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楽しい時間はあっという間で……。3

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 改めて記念祭を眺めて見ると、昨日の練習場の設営準備でもよく見た、謎の白いフサフサの花なのか葉っぱなのか微妙な飾りが多い。

 取り敢えず、目に付いた露店の側による。

「おじさん、これ一つ」
「はい、銅貨三枚」

 お出かけ用の鞄の中から、愛用のピンクのポーチを取りだして支払いをする。ララはそんな私をじっと見て私が受け取ったものを見て言う。

「貴方イチゴが好きなの?」
「うーん、ララはどう?」
「……そうね、私は……甘いのなら好きよ」

 日本の出店ではあまり見ないイチゴ五つほど串に指しているだけの商品だけあって、ララは私のチョイスに疑問を持ったようだった。

 確かに、日本でも、私もきゅうり串を買う人の気持ちはわからなかったもん。

 一つ口に入れてモゴモゴと食べてみる。なにか普段のイチゴと違うことは無いが、甘い事には甘い。それに歩いて喉が渇いていたのだろう、割と美味しく感じた。

「ん、……ん~、そこそこ甘いね。食べてみる?」
「良いわよ、それなら私も買うわ。こういうわけ合いっこすると、貴族たちがうるさいから」

 私が差し出して見ると彼女はそう言って、もうひとつ買おうとする。貴族たちがうるさいとして、別に私は、五月蝿くても気にならない。

「うるさいの気になる?私はこういうお祭りの時は、一人一個ずつ買うとすぐにおなかいっぱいになっちゃうから、好きな物はわけて食べる派だよ」
「……」

 いまだに少し、機嫌の悪そうなララに串を差し出して「はい、あーん」と言ってみる。流石に、子供扱いしないでと怒られるかと思ったのだが、彼女はそんな事を言う様子もなく、素直にしたがって口を開いた。

 イチゴを一つ食べて、ツンとしたままもぐもぐしつつ歩いて、それから今気がついたみたいに、ポツリと言う。

「甘いわね」
「でしょ?」
「もう一個ちょうだい」
「いいよ」

 人混みをゆっくり歩きながら露店を見学していく、イチゴの串が終わる頃には今度は、ララが「あそこのお店によっていい?」と言って、いい匂いのする串焼き屋の露店に行って、お肉の串焼きを買って戻ってくる。

「い、いい匂い!」
「やっぱり、お祭りと言えばこれよね」

 確かに、その通りだ。写真映えするからと、フルーツの飴だとか、甘ったるいジュースだとかよりもお祭りと言えばジャンクなフードが一番だ。

 うんうんと頷いて二人でそれを分け合いっ子する。
 
 それから、来た道を戻りながら、ちょいちょいと食べ歩きできるものを購入していく。

 途中で、懐かしい物を見つけて私は思わず駆け寄った。

「これ一つ!」
「あいよ!」

 急に繋いだ手を引っ張られたララは、怪訝そうに私の買ったものを見る。ふわふわとしたお祭りの定番スイーツ、綿菓子だ。

 何か前世と製法が違うのか少しゴワゴワとしているが紛うことなく、ふわふわだ。

「……貴方もそれを食べるのね。でも食べた気がしなくない?」
「んーそう?美味しいよ、何かこう、食べた気がしないところがまたいいと言うかね」
「ふぅん、変なの」

 もくもくと食べて、口の中でじゅわっとほどける。

「ララも食べる?」
「いらないわ、だってここのお祭りそればかりだもの、もう何度も食べてるの」
「へ?そうなんだ?何でだろうね」

 確かに綿菓子は、日本でも定番のお菓子だったが、そんなにあっても一人一つ食べるのが限界だと思う。

 こちらの世界では甘党の人が多いらしい。

「トネリコの花に似ているからよ、だからこんなに売るのね」
「トネリコの花?」
「あら、知らないの?そこら中に飾られているじゃない、ほら」

 露店に括り付けられている白いフサフサを指さした。リボンで可愛らしく飾られているのだが、このフサフサが本当に花なのだろうか。

「それがトネリコの花。ただの綿にしか見えないけれど、これが咲くから、実がなるのよ」
「へぇ、そうなんだ、実って果実?食べられるの?」
「あははっ、冗談でしょ?食べないわよ!」
「……?美味しくないってこと」

 私が綿菓子片手にそういえば、彼女はキョトンとして、それから目を見開く。

「まさか本当に知らないの?!」
「え、何を?」
「…………びっくり、貴方って本当に常識に疎いのね」

 まあ、間違って居ないので、困りつつも否定せず笑顔を返す。すると彼女は、一息ついてから話し出す。

「この学園の名前、ユグドラシル魔法学園でしょ?」
「う、うん」
「伝説ではね、このユグドラシルの木はトネリコの木なのよ、だから、ユグドラシル記念祭はその花を飾るの。見て」

 言われて指を刺された先を見れば、露店に剥き出しとも取れるような小さな魔法玉が販売されている。

 それを子供達が購入して楽しそうに首から下げた。

「そしてその花が咲いて、実がなる、その実が私たちの魔法の源、魔法玉よ」

 ララはその露天に近づいて、私達の持っている魔法玉よりだいぶ小さなパールサイズの魔法玉を購入する。

 それから、透明なそれに、彼女は魔力を込めた。淡く光を纏って、彼女の瞳の色と同じように色付く。

 他人が魔法玉を塗り替えるのを初めて見た私は、それをまじまじと眺めて彼女の瞳を取り出してしまったみたいだと思う。 

「これは未熟な実ね、私達が使っているのは最高品質の物よ。貴方にあげるわ。ただ魔力を留めて光るだけの玩具だけれど」

 ポンっと手渡されて、ローズピンクのペンダントをララの瞳と見比べて見た。

 魔法玉がユグドラシルの実だったというのは、何となく納得がいったのだが、それよりも手渡された小さなペンダントの方が不思議な心地だ。

「なんか、ララの目をくり抜いて貰ってしまったみたい」
「……変わった事を言うのね。まぁ、恋人同士の記念祭の定番のプレゼントよ、実際は親愛の誓なんてできないから、自分の魔力で塗り替えたペンダントを交換するのよ」
「へぇ、あ、じゃあ」

 私も一つ購入して、それからララの元へと戻る。その透明な魔法玉を私の色へと染める。髪と同じ黄金色に染ったパールを私も彼女に差し出した。

「交換ね、ララ。これ、綺麗だから装飾にも使えそう」

 すると彼女は、露店のある人通りの多い道から少し外れて路地裏に入り、立ち止まって言う。

「……貴方、私の話聞いていた?恋人同士でするのよ?サディアスにまた刺されるわよ」

 サディアスに刺されたのはいろいろと事情があったのだが、彼女は痴情のもつれだと思っているらしい。簡略的に考えればまぁ、それも確かに間違ってはいないしララにも関係しているところもある。

「…………」
「私が貴方に渡すのはいいのよ、でも………………ねぇクレア、貴方、私の前から消えるのでしょう?」

 ざわざわと人のざわめきが聞こえる。こんな二人きりでは無い場所で話をしていいのかとも考えるが、これだけ人がいれば逆に、人々の喧騒で私たちの話を聞かれる心配はないと思う。

 ……ララが、そう思うのは、私がサディアスだけを選んだと思っているからだよね。

 私はまだ彼女にローレンスの事も好きなのだとは言っていない。そもそも他人の恋人を狙うという発言なのに、サディアスもそれからヴィンスもローレンスも好きだという浮気者の発言を彼女はどう思うだろうか。

「…………」
「結局、私を裏切ったのよ。貴方といるの私は楽しいわ、でも、貴方も所詮女で、私も女、男の子を好きになるとかそういう気持ちには勝てないのよ」

 ララは、苦しいように瞳を揺らして、堪えるように続ける。

「……どうやって、逃げるつもりなの? 本当に思うわ、サディアスでは駄目よ。ローレンスは、貴方を気に入っているし……あの人は優しくないもの」
「知ってる」
「だと思うわ。……さっきはあんな事を言ったけれど、多分私は、貴方を殺したり出来ない。でも、そうじゃない人はいるのよ……クレア」

 ……それも、知ってる。

 根本的には彼女は優しいのだ。少し難しい状況にいて気難しく見えるだけで、根は誰かを殺す事なんて望んでいない。

「うん、ありがとう。ララ」
「感謝が欲しいんじゃないのよ!! ばかっ」
「…………ねぇ、ララ、裏切るつもりは無いけれど、私も貴方に言わなければならない事があるの」

 ララの瞳をじっと見て続ける。私の言葉にララは懐疑的な表情を返した。




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