悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

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告白の返事がそれって……。7

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 彼も首を傾げて私に答えるように笑顔を作る。そのまったく理解出来ていなさそうな笑みが愛らしくて、んふふ、と私はさらに笑みを深める。

 蜜蝋ハンドクリームはキャンドルに続く簡単に作れる蜜蝋ハンドメイドの代名詞である。贈り物としても汎用性が高いし、固さも配合を変えるだけで簡単に好みのものを作成できるのだ。

 しかもキャンドルと同じで、溶かして固めるだけ!実に、効率的なのだ。

 前世で、興味本位で一度だけやってあとは飽きてしまったキャンドル作りもこんなところで役に立ったのだから人生無駄なことはないのだと今更思う。

「さて、手を出して、ヴィンス」
「……はい」

 私がハンドクリームを少し手に取って彼に手を出せばその手にヴィンスは両手を重ねて、これでいいかと私を伺うように見る。

 その仕草はお手に慣れてない子犬みたいで、愛らしくてついつい表情が緩んでしまう。

 少し柔らかめに作ったクリームを彼の手の甲に塗り広げる。調度良い硬さで体温で溶けた柑橘系のアロマの香りと蜂蜜の香りが合わさってなんだか美味しそうである。

「良い香りですね……」
「うん、食べちゃいたくなる」

 ある程度広がったら、指の間、指先一本一本まで丁寧に塗っていく、選んだキャリアオイルが良かったのか、手触りもべとついて居ないし、悪くない使い心地だ。

 ヴィンスはたまに女性のようにも思えるぐらい線が細いというか、上品というか、そんな感じなのだが、手だけ見ればちゃんと男の人で、私より大きい。

 綺麗は爪の形をしているけれど、水仕事をする事が多いからか、はたまた剣を握るからか皮膚が少し固いような気もする。

 塗り塗りと刷り込みながら、柔らかな自分の手と比べてまだまだ修練が足りないなと考える。でも、手が痛くなったら、ろくに剣なんて振り回せないし……グローブでも買おうかな。

 あまりつけている人を見ないけれど、私の手の皮が厚くなるのを待つよりその方が建設的かもしれない。

 そうしたら、不注意で爪が割れてしまったり手を切ってしまう事が減るだろうか。

 考え事をしながら、むにむにとヴィンスの手にクリームを塗り込んでいると、不意に「クレア」とヴィンスが私を呼ぶ。

「なぁに」

 顔を上げつつ、彼を見れば、少し紅くなっていて、さらに可愛らしい。

「申し訳ありません。どうにも気恥ずかしくなってしまいまして」

 困り笑いを浮かべて、頬を染める彼に私は惰性で「そっか~……」と気の抜けた返事を返して、彼の手を解放する。

 そうすると確かに随分、ネチネチと触ってしまった事と、ヴィンスの反応に私まで恥ずかしくなって、切り替えるようにクリームに蓋をしてヴィンスの前へと差し出す。

「ま、まあ!今みたいに、寝る前とかに塗っても良いし、乾燥が気になる時にでも使って!」
「はい!ありがとうございます。大切に使います……」

 彼は元気よく返事をしてそれから、受け取って、言葉通りに大切そうに視線を向けた。それから、彼はそのクリームを見てから、チラと私を少し見る。

 その意図が分からずに、首を傾げて、ヴィンスの言葉を待つと、ヴィンスはやっぱり少し恥ずかしそうにしながらも笑顔を作って言う。

「クレア、差し出がましいお願いなのですが……聞いてくださいますか?」
「ん?うん」
「…………宜しければ、本当に気が向いた時で構いません。また塗ってくださいませんか?」
「いいよ」
 
 彼が妙に間を置くので、何か重大なお願いをされるのかもと思ったが、そんな事かと思う。

 特に考えることもなく、すぐに了承すれば、ヴィンスは心底嬉しそうににっこり笑って、先程塗ったハンドクリームの手触りを確かめるように自らの手と手をすりあわせた。

 その瞳はなんだか恋する乙女のようで、というか、ヴィンスは私が好きらしいのだから、それで喜んでいるのだろうか。

 そう考えると、私の中の罪悪感が顔を出して、やっぱりダメと言えと私を叱咤してくるのだが、愛や恋がなければ許していた事をそれがあるからと言って許さないと言うのは辞めたでしょ!と理性が反撃する。

 結局、それらは天秤に掛けられて釣り合うような形になり、私は適当に立ち上がって、可愛いヴィンスの頭を撫でた。

 愛情を受け止めると決めたからには、そうほいほいと覆してはいられない。反射的に、罪悪感で動いてしまわないようにしないとな、と思うのだが、これがかなり難しい。

「…………頭撫でられるのは、恥ずかしくない?」

 適当なところで思考を打ち切って、代わりにどうでも良い質問をしたつもりだがこれだと、煽っているように聞こえないだろうかと一瞬心配する。しかし、彼はぱちぱちと瞬きをしてそれから、心地よさそうに目を細める。

「慣れました。初め頃は少し、恥ずかしかったですよ」
「そうなんだ…………ヴィンスは私以外には頭を撫でさせたりしないよね?」

 私が常日頃から、こうして触れ合っているおかけでまったく緊張せずに私のスキンシップを受け入れる今の彼があると思うと、なんだが心臓の動悸が変になるような気がする。

 これ程までに、私のヴィンスは可愛いと言うのに、こんな彼を他の人間が知っては居ないだろうかと、謎の闘争心が出て妙な事を聞いてしまう。

「……ふふ、……しませんよ。貴方様だけです」

 私の気持ちを汲み取ったのか、それとも単純に変な質問だったからか、彼は朗らかに笑う。それに私だけだと言ってくれる。

 その言葉に、在り来りな満足感が得られて、ついでに何をやっているんだという自己嫌悪もやってきて、心情がめちゃくちゃである。

「それなら……良かった」
「ええ、良かったですね」
「ん、うーん……うん」

 惚れた弱みなんて言葉があるけれど、彼ばっかりが私にそれを握られていると思ったら大間違いだ。私の方がもしかすると、がっしり握られているかもしれない。

 言いようのない敗北感と、でも別に嫌では無い感覚に、苛まれつつ、もう夜も更けてきた。色々な感情は、眠って忘れてしまおうと思う。

「お休みになりますか?」

 目が合うとそういう彼に、敵わないなと思いつつ、頷き、私は着替えて、ベットへと入った。





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