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タイムリミットが迫ってる……らしい。1
しおりを挟む記念祭が終了するとすぐに団体戦の準備へと、学園の雰囲気は変わっていった。記念祭の終わりになる鐘の音が冬初めの鐘と言われるだけあって、気温はぐっと下がり、木々は葉を落として冴えるような寒さの冬がやってきた。
学生服の上に外套を羽織っても、刺すような冷気が肌を撫でる。冬初めの鐘以来まだ雪は見ていないが、いつ降ってもおかしく無いぐらいの寒さだ。
こんな日には学生寮に住んでいる事に心底感謝する。前世のような何十分とかかる登校時間が無いのだから、それだけでも随分負担が減るのだ。
「ヴィンス、今日の一限目って、なんだっけ?」
「本日はポジション別クラスですね」
「あ、あー、そうだった……」
ちょうど校舎へと到着し、昇降口から中へ入った。常に開け放たれているこの場所は校舎の中とはいえまだ冷える。はぁとため息をつくと吐く息が白い。
ポジション別クラスが嫌いというわけでない、ただこの寒さだ、朝一番はきついものがある。
……特に、練習場に比べて、グラウンドは遮るものが何も無いから、風が吹くだけで、凍えちゃうんだよね。
「確か、クリスティアン様と固有魔法をお貸しする約束もされていたと思いますが、季節が変わったばかりですから、無理せず暖かい格好で授業に向かってくださいね」
「うん……ありがとう。そういうヴィンスも風邪ひかないようにね」
親のように細やかな気遣いをする彼に、私も同じように返す。廊下を外套を脱ぎながら歩く彼の耳は少し赤い、肌が白いからかより寒そうに見えた。
「ええ、心得ております」
ニコッと笑みを作るその頬も少し寒そうに見えて、私はずっとポケットに入れっぱなしにしていた手を出して、ヴィンスの頬に触れる。
「…………暖かいです」
「でしょ?」
教室に入る前に立ち止まって、両手で彼の頬をむにむに触って温める。ヴィンスのほっぺは柔らかくて、水分の失われがちな冬でももちもちの感触だった。
「……君たちが愛し合っているのを見るのは微笑ましい気持ちになるからいいのだけれどねぇ、扉の前を占拠するのはいただけないよ」
「おはよう、クレア!」
「クレア。おはよう!朝から仲良しね」
ふと背後から声をかけ割れて、間延びした声にすぐに誰だか察する。振り返れば、右手にはミア、左手にはアイリをくっつけているとても暖かそうなクリスティアンの姿があった。
「おっおはよう。三人とも…………暖かそうだね」
私とヴィンスは、占領していると言われてしまったので、すこし急いで扉を開けて教室の中に入りつつ、そういう。
するとミアとアイリはニコニコしながら目を合わせて答える。
「そうそうっ、寒いからね、こうやって暖をとってるの、ね、ミア」
「うんうん、クレアそうなの、クリスも寒くないのように引っ付いてるの」
朝っぱらから、いちゃついていることを二人は合法的にする理由を見つけたとばかりに、私に同意してくる。
クリスティアンを見ると、彼は二人に心底甘ったるい表情を向けて「寒くなくても、君たちとはずっとこうして触れ合って居たいと私は思うけれどなぁ」と緩く微笑んだ。
ミアとアイリは困ったように、けれど照れているように笑っている。そんな表情を見ていると、寒さなんて忘れるほどお熱い雰囲気だが、私はヴィンスとの先程の会話を思い出してクリスティアンに声をかける。
「あ、そうだ。クリスティアン、今日のリーダークラス、約束してたでしょ? 向かう時に声掛けて、使ってから向かいたいから」
「わかったよ。いつもすまないねぇ。私のために助力してくれる君を、優しく労ってあげたいといつも思うのだけど……」
ふと彼が手を伸ばしてくる。その手は、突然横から現れたサディアスによって掴まれ、クリスティアンは甘ったるい優しげな表情から、困った人を見るような呆れた顔になる。
「おはよう、サディアス。ヴィンスのように愛らしい子ならまだしも、私は君のような男と握手する趣味はないよ」
「知ってる。クリス、いつも言ってるが、クレアに触れないでくれ」
「……やれやれ、器の小さい男に気に入られると大変だねぇ、クレア」
「うーん、クリスティアンが色々と緩すぎるんだよ」
「そんな……君までそんな事を言わないで欲しいよ、寂しいだろう?」
「クリスティアンには、チームメイトがいるでしょ!……じゃあ、また後で声かけてね!」
相変わらずの好色っぷりに、苦笑しつつそう言うがクリスティアンはそれ以上食い下がらずに「わかったよ、それでは、後でね」とミアとアイリを連れて自分たちの机の方へと向かっていく。
私は朝から不機嫌になってしまったサディアスの手を取る。相変わらず氷のように冷たい。毎朝冷水で手を冷やしているのではないかと思うぐらいだ。
「おはよう、サディアス。今日は早いね」
いつもは私達が登校して少し経った頃に来るので、珍しく思って聞いてみる。
「……おはよう。寒くて目が覚めてな」
「掛け布団が足りてないんじゃない?」
「いや、元々、寒がりでな、いくら掛けても暖まらないんだ」
サディアスは少し恥ずかしそうにそう言った。私に手を握られている事が恥ずかしいのか、寒がりなのを恥ずかしがっているのか、よく分からないが、彼の手を引きつつ、私達も自分の机へと向かう。
既にシンシアとチェルシーは来ていて挨拶を交わす。荷物を置いてそれからサディアスを席に座らせて私はその机の前にしゃがみ込んだ。
魔力を使って彼の手をじわじわ温めていると、彼は次第に眠そうな顔をして、けれども眠るまいと眉間に皺を寄せる。
「っ、ふふっ、サディアス、私の実家の猫にそっくりです!」
「猫ちゃん?」
「ええ、そうです! 私の実家の猫も同じように眠たいような機嫌が悪いような顔をするんですよっ」
「いいなぁ、可愛いんだろうなぁ。私も猫ちゃん飼いたい」
「いいですよ、猫は、柔らかくて、犬のように凶暴な個体もいませんし!」
サディアスは、私達の会話は聞こえているのだろうが、うつらうつらとしていて自分が猫のようだと言われた事について、反論をして来ることはない。
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