悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

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人を襲う計画……。1

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 腕を伝って血がながれ、血液が床を汚す。廊下には部屋に戻るまでの道筋に血痕を残してきてしまったので事情が分からない生徒が見たら、さぞ驚くだろうと思う。

「っ、ぐっ、はぁっ」

 患部をハンカチで押えていたのだが、特に意味はなしておらず、濡れた布をただただ押し当てている状況が気持ち悪い。それに、歩く度に擦れて痛い。

 ただもうすぐだ、すぐに治せる。ヴィンスが引いてくれた椅子に座り、私は自らの部屋に戻ってきた安堵感に、緊張の糸が切れる。

「あ~、ゔ、うぅ、痛いっ!」
「よく我慢されましたね。クレア、ご立派でした」
「そう、かな?っ、はぁ、私もそう思う」
「固有魔法を起動いたしますね、楽な体勢でお待ちください」
「ん!」

 ヴィンスは座っている私に目線を合わせるようにして屈んで魔法玉をくっつけた。

 本当の本当に、私もよく我慢したと思う。でも、あの皆が居る場所で、痛い痛いと喚き散らし、魔法を使っていたら、多分、混乱状態を招いていたと思う。

 じわじわと貯まっていく魔力に、私は目を瞑り呼吸を落ち着けた。

 ……しかし、ヴィンスが居なかったらどうなってたことか……。

 先程の出来事をできるだけ鮮明に思い出す。

 チームで夜ごはんを食べて、そろそろ戻ろうかと話をしていた時、立ち上がり、食器を片付けようと、二三歩進んだところで急に右腕が熱くなって力が抜けた。

 片手の支えが無くなったお盆は傾いて、皿が地面に落ちて、陶器の割れる音が派手に響く。

 振り返れば、最近よく見る、サファイアの瞳がキラキラと光を纏っていて、私を庇うようにしてヴィンスは小さなナイフで応戦していた。

 ヴィンスはいなすようにして、コーディの剣を私からそらしていたのだが、そらされていなかったら、もしかすると私の心臓は止まっていたかもしれない。

 ……そのあとすぐ、ベラがコーディを取り押さえてたね。

 ただ、コーディがいなくなった後も食堂は騒然として、複数人が動揺から魔法を使っているのがわかった。

 だから、私はいかにも軽傷みたいな振りをして、サディアスやチェルシー、シンシアに部屋で治すから、また明日ね。と挨拶をして戻ってきた。

 実際は、とんでもなく痛かった、自分の血がじわじわ溢れているのを見ると、めまいがするようだったし、我慢すればするほど痛い!と大声で言いたくて仕方がなかった。

 魔法玉にヴィンスの魔力が溜まって、魔法が起動する。熱が切りつけられた部分に集中して、じわじわとした痛みと、お湯が傷口を包んでいるような柔らかい温かさが同時に主張して、ゆっくりと細く息を吐いた。

「ねぇ、ヴィンス。……コーディは……私を殺そうとしてた?」
「分かりません。ただ、正気のようには見えませんでした。あの場で、貴方様を攻撃するということは、さすがに学園側も看過できる事では無いはずです。そう考えれば、コーディ様はもう、なりふり構ってはいられない状況にあるのだと思います」
「…………だよね。……もう、時間が無いね」
「ええ、そうですね」
 
 私が入学した時から緩やかに、コーディは壊れていっている感じはあった。ただここ最近は、それがすごく顕著に現れている。
 
 時間が経つことによって、カティの失踪から立ち直るという訳では無く、どんどんと悪化している。このままいけばローレンスの口車に乗って、私を殺す日だって近いだろう。

 けれど、私は、コーディをどうにかする事は出来ない。出来ないと言うだけで、本当は、話のひとつでも聞いてあげたいとは思うのだ。

 これだけ、敵意を向けられていようとも、だってこの体は一応は、彼の姉であるクラリスのはずだし、たとえクラリスが言っていたように血が繋がってなかったのだとしても、コーディの怒りというのは、兄弟として、家族としての怒りのように思う。

 そしてそれをちゃんと受け止めることだって、クラリスの役目だと思うのだ。

 ただ今の状況はすごく特殊で、どうにも、誰も彼もがにっちもさっちも行かずに、改善しないまま二の足を踏んでいる。

 だからコーディはひとりぼっちで、誰もその傷に寄り添う事が出来ない。

 共にカティを探す人もおらず、対等に話をする相手だって居ないのだろう。

 ……だって、コーディのチームの子たちは皆、無理やりコーディを昏倒させたりするし、彼にとって敵か味方かと言われれば敵だ。

 問題を解決しようとしている素振りなんて見たこともない、ただ、定期的に暴れるコーディを取り押さえる以外やらないんだから、酷い人たちだ。

 そう言う理由があって、コーディはとにかく私を狙うのだろう。でも、それに、私は何かを返してあげることはできない。姉として話をすることも、カティを探すことも、殺されてあげることもできない。

「……コーディのこと、確かに、私を殺そうとしているのはわかってるんだけどさ、ヴィンス。……私、本当はちょっと可哀想だとも思ってる」
「……」
「何かしてあげられることがあるなら、喜んでやってあげたいぐらいだよ。……でも、そんなやってあげられる事、今の私にはひとつも無い事、わかってるけど、モヤモヤする」
「……そうですね」
「うん、コーディは私を多分、憎んでるんじゃなくて、怒ってるんだよ」
「怒ってる……ですか」
「そう、だからきっと謝って欲しかったり、償って欲しいんだよ。多分ね」

 そこまでわかっていても、彼に関しては何もしない以外は出来ない。私は、そのコーディの気持ちよりも、自分のことが優先だ。

 何もかも無視して、自分の同情に任せて手を出したり、助けたりできる訳じゃない。

「でも、何もしないよ。出来ないからね。私は私を大事にしてくれる人に不義理で居たくない。特に、ヴィンスとサディアスには誠実でいたいから」
「……私は、貴方様が誠実であらせられなくとも、私を必要としてくださるのであれば、お止め致しません」
「それは、知ってる。ただ私がこれ以上浮気者になりたくないだけ」
「……浮気者ですか?」
「うん、三人もいて矛盾すると思うけど、私は私の一番大切を決めたんだ」

 話をしている間にすっかり傷は治っていて、思考はスッキリとしていた。それでもまだ入念にヴィンスは私に魔法をかけ続ける。私は二の腕に魔力を送り続ける彼の手を取った。

「だから、私の命の危険に晒してまで、誰かを助けようとしたりしない」
「……」
「コーディは、敵だよ。だから……それだけ」

 自分に言い聞かせるように、口に出す。そう思わなければ、いざと言う時、本当に彼が私を殺しに来た時、剣を握れる気がしなかった。

 大丈夫、私の大事な人はもう決まってる。戦えるはずだ。

 そう結論付けて、気持ちを切り替えるようにして、笑ってヴィンスを見つめる。

「ヴィンス、クリーム塗ってあげようか?」
「……クレアお部屋のお掃除がまだですが……」
 
 唐突な私の言葉に、彼は少し戸惑いつつ部屋の床を見る。

「後でいいよ。ヴィンス、ね、そういう気分なの。お願い」
「いいですよ。クレアがそういうのなら」
「ありがと」

 私は椅子をテーブルの方へと向けて座って、ヴィンスは私の向かいに座る、それからいつもポケットに入れているクリームを出した。

 ……たまに思うんだけど、ヴィンスのポケットって四次元なのかも。

 なんせ、薬が必要なら薬が出てくるし、他にもペンだとか、クリームだとか色々入れているはずなのに、全然、膨らんでないんだもん、謎だよね。

 アルミの蓋を外して手に取る、それを体温で溶かして、手のひらに塗り広げてから、ヴィンスの手の甲に薄く広げていく。

「……」
「……」

 マメにケアしているからか、ヴィンスの手は冬場でもそれほどカサついていなくて、さわり心地がいい。というか、ささくれひとつ無いのは逆にすごい。
 



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