悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
上 下
264 / 305

恐ろしい事があった日は……。8

しおりを挟む


 いちばん最初に、寝落ちしたのはシンシアだった。私の悪役令嬢なりかわり物語を聞き終わって、現在進行形で三股していること、ララとの関係性、対策もこれからの事も一切建設的な事は話さずに、こんこんと話した。

 次は、夏休みに実家へと帰った時の、チェルシーの婚活話を聞き、シンシアも何か話をしてよと振り返った時には、ソファに体を預けてぐっすりと眠ってしまっていた。

 深夜遅くになっても戻ってこないヴィンスとサディアスを心配しつつ、チェルシーは、それなら二人で今度は別の話をしようと誘ってきた。

 私も今日は灯りを消して、きっちりとベットで眠ることは出来ないと思っていたのでそれに同意し、チェルシーの家族の事や家の商売の事なんかを聞いて、代わりに私は、前世での記憶を話してみたりした。

 段々と二人とも、言っていることに脈絡がなくなって来て、私も眠たくて仕方が無かったのだが、どうしても、事件後にヴィンスとサディアスの二人と会っていないことが気がかりで、ペラペラともう、チェルシーに通じるかどうかなど、考えずに話をした。

 気がつけば今度はチェルシーが眠ってしまっていて、時間を確認するともう夜明け頃だった。
 けれども、外は変わらず真っ暗で、今日はどうやら曇りか、雨なのだろうと思う。

 ……公開試合の前半、ぐっすり眠ってたおかげだね。

 そのおかげでオールできた。寝息を立てるチェルシーとシンシアを見て、私はソファを立ち部屋の灯りを消した。

 せっかく眠るのなら、ぐっすり眠って、心身を回復した方がいい。灯りを消すと、窓の外の方が若干明るいような気がする程度で、重たい暗闇と夜の静寂に包まれる。

 視界が悪くなって、起きている人間が自分以外に居ないとなると、消し去っていたはずの、凄惨な死体を直視してしまった記憶が蘇る。今ここにもそれが存在するような気になって、身震いする。

 ……大丈夫。……ホラー映画なんかを見た時と同じだよ。

 きっと、明日には忘れて、その日の夜には、くだらないことを考えているうちに眠ることが出来るはずだ。そのまま記憶は薄れていって、怖いと思うのは今日だけだ。

 部屋の中心で立ち尽くしてそう考えた。

 すると、背後の扉が開く、出来るだけ音を立てないように配慮されたようにゆっくりと扉が開いて、中に入ってこようとするサディアスとぱっちり目があった。

「…………」

 ……今戻ってきたのかな?……でも、それにしては、ちょうどチェルシーが眠ってすぐだ。……もしかして部屋の外にいた?

「なんだ、君は起きてたのか」
「うん……もしかして入りづらかった?」

 サディアスが普段より小さな声で言うので、私も同じように小さな声で返す。

「いや、ただ随分楽しそう話してたからな、今の俺の状態で部屋に入るとチェルシーもシンシアも驚くだろ」
「…………まぁ、そうだね」

 そう言って、視線を落とす、顔や手はどこかで洗ったのか血はついていないが、彼のワイシャツは赤黒い染みだらけだ。

 完全に殺人鬼の格好だ。出来るだけ事件の事を思い出さないように三人でお喋りしていたので、確かに今の格好のまま入ってこられたら、少し気まずかったかもしれない。

 現に私だって、灯りが付いた状態で、彼に会っていたら、ギョッとすると思う。薄暗くて助かった。

「クレア、チェルシー様、シンシア様には外傷はございませんでしたか?お二人を貴方様に預ける形になってしまい申し訳ございませんでした」
「それは大丈夫。それより入ったら?二人はソファで寝ちゃったから、サディアスの寝室の方で灯りをつけて話そう?」
「そうするか」
「承知いたしました」

 私の提案を二人は呑んで、三人でサディアスの寝室の方へと移動する。部屋に入って灯りをつけて見ると、薄暗い場所で見たより随分と、サディアスもヴィンスもくたびれて見えた。

「お疲れ様、二人とも、何時頃に戻ってたの?」
「…………いつ頃だった?」
「深夜を回った当たりです」
「そんな前からいたんだ、ごめんね気が付かなくて」

 サディアスは眠たいのか少し、ぼんやりしながら答えて、ヴィンスの方は、不気味なぐらいいつもと同じ笑顔だ。

「いやいい。……けどな、驚いたぞ、戻ってみれば君らはきゃあきゃあ楽しそうに喋っててな、初めて人を殺したとは思えな━━━━
「サディアス様、そのお話は必要ですか?」

 ヴィンスはすぐにサディアスの言葉を遮って、彼に笑顔で圧をかける。まぁ、そう思われても仕方ないだろうが、そうでもしていなければ、不安だったのだ。

 私達は全員、本当は今日見てしまった事、やってしまった事に内心では、ガタガタ震えていた。

 サディアスはヴィンスに言葉を遮られて、眠たげなまま、少し考えて、あっと今気がついたとばかりに、言い直す。

「すまない、無神経だった」
「いいよ、気にないで。とりあえずサディアスは着替えたら?そのままじゃ気持ち悪いでしょ」
「あ……あぁ、そうするな」

 私に指摘されて、サディアスは、はぁと大きくため息をついて、それから数秒きつく目を瞑ってから、パッと開いて、寝室にあるクローゼットの方へと向かっていく。

 残ったヴィンスは、私と目を合わせてニコッとして、口を開く。

「事後処理については、成功しましたとだけお伝えしておきますね。少々手間がかかりましたが、捕虜が良い仕事をしてくれました」
「…………うん、わかった。チェルシーは罪に問われないって事でいいんだよね?」
「その辺は抜かりなく。そもそもが、チェルシー様シンシア様に対する殺害が目的でしたから、反撃しただけの彼女たちは罪に問われる事はありません」
「そっか……良かった」

 どんな処理をしたのかということは分からない。学園街を守っている兵士さん達にお願いしたのか、もしくは何かの力を借りたのかだと思うが、はっきりとさせたところで、事実は変わらない。

 二人が、どうにかしてくれたのなら、目を瞑るべきだ。だって、結局、それらは私にはどうしようもない事だから。

 きっと、私は、私だけだったのならシンシアとチェルシーをしっかり助ける事など出来なかっただろう。
 二人が容赦なく、あの倉庫にいた人たちを……。

 そこまで考えて、小さなナイフで人の首を掻き切るヴィンスの姿を思い出して、そんな時でも彼は笑顔を絶やさなかったと思う。
 
 着替えをして、適当なワイシャツを着ているサディアスは、いまだに腰に大剣を携えていて、人を殺した武器をぶら下げているのだと考える。

「……、……」

 サディアスが戻ってきて、私は反射的に一歩後ろに下がった。剣なんてそもそも、人を殺すためにある武器だ。生活に当たり前に馴染んでいて、気にならなくなっていただけで、私達の力は簡単に人の命を奪う。

 そう考えると、いまだにホラー映画の中に自分がいるようで、どうにもいつもの気軽な会話ができない。嫌な動悸がする。

「……遠いな」
「…………」

 私の二人に対する怯えに、サディアスは気がついたのか、単にいつもより私が距離を取っている事を言っているだけなのか、ポツリとそんな事を言った。

「そ、そう?」

 平静を装おうとすればするほど、冷や汗が出てきて、いつだって、彼らが戦っている所を見て、心強いとは思えど、怖いなんて思ったことがなかった。

 そのはずなのに、人を殺したと言うだけで、そしてそれでも平然として私の前にいることに、なぜだか人ならざる者のように見えてしまう。

 サディアスの真っ赤な瞳は私の異常を見逃さないとばかりに細められ、こちらをじっと見つめている。ヴィンスは無言だった。
 沈黙が重たくのしかかる。

 私はそれに耐えられなくなり、いよいよ何か、なんでもいいから言おうと考えた時。

 カラーン……カラーン。

 澄んだ鐘の音が遠くの方から響いてくる。
 ふと目をやると、まだ薄暗い朝に、部屋の光を反射するように白いものが降り注いでいる。

 …………あ、これ。冬初めの鐘。

 記念祭が終わった後に鳴る、最初の鐘、愛の伝説の鐘の音。

 そして名前通りに初雪が降っているのをなんだかものすごい奇跡でも見てしまったような気がして、ふと、私の現実へと引き戻される。

 窓から、二人へと視線を戻せば、サディアスの目付きが悪くなっているのは、彼だって疲弊しているからだとわかるし、ヴィンスは私に心配させまいと、しているのだとわかる。
 
 ……そうだよ。この二人が怖いわけが無い。

 それに、私達が、夜通し今日あった事の恐怖を忘れるために明るく楽しく話をしていた事と似たような事だ。

 二人だって平静を装う。けれど、恐ろしいことがあったのだ。二人は私が背負えない事を背負ってくれている。手を下すことが出来る。

 ただ出来ると言うだけで、やりたいわけじゃないのだ。

「ヴィンス、サディアスちょっと隙間なく二人並んでくれない?」
「……ええ、構いませんが……」
「何でだ……」

 そんな風に言いつつ、二人は寄り添って並ぶ。私は数歩下がって、それから二人に向けて助走を付けて走った。それからぴょんと飛び上がって、思い切り、ぶつかるように手を広げてハグをした。

「っ……君な、どうしたんだ急に」
「ふふっ、驚きましたクレア」
  
 ぎゅっと思い切り抱き締めれば、彼らはやっぱりいつもの二人で、サディアスはそんな事を言いつつも、私を押しのけたりしない。ヴィンスは、抱きしめ返してくれる。

 暖かい人の感覚、これだけで、今日あった恐ろしい事は、急速に薄まっていく。

 二人の肩に頭を擦り寄せて、それからゆっくりと離す。

「……おかえり、二人とも。大好きだよ」
「急だな、君は」
「私もお慕い申し上げています、クレア」
「…………俺も君が好きだぞ」
「うん、ありがと」

 そんなふたりの返答を聞くと酷く安心してしまってもう一度、まとめて抱きしめて、肩に頭を預けて目を瞑った。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

処理中です...