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恐ろしい事があった日は……。1
しおりを挟む朝一、試合用にヴィンスに髪を一纏めにしてもらい、チェルシーとシンシアに激励をされ、ヴィンスとサディアスと練習場へと向かった。
校門から練習場に至るまでの道のりには、昨日までは無かった露店が出店しており、既に一般の人たちで賑わっていた。
そんな中には、学園側の露店なのかタイムスケジュールを販売している店があり、そちらで今日のパンフレットを購入して、何度か観戦した事があるというサディアスに出場者席へと案内してもらった。
普段は、教師と生徒以外が堂々と歩いている事の無い学校という場所だけあって、年配の人や、明らかに学生では無い夫人なんかが、我が物顔で歩いているのは妙な違和感と少しのイベントに対する高揚感を感じた。
出場者席は学年ごとに設けられているらしく、私達の観覧席の並びにはやはり見知った生徒や先生しかいなかった。午前中は開会式とブロンブバッチの試合、午後、夜はそれぞれプラチナバッチ、ゴールドバッチの試合なのだ。別々なのはトラブルを避ける面でも妥当な事だと思う。
出場者席以外には、所狭しと人がひしめき合っている。二階席への入口から、観覧席へは飲み物の販売員みたいな女の子たちがウロウロとしていて、前世の球場のような光景に、本当に大きなイベントなのだなと思う。
「……ですから、出番は昼頃になるはずです、一番人の少ない時間帯ですから出来るだけ気負わず……クレア?」
私がチラチラとよそ見をしていたからか、ヴィンスは聞いているのか確認するように私の名前を呼んで微笑みかけた。
「うん、大丈夫聞いてるよ」
「左様でしたか。私達はクレアより先に試合が組まれていますので、貴方様の固有魔法の発動のために出来るだけ魔力を残して戦います」
「それで、余裕のある方どちらかが君の相手になる、いいな?」
「わかった……大丈夫」
口ではそう言いつつも、これ程大勢の前で晒されて戦うというのは正直なところ荷が重い。普段の模擬戦でもクラスメイトがいるぐらいだし、トーナメントでも、でもそれなりに人は居たが、見知ったブロンブバッチだけだった。
「おい!!その酒じゃねぇよ!!!」
「申し訳ありませんっ」
「この荷物邪魔なんだ、どけろ!!」
「はぁ?この席は私が買ってあるんですけど!」
「ぎゃはは!!おねぇさん一人?!」
「おまっ、怖がってんじゃん!!やめろぉ!」
…………な、何だこの治安の悪いイベントは。
ただでさえ、人が居るというだけでも、プレッシャーになるのに、どうしてこんなに治安が悪いんだ。
まだ試合が始まってすらいないのに、酷い騒ぎに段々と胃が痛くなってくる。サディアスの件以来たまにこういう事があるのだが、今日は顕著だ。
……でも、今更、出場まで部屋に戻るという事も出来ないし……我慢しよう。ヴィンスとサディアスに心配させるわけにはいかない。
試合に出なければならないのは私だけじゃない、二人も同じなんだ……大丈夫、大丈夫。
心を落ち着けている最中に、ガシャンという、音と何か「きゃあ!」という女性の悲鳴が聞こえてきて、体がビクッと震える。
……な、何が……。
振り返ろうとすると、パッと誰かに視界を遮られる。
「ひぅ」
「……クレア」
ヴィンスに呼ばれて振り向くと、私の視界を手で覆ったのは彼らしく、少しいらずらっぽく私に微笑みかけた。
「私と席を交換してくださいますか?」
「え、どうして?」
唐突な提案に、首を傾げる。ヴィンスは、少し間を置いてから、ちらっとサディアスの方へと視線を向けてそれから言う。
「……席が狭くて少しむさ苦しいですから」
「んなっ、君な!俺だって好きで君のとなりに居るわけじゃないんだが」
ヴィンスの言葉にサディアスはすぐに文句をつけるが、そういう事なら納得だ。私は出場者席の一番端に座っている。ヴィンスがそうしたいのなら、私もその方がいい。
「はい、承知しておりますよ、サディアス様、貴方様もクレアの隣の方がいいでしょう?」
「それは……そうだな。クレア交換してやってくれ」
「う、うん、いいよ!」
サディアスにも言われてすぐに了承し、ヴィンスとサディアスの間に挟まれるようになる。
そうすると、先程の音の理由だとか、うるさい酔っ払いの喧騒だとか、そういうものが壁一枚向こうの事のように思えて、安心して胃の痛みに耐えることが出来る。
「……華やかといえば華やかなんだがな」
「そうですね。露店よりも、賭けや戦いに興味のある人が多いですから、外のお祭りより余計に、気性の荒い方がいらっしゃいますね」
「せめて貴族席の近くなら、こんなに騒がしく無いものを」
「仕方がありませんよ。あちらはあちらで警備の者が多いせいで空気が張り詰めていますから、我々も落ち着けませんし」
「そうだな。しばらくの辛抱だが、出場するのは気が重い」
二人は私を挟んでそんな会話をする。聞きなれた声に、安堵しつつも、声音から彼らもこの状況が少なからず不満があるのだとわかって、私がいつも通りにしなければ、と何か元気ずけるような事を言おうと、考えて口を開く。
「で、でも、こんなに多くの人の前に出ることもそう多くありませんわ」
……あ、お嬢様語尾が……。
「…………ですから、わたくし達も……お祭りムードを楽しんだらいいんですのよ」
私の言いたいことが、しょんぼり元気の無いお嬢様言葉になって発されて、これはもう癖になってるなと思う。
気合いを入れる度にやっていたせいかこの言葉使いだと、強気な悪役令嬢をトレースできるような気がしてしまうのだ。
私の言葉に、サディアスは鋭くこちらを見つめて、それからヴィンスの方へと視線を向けた。
「クレア、少し体調が悪いんじゃないか?」
……な、なぜ、ヴィンスに聞く!
「心労から来る腹痛だと思われますよ。先日も色々な事がありましたから」
……そしてなんでヴィンスも答えるの!
「そうだな。クレア、無理をするな。君に倒れられると困る」
「…………」
無理をするなとか、サディアスには言われたく無いんだけど。
彼に言われて少し視線を逸らす。確かに昨日は、私の失態ではないのに怒られたり、オスカーが酷い怪我をしていたりと、そのうえ、考え事が多くてあまり眠れていなかったが、それ以上のことは無い。
「クレア、お薬がありますから飲んでいただけますか?」
「……大丈夫よ、そんなに酷い腹痛じゃないわ」
……なんで薬もってるの!準備がよすぎでしょ。
ヴィンスの提案を拒否すると、二人は私を挟んで視線を交わし、それから、サディアスは眉間に皺を刻んだ表情で、ヴィンスはニコニコしながらこちらをじっと見つめた。
「……」
「……」
私はキリキリと痛む腹を抑えて背中を丸めつつ、このまま意地を張れば二人ともに説教をされかねないと考えて、無言で見つめてくる二人から目を逸らして「飲めばいいんでしょ!飲めば!」とやけくそに返事をした。
「ありがとうございます、クレア」
「初めからそう言ってくれ、心配になるだろ」
ヴィンスは薬を準備しつつ、サディアスは私の頭を緩く撫でつつ、そう言う。
いよいよ二人相手に意地も張れなくなってきた事をどう思うべきか考えながら私は薬を飲み。薬の副作用なのかそれとも、前日の睡眠不足がたたったのか、開会式が始まる前には、サディアスの肩を借りて眠りこけてしまった。
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