせないような表情で口を噤んだ。
部屋の片隅に、ひっそりと置かれているのは、彼女がお小遣いをはたいて買った、魔法使いの戦闘にも耐えられる良質な剣だ。買って間もなくして、記念祭の事件があり、その剣は新品同様のまま、部屋のオブジェとなっていた。
チェルシーはあの事件があってからも特に、変わったことは無い、試合に関しても、特に忌避感を示すとあう事はなく、剣筋には躊躇はない。
「……」
「……」
「……」
三人分の沈黙が重く部屋を包んで、けれど、何も言うことができず、考える。
チェルシーの太刀筋には躊躇は無い、普段も元気だし。それなりにチェルシーはあの事件の時、反撃しないよう努力もしたし、その事についてはチェルシーの中で沢山整理をつけたのだと思う。
だから、人を殺してしまったことに対する気持ちが理解が出来ない私はチェルシーのケジメに意見をすることは出来ない。
……でも、チェルシーがあの剣を気に入っていて、借り物の誰にでも使える凡庸な剣より、相棒になるために誂えた剣の方がはるかに鋭くて、そして彼女にピッタリでしっくりくる。
だからといって、使って戦ってなんて言うわけにはいかない。
ふとチェルシーは顔を上げる。それからそれほど長くなかった沈黙を破る。
「……クレア、私っ、覚悟を決めます!」
「う、うん?」
「ですから、貴方の案のみます!」
彼女は、いつもの通り元気な笑顔でそういった。それから、机に両手をついて立ち上がって部屋の隅にいき、私達二人が意識していた、その剣を手に取る。
それをチェルシーは胸に抱き抱えるようにして持って、身を翻して私達の方へと視線を戻す。
「……例え、人殺しの剣だとしても、剣は剣、私の剣は、誰かを傷つけるためだけの剣では無いはずです!」
毛量の多い長髪が彼女の動きに合わせてふわふわと揺れる。瞳には緩く灯った魔法の光、握られている剣の柄の美しい細工は彼女自身の複雑で繊細な心を表しているように思えた。
「私は、誰かを守れる剣を振るいたい。……きっとクレアを守る剣になる事を約束しますっ」
「……」
「ですから……。ですから、どうか、この剣をふたたび握る私を見届けてください!クレア、シンシア!」
チェルシーの強い意志の宿った瞳に私は、深く頷いて返す。シンシアは少し、苦しそうに、涙ぐんでそれからコクリと頷いた。
「よし!それでは、作戦を詰めましょう!ヴィンスとサディアスもお仕事を頑張っているんです!私達も負けてはいられませんよ」
「はい!」
「うん!」
それからまた三人でノートにペンを走らせた。たまに動きの実演として、部屋の中で動きを再現したり、パターンを考えて作戦を練る。
以降、勉強が疎かにならないように、復習をしたり、そんな風に、私達は差し迫る大きな分岐点に落ち着かない心を紛らわせるように忙しく、そして必死に準備を重ねた。
団体戦は、猶予なく迫ってきて、冬はどんどんと厳しくなる。雪がぱらつくようになったと思えば、あっという間に学園は真っ白な雪景色へと姿を変えた。
剣を握る手にはあかぎれができて、地面の雪に真っ赤なシミを作る。ここへ来た時には、真っさらで幼い女の子の手だったこの手も、それなりにこの世界で言う“魔法使いらしい”手なったのではないかと、ふと思った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
123
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる