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私の愛も、彼らの愛も……。3
しおりを挟むそれにヴィンスも納得してしまっているなんて、どうしたらいいのか分からない。私の些細な抵抗も虚しく、廊下に出て、彼は迷いなく歩く。
「…………ちょっと待ってって言ったのに……」
私が恨めしく呟くと、サディアスはちらとこちらを見て、それからまた視線を戻す。その、私の意見をまったく意に介さない反応にほんの少し腹を立てて、グッと彼の胸元を押して距離をとるような仕草をするが、ビクともしなくてさらに腹が立つ。
「離してよ………………ばか」
負け惜しみにそういえば、彼は少し意外そうな顔をして、それから、ふっと笑って、それから口を開く。
「……廊下に置き去りにされたいか?」
置き去りにされた、自分の姿を想像してみる。
それはとても困るだろう、移動するにはほふく前進するしかない。
「嫌ならあまり、動かない事だな」
「……」
そう言われて黙り込む。到着した場所は彼の部屋であり、私を抱き抱えたまま器用に扉を開けてそれから部屋の灯りをつけた。
久しぶりに彼の部屋に来たなと思いつつ、ふと、侍女ちゃんが居ないことに気がつく、それから、部屋もテーブルも雑然としていて、汚いという程でも無いが整えられているといった感じでもない。
「……侍女ちゃんはどうしたの?今日はお休み?」
「ああ、彼女な、辞めた」
私をソファに下ろして、それから彼は制服のジャケットを脱ぐ。私は一応、きちんと座らせて貰えた事に安堵しつつ、ソファーのローテーブルに置きっぱなしになっている、謎の空き瓶が気になる。
彼はそれらを適当に手に取って、それからガラガラとゴミ箱の中に入れる。なんの瓶だったかは分からなかったが、薬を入れるようなものだった気がする。
「ねぇ、その瓶何?」
「……鎮痛剤の類だな」
「どこか怪我でもしたの?」
「いいや、してない」
「じゃあ……どうして?」
「ただの頭痛だ、気にしないでくれ」
彼はそう答えて、少し部屋を綺麗にする。
……ただの頭痛でそんな量消費しないでしょ。
頭の中でツッコミを入れつつ、私は動くことも出来ないので、彼が書類を片付けて、テーブルや部屋を綺麗にするのをしばらく見守った。
そうすると、サディアスは侍女ちゃんが出入りしていた部屋の方へと消えていって、寮の食道で出るようなプレートになった食事を持ってくる。
スープは温められていて、侍女ちゃんは居なくともコックさんはいるのだなと思いつつ、私の目の前にだけそれを置いて、彼はドスンとほど近い隣に座った。
「食べていいぞ」
「…………い、いただきます」
カトラリーも用意されていたので、私はとりあえず何も聞かずに食べ始める。テーブルが低いので犬食いにならないように気を付けてみるが、なんとも食べづらい。
なんせ彼は、隣で私のことを見ているだけだ。
そしてなんで部屋に連れてこられたのかもわからない。
ちらっと流し目で彼のことを確認するが、サディアスはじっとこちらを見ていて目が合う。
……え、……えぇ、何がしたいの?
もこもことパンを咀嚼しつつ、考え込む。まあ、実際にお腹は空いていたので美味しく食べられるのだが、如何せん気まずい。
しばらく食べ進めていれば、サディアスは、ふと思い立ったように、ソファーを立ってそれから、先程のように扉に消えていき、手にマグカップを持って戻ってくる。
どうやらコーヒーを淹れてきたらしく、芳しい豆の香りが漂ってきて、それから彼は執務机の方へと無造作に歩いてき、先程鎮痛薬といった瓶の中身の入った瓶を開けて、コーヒーにざらざらと流し込んだ。
「……、……」
私が目を見開いて、見つめていると、彼はクルクルとスプーンでかき混ぜて、ごくごくと飲む。
ナチュラルすぎるオーバードーズに一瞬、何か新しい健康法かと思案してしまったのだがそんなはずは無いだろう。
隣に戻ってきて、ソファに座る彼を未だ見つめていると、サディアスは疑問符を頭に浮かべて私を見る。
「もういいのか?」
「…………サディアス、それ、薬飲みすぎじゃない?」
さすがに指摘せずにはいられずに、私が指をさして言えば、彼は、ふと目を逸らして言う。
「……軽い薬なんだこのぐらい飲まないの効き目がない」
「嘘」
間髪入れずに言うと彼は少しだけバツの悪そうな顔になる。
「嘘じゃないが」
「じゃあこっちに貸してみてよ、私も飲む。足の痛みが引くかもしれないし」
私が手を伸ばすと、サディアスはパッと私とは反対側にカップを引いて、私はそれに手を伸ばした。
踏ん張りの効かない体は、容易に彼の方へと倒れ込む。サディアスも私が倒れることを予想していなかったようで咄嗟に抱え込むようにして、ソファの座面に二人して倒れ込んだ。
コーヒーは零れていない、彼はそれを確認してほっとしてから、テーブルに置き私を見る。
「……飲まないでくれ、多分……体に悪い」
「なら、サディアスももう飲まないで」
すぐにそう返せば彼は降参とばかりに視線を逸らして、それから「わかった」という。その答えに安心して私は、起き上がろうと彼の後ろのソファを押したが、サディアスは何を思ったのか、私の腰に手を回してぐっと引き込む。
「…………?」
思わず首を傾げる。サディアスはじっと私を見つめていた。もしかして何か言いたいことでもあるんだろうか。さっきから私の食事風景をひたすら見守ったり、そもそも、何をしに私をここに連れてきたのかも分からない。
密着したまま抑えられているのには甚だ疑問だが、離してくれないのだからしょうがないと思う。
……あ、でも、これはあまりよくない。
だって、多分それはダメな事だと思う。私はさきほど決めてしまった、というかシンシアとチェルシーとの会話で、私はずっとひとつのことを決めていたのだと思い知った。
だから、こうして、流されるままにするのは良くない。それはサディアスがいまどんな風に思っているのだとしても、自分の心に対して不誠実になってしまう。
「離して」
今度は起き上がる為にソファを押すのではなくサディアスの肩を押した。
サディアスはまったく気にせずに、自分の頬をくすぐる私の髪に少し、煩わしそうに目を細める。それから逡巡して、静かな部屋にぽつりと言う。
「…………君は殿下に愛想をつかしたのだと思っていたんだが……違ったのか?」
私の影が落ちている、サディアスの真っ赤な瞳と髪。その影った真紅の瞳が私を捉える。
自分よりずっと頑丈にできていて、男らしい人なのにどうにも、なぜだか、とても嫋かに見える。その少し吊り上がった瞳のせいだろうか。
それとも、彼の瞳や表情の動かし方からだろうか。
眼下に広がる光景がとても、美しくて、彼の言葉の意味を理解するのにしばらくかかる。それからあまり、頭が回ってないまま、聞き返す。
「……どうしてそう思ったの?」
「君が……クリスに協力すると言ったんじゃないか。だから、君はてっきりそうなのかと、思ったんだが」
「……さっきの狐の話聞いてたの?」
「ああ」
「そっか」
その私がさせてしまった勘違い、そして私がサディアスに言ってない事、色々ときっちりと話をしなければならないのだと思う。
彼はすっかり今の状態が心地よく感じているようで、私の腰の後ろで、自分の手を握りこんで離すつもりがないらしい。
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