悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

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恐ろしい事があった日は……。2

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 体を揺すられて、意識が浮上する。私の名前を呼ぶヴィンスの声が聞こえて、すぐにガヤガヤという喧騒も耳に入ってくる。

「ん……」
「おはようございます。一試合前になりましたので、そろそろ準備をと思いまして」
「……私、そんなに寝てたの?」
「割とぐっすりな。むにゃむにゃ寝言言ってたぞ」
「え、う、うそ!」

 サディアスの少し揶揄うような口調に、私は思わず口を抑えて完全に目が覚める。赤面する私に、サディアスは笑って「冗談だ」という。

「も、もう!……びっくりした、やめてよね」
「クレア、体の調子はどうですか?」
「ん?……うん、もう本当に大丈夫みたい」
「左様ですか、私達の試合は既に終わりましたから、あとは貴方様だけです」
「そっか、怪我しなかった?ヴィンス、サディアス」
「ええ、問題ありません」
「俺も大丈夫だ。俺もヴィンスも魔法を使えるが、どちらにするかは君にませる」

 今朝の時点では、これから長くこの場に座ってなければならない事をとても嫌だと思っていたが、あっという間にすぎてしまった時間に私は少し呆気なく思いながらも、少し考えて、立ち上がり魔法玉を出した。

「サディアスにお願いするよ。今回は……負けるつもりはないから」
「わかった。ほら、時間にあまり余裕がない少し我慢してくれ」

 私は彼に魔法玉を手渡して、身なりを整える。彼の相変わらずの強い魔力に違和感はありつつも、今ばかりはそれに萎縮してもいられない。

 何かされたとしても、きっちりと対処できるように、冷静に、けれどシャーリーに戦って勝つという意識をちゃんと持たなければ。

 私達と同じように、出場者席にいるシャーリーを少し睨んで、魔力が溜まっていくのを感じる。心が熱くなるような彼の感情に私も引っ張られて朝の憂鬱で弱気な気持ちは消えていく。

 第五試合目に勝敗が付き、耳が痛くなるほどの歓声が沸きあがる。体に音がビリビリと響いてきて、心臓がけたたましく主張する。

「クレア、俺たちはここにいる、安心して戦ってきてくれ」
「何かあればすぐにお呼びくださいね」
「うん、ありがとう」

 魔法が起動して、体が軽くなる。魔法のコンディションは悪くない。

「クレア!シャーリー!出番です、武器を所持して、コートへ入りなさい!」

 ブレンダが立ち上がって、私達の方へと向き直り言う。貸出の申請をしていた武器は、既に出場者席の普段なら立ち見に使われる場所へと置いてあった。

 私はいつも通りの片手剣を選んで、シャーリーはいつものスタイルではなく、大剣を取り、先にコートへと降りていく。

 第五試合目の二人は、形式上の握手を交わして、戻ってくる。私は、自分を落ち着けるように呼吸をしながら、立見席の柵がない場所から飛び降りる。

 胃が持ち上がる感覚に相変わらず慣れないなと考えていれば、程なくして地面に足がつく。トコトコ走って、シャーリーとは反対側の初期位置へと到着する。

 試合はすぐには始まらない。これ程大規模なのだから個人戦の時とは勝手が違うのだろう。現に、個人戦で六試合目だったら、もう序盤も序盤、もはや居眠りの暇さえないはずだが、今日は昨日の睡眠不足が改善されるぐらいぐっすりと眠ってしまった。

 審判のバイロン先生も、おらず、私はただ剣を持ったまま少しの暇な時間に、観客席の方へと視線をあげる。

 雑多に人々が蠢いている様は、あまり見ていて気持ちのいいものじゃない。ただ、視線を動かして行けば、テーブル席のひと区画にローレンスのいるテーブルがあるのが見える。

 彼は遠目から見ても目立つのだ。先日のララとの待ち合わせの事を思いだして、お似合いのカップルだね、と思うがそのララの姿は今日は無い。観戦ぐらいはしに来ると思ったのに残念だ。

 そういえば、観戦すると言っていた、チェルシーとシンシアはどこにいるのだろう。学生の席が特別用意されているということも無いので、いるなら一般人にまじって朝から入っていると思うのだが、一度も出場者席の方へは顔を出さなかった。

 ……でも、私が眠っていたせいで気が付かなかったのかも? 耳を澄ませば応援の声が聞こえるかな?

「…………ふふっ、ふふ」

 そうすると、うっすらと笑みを浮かべているシャーリーの不気味な笑い声が聞こえてきて、思わず眉をしかめた。

 ……なんだろ、なんか笑ってる。怖いな。

 私の表情に、彼女は気が付き、それから嘲るような表情で彼女は言う。

「呑気だわ……クラリス。それほど間の抜けな顔をいつまでしていられるかしら」

 少し同情するようなそんな声音だったが、心情的には嬉しくてたまらないという感じだった。

 けれどどうしてそこまでシャーリーが自信満々なのか分からない。私は固有魔法があれば互角かそれ以上には戦える。もしかしてそれを彼女はまったく知らないのだろうか。

 ……だからこんなに余裕そうなの?

「シャーリー、私、今回は本気で行くよ」
「……あら、ではまさか、あの時は本気じゃなかったとでも言うのかしら」
「まあ、ただの喧嘩だったし」

 私の返答に彼女はまたピシッと表情を固まらせ、酷く私を睨みつける。それから、武器かと思うぐらい長くて尖っている真っ赤な爪で大剣の柄をギリギリと握りしめる。

「…………いいわ、貴方に泣いて乞わせる前にあの日以上の屈辱を味わわせてあげる」

 ……それだと、私が彼女に何かを泣いて乞うのが前提みたいに聞こえるんだけど……どういう事?

 疑問が頭に浮かぶが、バイロン先生がコートへと戻ってきて、会場にはやっと始まるぞとばかりに歓声が大きくなる。
 シャーリーとの会話は遮られて、怒号のような歓声が自らに向けられていることに酷い嫌悪感を感じつつも、武器を構える。

 彼女も大剣を構えて、私を睨みつけた。

 先生が間に立ってスっと手をあげる。私は魔法玉に魔力を叩き込む。相手がサディアスだからか、大きな歓声に気後れしてしまいそうな私の気持ちを奮い立たせるような、闘志のような気持ちが湧き上がってきて、手が振り下ろされる瞬間を待った。

 片足を引いて、一瞬もシャーリーから目をそらさずに、また彼女も同じに私を凝視しながら「初め!」という野太い声と共に、カラーン、カラーンと鐘の音が響く。

 公開試合の特別仕様なのか、ちょうどお昼の鐘に被ってしまったのかは分からないが、そんなことはどうでもいい。

 思い切り魔力を込めて、地面を蹴る。どっ、と鈍い音がして、彼女が大剣を振り下ろす前に、大ぶりのためにがら空きになっている腹に向かって突くようにして攻撃をする。

「くっ、」

 薙ぎ払うようにして、繰り出された剣筋をいなし、それから肩に攻撃を入れる。すると彼女は信じられないとばかりに、肩を抑えて、飛び退いて私の間合いから出る。

 確かに大剣は私の使っている片手剣より、威力もあるしリーチも長いが、普段から使い慣れない人間が使うには、難しい武器だろう。決まればかっこいいのだが、ただの大ぶりな攻撃しかしないのなら、素人同然だ。

「……」

 どう?私に屈辱を味合わせられそう?

 と、思わず聞いてやりたくなる気持ちもある、だってあの日、口喧嘩に勝ったが、試合にはぼろ負けしたのだ、多少なりとも根には持っている。

 でも、それを言っては駄目だ。試合は試合、喧嘩は喧嘩。きちんと分けて考えなければ、喧嘩で手を出す人間になってしまう。

「な、何よ……ふざけないでよ……どうなっているの!」

 シャーリーはブツブツとそう言い、心底憎いような顔をして私を睨んだ。

「こんなの、不正だわ……こんなはず……」

 シャーリーは怒りからか、異常者のように目を見開き、絞るように言葉をつむぎ出す。私は不正だと騒がれるとまた面倒な事になるので、警戒しつつ、近づいて行く。

「不正はしてない。固有魔法だから」
「お前……偉そうに……」

 私の言葉に、彼女は、納得するでもなく、憎悪を膨らませる。というかお前って、そんな顔をされても、挑んできたのはシャーリーの方だ。




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