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タイムリミットが迫ってる……らしい。9

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 夕食を皆で食堂で食べ、部屋へと戻る。その後お風呂に入って体が温まると、一気に今日一日の疲れが襲ってきて途端に眠気が襲ってくる。

 ……今日は、座学が少なかったから、仕方ないけど、やっぱり冬場の練習はこたえるね。

 今までの過ごしやすい気候とは違い、外にいるだけでも体力を消費する。そのおかげでご飯はもりもり食べられるが、同じ量の練習でも疲労度が違う。

 ……ご飯食べてお風呂に入るとすぐ眠くなるのは、どうしようもないのかな。

 やらなければならない座学の課題やら、基礎魔法の練習もあるというのにこう眠たくてはそれらも手をつけられない。それに、今日はサディアスに呼び出されている。

「ねぇ、ヴィンス。サディアスって仕事で忙しいはずだよね?」
「ええ……領地に向けられていた疑いの目はローレンス様のご配慮により、晴らすことができましたが、もとより、サディアス様は領主ですから、経営について、学びつつ自ら指揮をしてらっしゃいます」
「……だよね」

 聞く限り、サディアスは多忙だ。それこそ、私に構っている暇などないように思うのだが、付き合って以来、割とマメに呼び出されている。

 そしてその度に私はサディアスを寝かしつけているのだが、仕事の時間はちゃんととれているのだろうか。負担になっていないか心配でならない。

「そろそろ、サディアス様のお部屋へ向かわれますか?」
「うん、ねぇヴィンス、どうしてサディアスって私を呼ぶと思う?」
「…………そうですね。サディアス様は休息が得意ではない人のように思います。自覚があるようですから、定期的に呼ばれるのだと思いますよ」
「なるほど。邪魔になってたらやだなと思ったけど、言われて見ればそうだね」
「ええ、それと、本日は上下の別れたお洋服にされた方が無難かと」
「え?」

 ヴィンスに言われて、部屋着のワンピースに適当な上着を羽織っていこうとしていたのだが、と考える。しかし上下別々ということは……そういえばそうだったと思い出す。

「サディアス様は心配症ですから」
「……あー、うん」

 サディアスは自分と試合をした後には、面倒な事に彼自身が負わせた傷を見せろと言ってくる事がある。つまりワンピースで出かけると、上から脱ぐか下から脱ぐかして、お腹を見せなければいけなくなった時に困ってしまう。

 仕方ないので着替えて、私はサディアスの部屋へと向かった。

 こういう時はヴィンスはついてこないので、私も何も言わないが、彼なりの気遣いだと思っている。部屋に到着すると、相変わらずサディアスは寝室の方の執務机に向かっていて、背後から声をかけた。

「来たよー…………サディアス?」
「すまない、一段落するまで待っていてくれるか?」
「はーい」

 どうやらちょうど忙しいタイミングに来てしまったようである。そう言う事もたまにあるので私は、適当に彼の手元を見る。

 部屋は暗く、卓上の灯りだけが煌々と光っている。
 
 ……目が悪くなるよって言ってるのにな。

 私に言われても止める気はないらしい。彼いわく、この方が集中できるらしいのだ。

 そりゃ集中は確かにできると思うのだ、だって他の物が暗くて一切見えないんだから。

 ただ、それで目が悪くなって眼鏡が必要になったら面倒事が増える。効率を選んでのちのち、支障があるなんて本末転倒だと思う。
 けれど、それを言ったところで聞きはしないのだから、サディアスが忙しそうにしている内は言わない。

 それよりも、彼の仕事のお供であるコーヒーが出ていないので、勝手知ったるサディアスのお部屋で私は勝手にコーヒーを淹れた。

「勝手に淹れたよ」
「ん、ありがとな」
「…………」

 私を妹か何かと間違えているのか、サディアスは顔を上げずに、片手を持ち上げて、私の頭をよしよしと撫でる。

 サディアスの手で撫でられると、なんとも眠たくなってしまうほど心地が良くて、すぐに離れて行ってしまうのを少し寂しく思いながら私もコーヒーを飲む。

 ……っ、えぐい。

 やけに苦くて、そしてえぐい、舌を刺激する嫌な味だ。

 ……やっぱり、知識が無いと駄目だね。サディアスが淹れてくれるコーヒーはあんなに飲みやすいのに、同じ豆でもこうも違いが出ちゃうと、愕然とするというかなんというか。

 サディアスのベットに座ってコーヒーから立ち上る湯気をじっと見ながら、机に向かうサディアスを見た。なにか調べ物でもしているのか、彼は本をしきりにめくっては、書き写しという作業を繰り返している。

 なんにも面白くなさそうなその作業は、いかにも仕事といった感じだ。眉間に深く刻まれた皺、サラサラと文字を書く手先、たまに苛立たしく、机を指でノックする。

 部屋が暗く、他に見るものがない私は、しばらくサディアスを眺めて、カフェインを摂取しているにも関わらず、段々と眠たくなってきた。

 ベッドのヘッドボードに体を預けて寄りかかる。

 コーヒーは執務机の端っこに置かせて貰って、目を瞑った。けれど体勢からか完全に眠る事はできずに船をこいでうつらうつらしていると、パッとまぶたの裏側まで届く強い光に照らされて、はっと目を覚ました。

「……驚かせたか? すまない」
「う、ううん、大丈夫」

 驚いたことには驚いたが、おかげで眠気が吹っ飛んだ。どのぐらい夢と現実をさまよっていたか分からないが、サディアスの仕事用の道具はすべて片付けられていて、仕事が終わったのだとわかる。

「お仕事は終わり? お疲れ様。ところでサディアス、さっき淹れたコーヒー不味くなかった?」
「いや、特に何も……集中しているとそれ以外の事にあまり関心が無くなるだろ。それに君が淹れてくれたんだ、それだけで美味しいと思うな」
「…………あ、ありがと」

 不意に褒められ、私はどんな反応を返せばいいか分からずに、少し彼から目を逸らして返した。

 机に戻ったサディアスは、椅子を少し私の方に向けて座って、先程の眉間に皺がよったままの気難しい表情で、言う。

「じゃあ、とりあえず見せてくれるか?」
「……お腹?」
「ああ、昼に俺が蹴った部分だ、綺麗に治ってるか?」

 私も言われると思っていたので、さほど気にせずに、服をたくし上げて、シャツもスカートの中から引き出した。

「……俺が言っておいてなんだが、君はもう少し淑女としての恥じらいというものを……」
「だって恥ずかしがっていても見るんでしょ? それならちゃっちゃと脱いだ方が早いよ」
「…………」

 私の言葉に、サディアスは頭を抱えるような仕草をして、それから流し目でこちらを見る。私は腹部が外気に触れてスースーするのを我慢して、見やすいように、ベットに膝立ちになった。

「見た?ちゃんと治ってるよ、安心した?」
「…………ああ、そうだな」

 サディアスは言いながら、立ち上がって私のそばによる。それから、その冷たい手を私のお腹に触れさせる。

「っ…………」
「良かった、跡が残っていなくて」
「サディ、アス。…………冷たいんだけど」
「俺の手が冷たいのなんていつもの事だろ」

 検討違いの答えが返ってきて、手の甲で腹をさすられる私の気持ちを考えて欲しいと思う。

 お医者さんに聴診器を当ててもらうために、服をたくしあげているのとはまったく違うのだ。サディアスの方こそ、淑女たれと言うのならば、そもそも軽々しく触らないで欲しい。

 そして更には、どういうつもりなのかも分からないのが、この男の良くないところだ。

「お腹……冷えるから」
「……」
「っ、くすぐったいし!」

 私の声を無視してサディアスは手のひらで下腹部を押すようにする、妙にゾワゾワして、やめてという意味でサディアスの事を見上げるが、彼はその視線を意に介さず、眉間に皺を寄せたまま、少しぼーっとして続ける。

「っ、もう!やめてって言ってるのに!」

 私はとうとう耐え兼ねて、バサッと服を下ろして、キッとサディアスを睨んだ。すると彼は、口元だけで笑って、お腹を触っていた手を私の頬に持ってきて、緩くなでる。

「ごめんな。段々赤くなる君が面白くてつい」
「っ……触らないでよ、ばか」

 揶揄われていたのだとわかり、反射的にバカと口にする、けれど、サディアスは私に触れるのを止めず、首筋を撫でる。

「そう怒らないでくれ。悪かったと思っている、本当に跡になって無いかは心配だったんだ。それに昼間は、君に無理をさせすぎた、チェルシーにも怒られてしまったからな、当面はこんなこともしない、許してくれ」
「……」

 言葉だけは随分と反省しているような事を言っているが、本当に許して欲しいなら一度距離をとって同じ目線で話をして欲しい。



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