悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

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お祭りなのに悪い予感……。5

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 それにローレンスの感じているその不満と言うのは、私が故意にやっている事でもあるのだが、それを感じない、つまり自分に無関心ではない相手とともにいたとしても、不満では無いと言うだけで、何か、生きていく上で大切な情が満たされるという事だって無いのではないかと思う。

 他人に合わせてばかりで、その合わせた人格の自分に何かしら感情を向けられても、悲しいだけだ。

 言って相手に改善させるのはいやと言うのは、嘘はいらないと言っているようにも取れる。そう、ローレンスが思うのならば彼だって取り繕わないという前提があって初めて満たされるということがあると思う。

 でも、上手く伝わらないような気がして「ごめんね」と不満について謝罪をして口を閉ざす。

「ああ……今思ったが、君のその言葉大嫌いだね」
「……なんで?」
「それならまだ、くだらない事でも言っている方が良い」
「でも、首を絞められるのはいや」
「……私を好きだと言ったくせに、随分諦めがいいのだね」

 なんだか子供じみた会話だ。

 ローレンスは私の言うごめんねの中に諦めのような気持ちが入っている事を理解しているのだろう。

 喧嘩、するならしていたい、急に別の土俵に行って、謝ったりしないで欲しい。と受け取らせて貰うことにする。

 自分を好きなのなら向き合って欲しいと、言われているようなでも、まったく違うような、難しい会話に回らない寝ぼけた頭で考えて言う。

「好きなら、ごめんねで会話を終わらせるなって言いたいの?」
「随分偉そうな口を利くね」

 チラと見えた翡翠の瞳が、良くない感情を表しているように見えて、でも、くだらない事でも喋っている方がましだと言ったのはローレンスなのに、理不尽だ。

 そんなに、寂しがりのくせに、偉そうにされると困るのだ、いろいろと面倒くさい、でも、ごめんねはいやだと。

「…………会いに来ても素直に喜んでいないって、ローレンス指摘したでしょ」
「……」
「私がこれ以上お喋りすると、ローレンスは多分また、私に乱暴をする。でも、ごめんねで話を終わらせても怒る。……だから、素直にローレンスに会えた事を喜べないの」

 どちらに転んでも、大体は痛い目に遭うから嫌なのだ。
 
 話を終わらせず、一応、少しはオブラートに包んでそう伝えれば、彼は、少しだけ眉間に皺を寄せてほんの少し、我慢をした。けれども、テーブルから乗り出してきて、私の手を引っつかみ、それからバンッとテーブルへと私の手を抑えた。

 強い衝撃にテーブルは揺れ、カップが倒れてジンジャーティーが零れる。ボタボタと落ちていく雫に、妙に時間がゆっくりと感じられた。

 握られている手が痛い。

 咄嗟の判断で私も魔法を使う、簡易魔法玉を通しての魔法の発動だったが、話を続けるのに必要だと思ったから使ったのだ。決して彼を倒そうなどとは思っていない。

 ……いつもは、出来るだけ抵抗をしない。でも、ローレンスは反射で動いてしまうだけで、彼自身ももしかしたら本意でないのかと思ったから、止めて話をする方がいいのかな……なんて。

 何が正解かは分からなかったが、話をし続けるにはこれしかないと思う。

「……ローレンス……どういう気持ちで、私にこういう事をするのか、聞きたい、お願い」

 ぐっと拳を握り、彼を見つめた。私だって、伊達に修練に励んでいたのでは無い、本気でローレンスが私をボコボコにしようとしなければ、ある程度は対処ができる。

 サディアスもたまにテーブルを叩き割ったりして暴れるから、慣れもあるのだと思う。鼓動は早くなって怖いという気持ちもあるが、それを押し殺して、ローレンスの言葉をまった。

 彼は考えているのか、それとも整理をつけているのか、長らく黙って、けれど私とは目をそらさなかった。やがてゆっくりと口を開く。

「…………分からない、でも、無意識にというわけでもないよ」
「なら、やるべきだと、思ってやっているの?」
「それは、そうだろうね」
「何故、やるべきかという事の答えは、貴方の中には無いの?」
「……」

 私の疑問に、彼はすぐには返答をしない。普段だったら誤魔化すような言葉を並べ立てると思うが、珍しく真剣に自分の中での答えを探しているように思えた。

「……勘に触る、からそうするべきだと思うな」
「嫌だと思っているから、と言い替えても問題ない?」
「ニュアンスは違うが間違ってないね」
「なんで嫌かって事を聞かせて」

 ローレンスは、ふとイラつき気味に目を細めて、しばらく逡巡してから、口を開く。

「私が君に……非道を働く時、君は大体、私の癇に障る事を言った時だね」

 うん、と頷く。彼は少し手を緩めて、けれど離すことも無く、少しだけ、迷っているような表情で言う。

「君は多分、本当は少しわかっているのでは無いかな、ただ私は、それをあまり言語化したくない」
「……私が言ったら、貴方は私に暴力を振るうと思う?」
「するだろうね。それで君が黙る気がするから」

 ご名答。多分、黙るというか持ち越すというかで合っていると思う。でもローレンスも言わない、いや、言えないながらもヒントを出してくれたような気がする。

 彼は、自分の本心を言われる、というか言葉にされるのが、嫌、という認識をしているのではなく、これほどまでに拒絶を表すのであれば、何かもっと根本的に、恐ろしく思っているのかもしれない。

 けれどそれを追求してしまっては、彼のその譲れない部分に立ち入ってしまうかもしれない。とりあえず、恐ろしいのだと過程をしてみよう。

 ではなぜそもそも、ローレンスはそんな、誰しもが、言葉にする事を恐れない本音と言うのが怖いのか、という話にしてしまおうか。

「私が貴方の本心を使って何か貴方に害をなすと思う?」
「さぁ、それは分からない。けれど……そうだね、そもそも、一人でもそれを知っている人間がいては不都合なんだ」
「どう、不都合?」
「答えなたくないね」

 誰も知っていてはいけない、それは……。

「……ねぇ、ローレンス、貴方って貴方の中にある本音をもしかして、無かったことにしたいの?」
「……」

 ローレンスの本心はあってはならない。というか、存在してはいけないのだとローレンスが思い込んでいる。

 ……例えば……誰かがそれを許さなかった、もしくは現在形で、誰か、ローレンスの深い関係の人が許さないとか?

「誰かにそう言われた?酷いことでもされた?」
「違うよ、ただ理解した。ただ、そうあるべきだろう、誰も私を…………」

 言葉は途中で止まってしまい、彼は、ふと手の力を抜く。それから目を見開いて、はぁ、とひとつため息をついた。

「…………私は何がしたいのだろうね」

 心細い声だった、そのまま彼は薄ら笑って続ける。

「やるべき事はわかるのに、きっと君には納得のできる説明をすることが出来ない。全て詳らかにしてしまえば、私は私自身が瓦解するのを知っているから、君が私の核心に触れようとする時に黙らせるんだよ」
「!」
「…………満足かな」
 
 彼自身、本心を無視しすぎて、きっと自分の事が上手く理解出来ていなかったのだと思う。今、仕方なく自らの中身を知って、私にそれを執拗に暴かれて、どんな気持ちなのか想像もできない。

 一歩引くべきかもしれない。本来であれば、その矛盾点や自分を守る時の攻撃性みたいなものは時間をかけて、ゆっくりと治していくもののはずだ。

 力無く微笑む彼が、やはり子供に見えて、私の死というものが引き合いに出されていなければ、甘やかしたい、気持ちになっていたと思う。

 もう、何故、火種が欲しいのかなんて一切あきらかにせず、私は私の愛情を彼に押し付けて、緩く微睡むだけの時間があってもそれはそれで、幸福では無いのかとまで思った。

 言葉を失って、私自身も言うべき事がわからなくなる。それほどまでに、彼の私に関連する行動は、彼の根源にほど近い。そう感じ取って、壊さないようにしてあげたくなる。

 興味を向けて、愛を伝えて、彼が安心する方法を選びたい。

「…………それでも……」
「君は……私を好きなのだろう。これ以上、お互いに傷つく事はやめてくれないか」
「…………」

 そうだ、傷つく、でもそれでも、私もローレンスもこのまま真っ直ぐに進んだら、破滅しかないじゃないか。

 傷つかない道なんてとっても魅力的だ。ローレンスはきっと優しい。私が望めば、なんでもしてくれるだろう。でも、それこそ諦めだ。

 例え話を思い出す。ただ生きてそばに居たい。

 この彼の争いを望んでしまうような性格をどうにかしなければ、それは無い。

 ならば私はやっぱり、偽物の微睡みよりも、未来を選ぶ。

「…………ごめん」

 声を振り絞って、言う。それだけでローレンスは私の意思を読み取ったようで、けれど怒りはせずに、悲しげに微笑んだ。
 キャンドルの炎が揺れる。仕方ないというように彼は言った。

「きっと、今の誘いに君が乗ったとしたら、私は多分、君に失望していた。でも、喜んでいたと思う……君の好きにしたらいい。ただ私はやるべきと思うことをするだけだから」

 カタンと椅子を引いて席を立つ、彼はいつのまにか、魔法を解除していて、私もはっとして魔法を解く。

 それから何も言わずに部屋を出ていく。

「ま、また来て!」

 その背中に思わず声をかけて、彼は一瞬動きを止めてそれから何も言わずに出ていった。

 ……ローレンス。

 朝日に段々と明るくなる部屋の中で、私はゆっくりと今までの会話を噛み締める。

 ローレンスは言った、すべての事を詳らかに、つまり間違いなくすべての事をはっきりとさせれば、自分というものは瓦解するのだと。

 つまりは、彼は今でもおかしなままで、それを知らないふりをして、自らのやるべきだと言う観念に囚われながら行動をしているのだろう。

 それを私がすべて知って、そして、彼の本心まで暴いて私が知れば、それは彼の中で無視できないものになる。

 そうすれば、ローレンスの事を止めることが……できる?

 それはとても彼に痛みが伴うはずだ。けれど、私にはその道が唯一の破滅に向かわない道のように思えた。

 でも、そんなことをしていいのかと思う自分もいる。

 気持ちがせめぎ合うなか、答えが出ないまま朝を迎えた。




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