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恐ろしい事があった日は……。4

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 …………こんなところで、役に立ってくれるとはっ。

 何とも言えない、命が繋がれたような気持ちとガヤガヤとうるさい歓声にいろいろな気持ちが込み上げてくる。観客席にもどり、状況が把握できていないヴィンスとサディアスを通り過ぎそのまま、廊下の方へと出る。

 彼らは今は魔法が発動しているので触れる事が出来ない、けれど私が外に出れば着いてくると思っていた。

 案の定、剣を持ったままの私に続いて、サディアスもヴィンスも魔法を起動してついてくる。

 外廊下にはそれなりに人がいるが、中ほど五月蝿くは無い。

「チェルシーとシンシアが何かされてるみたい。とりあえず二人は私の魔力の減りが少なくなるように、アタッチを外して、今も攻撃されてるみたいで魔力が減ってるから」
「……わかった。クレア、君は腕を動かせるか? 戦えそうか?」
「多少無理すれば、でも、魔力が結構少ない」
「クレア、いつもの飴がありますが、必要ですか?」
「いる、ありがとう」

 簡潔な説明でも二人は事情は把握したとばかりに、すぐにアタッチメントを外して防御魔法を解除してくれる。それからヴィンスは私に飴を渡してくれて、私はそれを口に含む。サディアスは何やら胸ポケットから、紙を取り出し、開いて見る。

「昨日シンシアから渡されていたものなんだが、昨日の時点で問い詰めておけばよかったな」

 そう言いながら、私にその紙の内容を見せてくれた。地図のようなものが記載されてあり、意味深な赤丸がひとつ書いてあった。住所らしきメモも記載されている。その場所は学園街の端の方だと言うことはすぐに理解できた。

「君とチェルシーが踊っている時に、明日何かあればここに来てくれと、頼まれていた。君には言うなと口止めをされていてな」

 じゃあつまり、彼女達は呼び出しを受けて、危険も把握していたのだろう、それでも行かなければならない事情があったと思った方がいい。脅されていたとか、何かの取引とか。
 
 とにかくここに行くしか手がかりは無い。シャーリーを問い詰めてもいいけれど、絶賛私の魔力はガンガン減っている。そんなことをしている暇があるとは思えない。

「わかった!すぐ行こう、二人が━━━
「待て、君は消耗しているだろ、俺たちが行ってくる、君はここ……いや出場者席の方へ戻れ」

 私が外廊下からすぐにでも飛び出そうとすると、サディアスに腕を掴まれる。

「っ」
「私も同意見です。クレア、少し無理をしすぎです」
「でも!二人を守らなきゃ!」
「落ち着いてくれ、クレア!」

 ヴィンスにも反対され、それでもどうしようもなく心配な気持ちが抑えられない。それに、私のせいだ、シャーリーに私が喧嘩なんか売ったから!

 サディアスに、一層強く制止されて、私自身の事も心配されて居るということは理解出来るのに、それでも、待っているという選択肢だけは取れない。

「そもそも、君は魔力の回復に務めるべきだろ、安全な場所にいてそのアタッチメントを出来るだけ長く使っているのが一番の安全策だ!」
「っ……」

 その通りだ。二人を守るのなら、それがいい。

 でも、やっぱり、ダメなのだ。無理をしたとしても、それで自分が辛い目に会おうとも、二人が、怖い目にあっているのに、私一人がそれから目を背けるなんて出来ない。

 真剣に見つめて来るサディアスを見返す。私がついて行った方がいい理由をちゃんと説明するなり、しなければならないのに、思わず、涙が滲んで視界が歪む。

「ふっ……っ、待ってられない、お願い、連れてって」
「…………君な……そんな事を言ったって…………」

 声が震えて、サディアスに縋るように彼の手をつかみ返す。どうしても、ダメなんだ。

「ヴィンスもっ、お願い。……自分の身は自分で守るから!」
「…………」

 ヴィンスにも頼むが、彼は珍しく私のお願いに対して即答してくれない。それでも今は頼む事しか出来ない。

 今でも魔力がどんどん減っている。チェルシー達は攻撃されていて、怖い思いはいていないか、怪我してはいないか、はたして、いつから二人は危険な目に合っているのか……既に手遅れなんじゃないか。

 そんな考えが浮かんでは消えていく。だって、私とシャーリーの試合はブロンブバッチの中でも、後の方だった。私がアタッチメントを使い始めた時にたまたま攻撃が始まった?そんなはずは無いだろう。きっともっと前から、危険にさらされていた可能性の方が大きい。

 武器は基本的に学園の外への持ち出しは禁止されている、チェルシーは武器を持っていけただろうけれど、シンシアに攻撃手段があったとは思えない。

 考えれば考えるほど、良くないことばかりが思い浮かんで、じわじわと涙が滲む。

 そんな私に耐え兼ねたとばかりに、サディアスは、はぁと大きくため息をついて、パッと手を離す。

「敵が俺たちの手に負えない場合にはすぐに逃げてくれ……約束できるなら、後ろからついてきてもいい」
「サディアス様がそう仰るのでしたら、私は構いません」

 許しを出してすぐにサディアスは外廊下の柵に飛び乗って、走り出す。私も後を追って、魔力を強めた。陽気に露店を回っている一般の人達を避けるようにして駆け抜け、学園街に入ってからは商店街の屋根を伝うようにして走る。

 そんな二人の背後を追っていると、なんだか忍者みたいだななんて考えつつ、自分も随分、人間離れしてきたような気がする。

 でも前世でもこうやって屋根をぴょんぴょんしているスポーツ?があったよね?なんだっけ、パルクールだっけあれみたいなものだろう。

 そんな風に現実逃避をしながら、私は剣を抱えて屋根から屋根を飛び越え続けた。

 本当は落ちそうで怖いだとか、他人の家を踏み台にして走るのはどうなのかという現実的な思考もあったのだが、今はそんな事に耳を傾けられるほどの余裕は無かった。

 学園街は中央の広場から、展望台までのまっすぐした道がメインストリートになっていて、お祭りの露店は主にそちらに出ている。普段も活気のある商店街だ。

 そこから一本裏手に入ると落ち着いや喫茶や、小料理屋、日用雑貨の販売店、そして学園街の端の方には民家のある区画があり、さらに端の方には、少しばかり治安の荒れている人の住んでいない倉庫や廃墟がある。

 シンシアのメモにはその、人がいない区画のひとつの倉庫が指定されていた。

 魔力の残量も少ない。私は焦る気持ちを抑えて、地図と見比べて、目的の場所を探すサディアスの後ろについた。
 
「……」
「サディアス様、多分あちらです」
「ああ…………クレア、降りるぞ」
「うん」
 
 サディアスは、とても怒っている時と同じような声でそういって、私は意味もなく魔法玉をぎゅっと握る。とても嫌な感じがするのだ。

 こんなに明るくて、昼間で天気もいいし、陽気なお祭りびよりなのに、この場所にだけある重たい空気に、心霊スポットにでも迷い込んでしまったような気分だ。

 倉庫の前に降り立つ、遠くからはお祭りの喧騒が聞こえる。

 サディアスが剣を抜き、ヴィンスはいつものナイフを出して、少し神経質に自らの制服を正す。

 中からは、不定期にガンッ、ガンッと鈍い音がしている。音に合わせて、減っていく私の魔力。この音がチェルシー達を攻撃している正体なのだと思うと、何とも薄気味悪い。
 


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