悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

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告白の返事がそれって……。6

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 首を絞められて、意識が飛びかけた私は、廊下をまともに歩けなかったため、ヴィンスに文字通り持って帰られた。

 人が多くいる時間だったが、ここ最近まで、謎に車椅子だった私はヴィンスに持ち運ばれていることを誰も疑問視したり、陰口を叩かれるようなことは無かった。

 部屋に戻ってベットに腰掛けるように下ろされると、彼は私を見てすぐに、顔をしかめる。それから、手を伸ばして私の首に触れた。

 痛みは無いのだが、その顔を見るにどうやら分かりやすく痣になってしまっているらしい。

「……そんなに酷い?」
「えぇ……それなりには」
「治すの、手伝ってくれる?お願い」

 私が魔法玉を出して言えば、彼は「良いですよ」と先程とは打って変わって上機嫌に言った。魔力を緩く注がれて、なんとなく安心する。

 抵抗せずに身を任せつつ、少しぼんやりとしながら、適当に口を開く。

「……怒ったかな……ローレンス」

 ヴィンスはきっと、私の言葉に反応して、根掘り葉掘り聞いてくるような事は無いので、適当な言葉を続ける。

「怒ったって言うか……パニックになってたっていうか……」

 魔力が満たされていく、ゆるゆると注がれる、彼の色の魔力は、慣れれば慣れるほどどんどん心地よくなってきているのだ。

 ゆっくりと光を孕んでいく、ヴィンスの瞳も、その少しだけ恍惚とした表情も、空腹が満たされるような感覚も心地がいい。

「ヴィンスは可愛いね」
「……そうですか?奇特なことを仰いますね」

 そうだろうか。こんなに、愛嬌のある男性も滅多にいないと思うのだが、自覚は……あるんだろうけれど、認める気はないのだろうな。

 ローレンスは自覚もなく、認める気もない。

 彼が愛らしいという事ではなく、彼の厄介な性格の部分の事だ。結局あれはどういう反応で、そして、この先ローレンスとどう接すればいいのだろうか。

「……ねぇ、ヴィンス」
「なんでしょうか?」
「何か…………予想もしなかった事を言われてさ、それで、びっくりして思いきり首を絞めたんだけれど、殺さなくて、最後には抱きしめられて、でも投げ捨てる感情ってどういう事だかわかる?」

 事実をありのままに説明しようとして、上手く伝わらなかったらしく、ヴィンスは少し固まってそれからニコニコしたまま小首を傾げた。

「…………どうしても、そんな事をする感情を探すのであれば……混乱していたのだと思いますが」
「……まぁ、そうだよね」

 実際そうなのだと思うし、曖昧な説明でも意外と的を得た答えが返ってきて満足する。ついでに、魔法も発動して、キラキラとした光が眼下で漂っている。

「それに、全部言えたよ。酷い目にはあったけど、思ってた事は言えた」
「左様でございますか」
「うん……だから……」

 私の想いは伝わったと思うのだ。好きだという思いは、これで、怒らずに本音を話してくれるといいのだけど、ローレンス相手にそんなに上手くいくとも思えない。

 それでも、ポジティブはいい事だ。今度、一緒に学園街に行こうと誘ってみるのはどうだろうか。好きだと言った時に嘘だと言われた理由に、会いに来ないとも言われていた。

 あ、あぁ、でも、急に外で二人で遊ぶのは、きっと色々な配慮が足りないと、サディアスに怒られてしまう。

「夜、いつでも来ていいよって、言っておいてくれない?ローレンスに」
「承知致しました。…………ローレンス様は、幸せ者ですね」
「?……なんで」

 不意にヴィンスは私の首に触れて、するすると摩ってからそう言う、私はすぐに聞き返したが彼はニコッと微笑むだけで答えは教えてくれない。

 言う気は無いのかな、と思うのと同時に、彼の手が少しカサついていて、そういえばと思い出す。

 痣は治ったらしく、ヴィンスの手を掴んで、それから少し落ち着いたので自らの足でゆっくり立ち上がる。

 彼は、私の行動に少し疑問を持ちつつも、素直に従って、私が導くままにテーブルに座る。私は勉強机の引き出しにしまっている、作ったまま放ったらかしにしてしまっていた平ペったくてまん丸の小瓶を手に取る。

 アルミの蓋をカラカラと音を立てつつ回し開けて、香りを嗅いでみる。爽やかな精油の香りとそれからほんのり蜂蜜の匂いがして、良かったと思う。

 ……分離もしてないし、香りも飛んでないね。

 ヴィンスの向かいに座って、そのクリームケースをテーブルに置き、ヴィンスに見せる。

「手触り確認したいから、最初は私が塗っていい?」
「え……ええ、構いませんが……それは……」
「ハンドクリーム……保湿剤だよ」

 傾けて中を見せてみる。少し不思議そうな顔をしているので、もしかしたら、この世界にはまだ無いのかななんて考えたが、顔に塗る用のオイル的な美容商品は確かあったので、保湿剤はあるはずだ。

 単純に、手に塗る事に限定している商品が少ないのでは無いのかなと思う。

 それに、これも別に手以外にも、冬にカサついてしまう肘や踵なんかにも使える物だ。よく良く考えれば、どこに塗るにしても保湿はだいたいオイル系の物なのだ、クリームと言っておけばいいだろう。

「寒くなってくると水仕事で手が荒れちゃうでしょ?ひび割れになっちゃう前に保湿は大事!」
「確かに、指先が少し切れてしまう事もありますが、あまり気にしていませんでした……」
「そうなの? じゃあハンドクリームもあるのかな?分からないけど、ほら皆にキャンドルを作ってたじゃない」
「えぇ、覚えています」
「その時の材料で出来るんだ。ヴィンスにちょうどいいと思って作ってあって……」

 そしてすっかり忘れていた。さすがにそれは言わなくてもいいかなと思って、ニコッと笑った。



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