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タイムリミットが迫ってる……らしい。6
しおりを挟む……今日は話をする内容が出来たわね。
その事に関しては良い事だが、内容としては最悪だ。コーディがちょっとした切っ掛けでクレアを殴っただなんて、何も面白くないニュースだ。けれど、まったくこちらに反応を返さないカティには、いい材料になるかもしれない。
測定が終わってすぐ、西倉庫からカティの家へと向かった。展望広場に向かう途中の大きな木、そこには見慣れた十字の切り込み。方向を変えて歩き出す。
人ばかりいて自然が少ないこの学園に唯一ある自然を感じられる場所ということで、私はたまにここに一人で来ることがあった。そうして森の中を散策していると、たまにこういうマークのある木がある時があった。
……もしかしたらカティと同じような事情で実家から出ている子達が他にもいるのかもしれないわね。
事情は様々あるだろうと思うが、この場所が、二国の人々の最後の砦なのだ。最後に逃げ込む場所。それを選べない子達は……きっとクラリスのようになるのね。
猫になってしまうということではなく、単に罪にとわれたり、処刑されたり、処分されたりということだ。そう考えれば、逃げずに立ち向かったクラリスの姿はとても気高く賞賛に値するものだったと思う。
……まぁ、私がいなければ、そもそもクラリスは追い詰められなかったのだけれどね。それに……今ここに引きこもっているこの子も。
カティの小さな家を見つめる。その煙突からは微かに細い煙が上がっていた。中にいるということは確かだが、扉は固く閉ざされていて高い位置にある換気用の小さな窓しか中を確認できるものは無い。
さすがにそこから覗き込むわけにはいかないので、いつもの通り扉をノックして魔法を使う。
神経を研ぎ澄ますと中からは、少し驚いた反応と共に息を潜めるような息遣い。けれど中にいるカティは、足音を立てないようにして、ゆっくりと扉のそばまで近寄ってくる。
……扉を壊して引きずり出してもいいのよ。本当は。……それだけで、あの可哀想なコーディを楽にしてあげられる。でも、それは最終手段。
カティの意志を無視して無理やり、コーディに会わせても、あまり良い方向に進まないと思っている。
「カティ、いるんでしょう? 私よ。いい加減出てきて顔を合わせたらどう?」
「……」
「今日も黙りなのね。まぁ、いいわよ。出てきたくなるような話をしてあげる。貴方がいなくて、コーディがどんなになってるのか聞きたいでしょう?」
これで何回目かも分からないセリフを言って、耳を済ませる。少し動揺するような息遣い、これもいつもと変わらずだ。
ディックに教えて貰ってから、何度も通っているせいで、声が返ってこなくても、どんな風に思っていて、それがどんな風に身体的に現れるかがだいたいわかるようになってきた。
「今日は魔力の測定日だったのだけどね。すれ違いざまにクレアとコーディがぶつかってしまったのよ。そしたら、急にクレアを掴んで殴ってたわ」
「……」
「まぁ、クレアも少しは動けるようになってきているから、ガードされて、そしたらコーディは涙を流しながら、姉さんって呼んでいたけど、それって貴方の事?それともクレアの事?」
返事が返ってこなくともしゃべり続ける、合間の私の吐息は白く湯気のように燻って、冷えた外気に消えていく。
……アウガスではこんなに冷えないのに、まだ、冬の序盤だなんて思えないわね。
「コーディは、普通の時には落ち着いた話し方をするのに、ストレスがかかり過ぎると子供の癇癪みたいなことしか言わなくなるのよね。なんだかそれが、私、本当に小さい子みたいに見えて、可哀想になってきちゃうのよ」
「……」
「コーディ、貴方にそっくりで肌も真っ白でしょう? だからかしらね、泣きすぎて擦った目の周りが赤紫になってて痛々しかったわ」
思いつくままに言葉を紡ぐ、今日のコーディは、一段と酷かった。あの様子ではきっと、タイムリミットが近いと思う。
……コーディはアレでいて、呪いの力というものが、どれだけ危険なものなのか理解しているのよ。だから、今までローレンスはコーディとの取引に成功していない。
クレアがここまで生きていられるのは、そのおかげだ、けれどもう限界では無いだろうか。限界を越えてしまえば、あとはあっという間だろう。
そしてローレンスはきっとその好機を逃す事はしない。……だから、ローレンスを説得すると言っていたクレアの行動のタイムリミットももう間近に迫っていると思う。
クレアの方は大丈夫かしら。……ううん、私は信じるって決めたのよ。あの子ならきっと、ローレンスを変えてくれる。私は変えようとすら思わなかった部分をわざわざ踏み込んで変えることができる。
だから、私はできることをやるだけ。
「クレアは、コーディにあんまり抵抗しないのよ。シャーリーなんかには猛烈に反発していたのに。だから、もしかしたら、クレアの中にも罪悪感があるのかもしれないわね」
「……」
「でも、そんなの背負う必要が無いもののはずよ。だってあの子は悪く無いもの、悪いとすれば、私?それとも、貴方?」
「……」
「きっと私だって言いたいでしょう?でも、本当にそう?貴方は何も悪くなかったの?色んなものを放棄して、こんな場所に逃げ隠れて、貴方の大切なものってなんなの」
「……」
「何するために貴方生きているの?貴方の双子の弟は大切じゃないの?今でも貴方がいなくて泣いている子を放置して、貴方がこの場所にいる理由ってどんなものがあったら説明がつくの?」
「……」
「出てきて言い返してみてよ。カティ。私、貴方がいなくなった事で誰かが迷惑していることを問い詰めたいんじゃないのよ。ただね、私は貴方の事、無責任だと思うのよ。人には必ず必要な人というのがいるのよ、どの程度かは人によるけれど、いなければならない人がいるのよ、カティ、貴方はコーディにとってのそれになっている事をわかって居たんじゃないの?」
「……」
「それを知っていて、放棄するなんて、私はそれが許せないわ。いつか、忘れる、いつか自立するなんて考えているでしょうけど、都合よく解釈しないで欲しいわ。いなければ寂しいのよ、疲れて、つまらなくて、堪らないのよ」
私を置いて去っていった友人を思い出した。大好きだったの、ただただ、これから先だってずっとそばに居たかった。
私の家族を思い出す。平凡な人たちだった。明るくて、優しくて、けれどとても平凡な人。私とは家族ではなくなる人たち。
全員、私にとって必要な人だった。それなのに、置いて行ってしまう。私を置いて、ただ日常に戻って行った。
それは私が、求めた望むすべてが招いた結果だ。でも今だって、私が私であるために、望んだものはどうしても必要なものだったと思う。力が欲しかったんだ。私はそう、望んだだけだ。
だから、私はそれを選びとった。私は平凡な人生の私を捨てることで、今の非日常を生きている、だから、置いて行かれてしまったのは、仕方がなかったのだと、やっと最近飲み込むことが出来た。
「私は、いつも置いて行かれる側だからわかるわ、そう言う気持ちなの。それに置いていかれる事には納得しているわ。見返りを得ているもの……でも、コーディはどうなの?貴方に置いていかれることに納得した?彼が一番望んでいる事って、貴方のそばに居る事じゃないの?」
「……」
「他人から見た私がわかるのに、貴方には分からないの?」
「……」
「……また来るわ。次は答えを聞かせてね」
言いながらカティの家から離れる。ふと振り返って見たけれど、扉は開く気配もない。私の言葉への反論もない。
……昔はコーディよりカティの方がずっとお喋りだったのに今じゃ逆転してるわね。
並んで、そばにいることが多かった二人のことを思い出す、恋人、友人、家族、全部を混ぜたみたいに、仲の良かった二人はどこにも居ない。
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