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恐ろしい事があった日は……。6
しおりを挟むサディアスの部屋へと向かい、チェルシーをソファへと寝かせる。ここまで戻って来るまでに存外時間を使ってしたらしく日が傾いて来ていた。
……事後処理をしてから来るって言っていたけど、実際は何するんだろうか。あのギリギリ生かされていた二人に証言でもさせるんだろうか。
なんにせよ……多分、チェルシーが……人を殺してしまったと言うことは曲げようのない事実のように思う。
チェルシーの愛用の剣と私の貸出用の剣をまとめて壁際へと置いておく。私たちが入った時の状況から、何となくそう察していたのだが、一応、真偽を確認しておく事も大事だろう。
眠っているチェルシーは、起きてからも、情緒が安定しない可能性もあるから、今は……。
ソファに座り込んで、頭を抱えるシンシアの方を見やった。彼女は、未だに魔法を解いていない。感情が高ぶっている時にそういう状態になる事が多いのでシンシアは今も緊張状態にある事が伺える。
「シンシア……」
話を聞こうかと考えて、それでもやはり、わざわざ私が刺激する必要も無いかと思い直す。取り敢えずは落ち着く事が大事だ。
サディアスのお部屋だが、勝手は分かる。魔法を使っているので小さな傷はもう治っているだろうだから、手当は必要ない。
汚れを落とせばスッキリすると思うがお風呂に入って来いと言うのも無茶だろう。
少し面倒ではあったが、お湯を沸かして、暖かい濡れタオルを作る。
「汚れ、落とした方がいいよ、スッキリするから」
髪や、皮膚についている鮮血は誰のものかは分からない。けれど落とした方がいい“汚れ”だと言うことに変わりはないだろう。私がお湯を沸かしたりしている間にも、微動だにし無かった彼女だったが、私の言葉に一応反応して、顔を上げて、受け取る。
少し湯気が出ているそれを数秒見つめて、思い切り顔を埋めた。それから男性が飲食店のおしぼりで顔を拭くようにゴシゴシと顔を拭って、自らの手も念入りに拭く。
「……ありがとう、ございます」
ぽつりと彼女はそう言って、私は少し安心した。チェルシーのように叫び出すような事は無さそうだ。
「うん」
そう適当に返しつつ、私はチェルシーのそばに膝をついた。彼女も随分と汚れてしまっている。起きた時にびっくりしてしまわないようにしてあげるべきだろう。
タオルを開いて少し冷ましてから、チェルシーの手を取って、乾いて張り付いている血をゆっくりと拭き取っていく。
血液が肌に付着している様は、誰の血という事も関係なく、痛みというものが連想される。
それなりに見慣れてはいるものの、血なまぐさい香りと、先程の見てしまった死体の記憶が重なって、少し気分が悪い。
この血が、あの子……どう見てももう死んでしまっていた、元クラスメイトのリアちゃんのものなのだと、考えると、途端に、彼女の姿が脳裏に浮かんで、きつく目を閉じた。
「…………」
だから、なんだと言うのだ。彼女はチェルシーやシンシアに酷いことをしようとした。きっとシャーリーの言っていた頭の悪い協力者とは彼女の事だろう。
結構前に、ミアとアイリが、リアちゃんはまだ私のことを恨んでいると聞いた事がある。だから、彼女は私への腹いせに二人に対して行動を起こしたのだ。
私の大切な人を狙って、非道を働こうとした。それならば…………反撃されて、たとえ命を落としていようとも、そんな事より、私はそれをせざるおえない状況に置かれてしまったチェルシーの方が心配なのだ。
目を開いて、チェルシーの血にまみれた両手を拭きあげる。それから、汚れの酷いジャケットは脱がせて治りきっていない、小さな傷には、絆創膏を貼る。
「クレア……聞かないんですか、どうして……あんな事になっていたのか……」
「ん?話した方が楽になるなら聞くよ?」
「!……いいえ、そういう訳では……ただ、助けに来てくださったでしょう?……迷惑をかけてしまいました、ですから、事情を聞かれるのが筋かと……」
「筋……ね。何か解決しなきゃいけない問題がまだ残っている……とかそういうことは無い?」
「それは、ありませんが」
いつもよりずっと沈んだ声でシンシアはそう言って、それからチェルシーを見た。どうやら、ただならぬ事情で危険を承知して、呼び出しに応じたのだと予想していたがそれは当たっていたのだろう。
そしてその、事情を生み出していた、リアちゃんは今はもう口を開く事も行動を起こす事も出来ない。
チェルシーの頬を綺麗に拭いて、彼女の髪を結っているリボンを解いた。随分と髪に血が付着してしまっている。
「それなら、何も聞かないよ。二人が……無事でよかった」
「…………ですが、チェルシーは…………不可効力だったんです。ただ、チェルシーは、牽制のつもりで。ただリアはあまりにも正気を喪っていて…………」
「そっか」
「チェルシーは罪に問われてしまいます。私も共に居たというのに……何より、私は彼女になんて事を……」
罪か、この世界の法律がどうなっているのか私にはあまりに分からない。でも、それほど、倫理観がきちんとしているとは思えない。
お祭りの度に行方不明者がいることだとか、ローレンスのような人がいる事だとか、サディアスもお父さんを亡くしているし。
割合、人の命に関してドライだと思うのだ。それに、サディアスだって……ヴィンスだって、ゴロツキのような連中を相当に殺していただろ。
リアちゃんだって少し良い家の出と言うだけで、学園から退学になって、彼女の家の人は彼女を重要視しているだろうか。
性格の悪い考え方だということは重々承知だが、サディアスは事後処理をしてから戻ると言ったのだ、どうにかするだろう。
「その辺はどうなるか分からないけど……シンシアは貴方は大丈夫なの?」
「私……ですか」
「うん」
解いたチェルシーの髪を念入りに、拭いていく。一度タオルをすすいでその桶の水が赤く染まるのをなるべく何も考えないようにしてタオルを絞ってチェルシーのクルクルとした栗毛色の髪を拭いていく。
「罪になるかどうかは分からないよ。サディアスが隠蔽してるのかもしれないし、正当性の証明をするために何かしてる可能性もある。でも、そういう後の事よりも、私はシンシアの心も心配だよ」
「……」
「というかね。きっとだいたい、わかっていると思うんだけど、色んなトラブルの大元ってだいたい私でさ。……今回の事も……多分、私のせいだから」
心配だとか言いながらも私は、自分の気持ちをこぼしてしまう。シャーリーに二人の事を言われて、本当に血の気が引いた。怖かった。
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