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私の愛も、彼らの愛も……。7
しおりを挟む個人戦三日目、ヴィンス、サディアスは勝ち上がり、チェルシーとシンシアは敗退となってしまった。
やはり三回戦目を勝利すればバッチが手に入ると言うだけあって、それぞれが見知った強者と当たる事も多くなっていた。
ララや、ローレンスは優勝候補としてもちろん残っているし、コーディ、ローレンスの護衛達、オスカーなんかも個人の能力値は非常に高い。
シンシアもチェルシーもその人たちに並ぶほど強くはあるのだが、あと一歩というところで及ばなかった。
ちなみにクリスティアンは不戦敗だった。こうする事によって、戦って負けたという事実が残らないので、賄賂の効果がよりよく発揮されるらしい。
そして彼からは諸々のお礼と称して、試合が終わってから来て欲しいと呼び出しを受けている。
ヴィンスとも、サディアスとも気まずい私はその誘いに飛びついた。だって二人とは何を話せばいいのかまるで分からない。
それにだ、あの二人の意見が一致してしまっている。つまりは、もはや私が意見を言っても納得させるというのは無理なのだ。
もしかすると、上手く言いくるめられてしまうかもしれないぐらいである。でもこういう事はできるだけ流されない方がいいのだ。
車椅子を押して貰いながら決意を固める。
ちなみに車椅子を押してくれているのはクリスティアンである。彼は、どうやらヴィンスにもサディアスにも割と懐疑的なので、私がクリスティアンと二人きりで話をしたいと言えば、それに合意してくれた。
侍女ちゃんが扉を開いてくれて、クリスティアンはソファのすぐ側に車椅子をつけて、それから私を移動してくれる。
「ありがとう、手間かけてごめんね」
「気にしないでくれよ、元を辿れば私の失態だからねぇ」
降ろされて制服の裾まで、きちんと整えてくれる彼に、貴族なのに豆だなと思いつつ、私はここに呼ばれた理由のお礼とはなんだろうと考えつつ、部屋を見渡す。
相変わらず整えられた、ホテルのスイートみたいな部屋で、あんな惨状があったとは思えない。片付けるのに随分苦労しただろうと思う。
というか、あの時破損したものは買い換えたのだろうか? カーペットから、サディアスが吹っ飛ばしたテーブル、それから血にまみれたソファも。
よくよく思い出して見れば新品のように見えてきて、一体いくらかかったのだろうと、考えれば、弁償の二文字が頭に浮かぶ。
だって絶対高級品……だよね?
私のおしりを柔らかく包み込んでいるソファの座面を撫でる。ふわふわで柔らかくて、良い品質だ。いくらするのだろう。請求されたらお小遣いで足りるだろうか。
そんなことを考え出すと冷や汗が止まらない。別に貧困家庭で育った訳では無いが高級品と意識してしまえば、挙動が不審になっても仕方がないのだ。
私が作り笑いをひきつらせてそんな事を考えている間にも、部屋の主であるクリスティアンはお茶を淹れて私の前に差し出し、斜め向かいに座った。
「…………とりあえず寛いでくれるかなぁ。少し緊張しているように見える、信頼してくれとは言えないが、君に危害を加えるような事は今後ないと誓うよ」
ゆるっと微笑んで、困り眉のまま私に言う。私はとりあえず弁償を要求される事は無さそうだと安堵しつつ、お茶をいただき、侍女ちゃんが出してくれたお茶菓子のクッキーをいただく。
この世界が本当に甘いものや食事が美味しい世界で良かったな、などという大規模な感想を抱きつつ、クリスティアンに直接伝えると、彼は「好きならいくらでも出すよ」とニコニコ笑う。
それから、一呼吸おいて、彼はおずおずと私の前に小箱を差し出した。
「……ん?」
「いくらか方法は考えたのだけれどねぇ、君が果たして何を喜んでくれるのか分からなかったものだから」
そう言ってパカッと小箱を開けば、その箱はリングケースになっていて、大きな宝石のついた、シルバーのリングが収まっている。
大きな宝石が一番目を引くのだが、そのまわりにあしらわれている小さな花のような形に嵌め込まれている宝石達もとても美しい。
人生で、ショーケースの中でしか見たことがないような、とんでもない高級な指輪に私はギョッとしてクリスティアンを見る。彼は、いつの間にか悲痛な顔になっていて、それからソファから降りて両膝をついた。
「今日、私の誘いに乗ってくれてありがとう、クレア。君にお礼がしたいと言ったがその前に、私は君に許しをこう必要がある」
「ゆ、ゆるし?」
私より下にある、頭に、彼の悲痛そうな顔。そもそも、フランクに接してはいたのだが、彼だって十二分に身分の高い人間だろう。
そんな人が私に跪いているのは如何なものだろうか。クリスティアンの周りの女の子たちにリンチにされそうである。
「そうだよ、赦し……私は、知らなかったとはいえ君に辛くあたっていただろう。そもそも……君は言わないが、君が怪我を負う羽目になった事の一旦は私にある。それでも協力をしてくれた君に、正式に謝罪をさせて欲しい」
見上げられる形で、私は、彼と目を合わせた。
言われてみれば、サディアスの行動が濃すぎてクリスティアンについては、あまりどうこう思っていなかった。そして、もう既に終わったこととして対処していたような気すらする。
「本当に申し訳なかった。……私の誠意を形にさせてもらった、受け取って欲しい」
すっとリングの入った小箱を差し出されて、冷や汗が止まって今度は血の気が引く。形式的に謝るというのは、良いけれど、それは絶対にいらない。
断り方が上手く思い浮かばずに、ふるふると頭を振って、リングを凝視する。
そんな宝石を贈られたって困るのだ、使い道が無いし!そもそも、そんな事をされなくても問題ない!
「いっ、いや!いらない!え?だって、サディアスを守ってくれるんでしょ?!お互い様でしょ!?」
そのはずだ、だから、クリスティアンに私は協力したのだし、彼だってサディアスを庇護すると言っていたのに。
「そういう問題ではないんだよ、わかってくれないかなぁ、クレア。こうでもしなければ私の気持ちが収まらない、ほら、きちんと君に似合うものを選んだのだから」
彼は私の手を取って指輪を強引にはめようとしてくる。絶対に指紋をつけてすでて触ることすら嫌だった私は、ググッと拳を握って抵抗するが、なんせ力が強い。
「わっ、わー!!やめてやめて!!」
「素直になってさぁ、きっとつけたら気に入るだろうからねぇ」
「無理無理!私、あんまりっ、指輪は好きじゃないって言うか!!」
「じゃあネックレスでもしようかなぁ、そうすれば受け取ってくれると約束してくれるのかなぁ」
そんな事を言いつつも彼は、グイグイと私の拳を開こうと、力を込めて来る。こちらもムキになって彼の手を掴むのだが、どうにも引いてくれそうにない。
あまり乱暴に扱われて指輪が壊れたりしたら大変だ、それに、男性から高級な指輪を送られて喜ぶのはプロポーズの時だけである。
「わ!わかった!待って、物じゃなくて、そ、相談!相談を聞いて!!困っていることがあるの!!」
ぐぐぐっとクリスティアンの体を押し返しつつ言えば彼は、不服そうにしながらも「相談?」とこちらに目線を向ける。
手の力が緩んだので、咄嗟に自分の手で手を隠しつつ、こくこく頷いて、ぼんやりと彼に聞こうかなぁと考えていた事を深刻度を増し増しで話をする。
「そうそう!!クリスティアンじゃないとダメなの!!それでいいから!!」
「……それも聞いてこれも受け取ってくれてもいいのにねぇ、ダメかなぁ」
「いや、いらないから!!それに、本当に、私にも非があるし!!一旦!!一旦落ち着こう!!」
指輪ごと彼を押し返し、じっと彼を見つめ返す。しばらく睨み合いのような時間は続き、それからひとつ息をついて彼は指輪を箱にしまってゆっくりとソファに戻っていく。
それから、心底分からないというふうに困った顔をして、指輪の箱をパカパカとしながら私に言う。
「落ち着いているよ、これでも。私はこんな事では許されないような対応を君にしただろう?」
「……はぁ……」
それはそうなのかも知れないが、ところで彼はどこから何処までの話を知っているのだろうか。
それにあの時サディアスは大方の事を話していたように思う。それでも彼の知っている話と、結局なにに対してそれほどクリスティアンが罪悪感を持っているのか話が必要だろう。
「結局、貴方って私の事をどこまで知っているの?まずはそこから話をしてみない?」
「……わかったよ。……事情は複雑だねぇ、けれど、呪いの話は、大方貴族感では共有されている事を私はあの時まで知っていて、君をクラリスだと思っていた。だから、サディアスが無理をしている事を心配する君に怒っていたこれは……わかってくれるかなぁ」
「うん、でもあの時、私はクラリスだけれど、別人だと言うことまで理解してくれていたよね?」
だから、ああして、私を瓶に詰めようとするサディアスを止めていた。
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