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私の愛も、彼らの愛も……。2

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 オスカーが ローレンスを殺すことを提案したことを呑まなかったということは、そういう事だ。

「では、狐に首輪をつけている人は、飼い主さんが狐を殺さないような人になって欲しいんですねっ!」
「…………ん?」
「違いますか?だってそうでしょう? 悪い事をする人は捕まえなければなりませんけど、悪い事をしなくなったのなら、それが一番いい事ですっ!」

 それはクラリス達が、ローレンスのあの性格がどうにかなると言うことを望んでいるという事だろうか。

 それはどうなんだろう。……どう……なんだ?

「いや、でも、えっと……ほら、首輪をつけてその人の前から逃がさないようにしてるんだよ?」

 私はチェルシーの言ったことは、あまりしっくり来なくて自分の状況として逃げられなくされているという事を強めに伝えるけれどチェルシーは笑顔で言う。

「ええ、ですから、チャンスをあげているんですよきっと!だって、悪い人だとわかっているのなら、捕まえてしまえば良いんですっ!それなのに、狐さんを目の前に置いて、じっと見ているだけなんでしょう?……ね!きっとその飼い主が良い人になれば良いなっと望んでいるんです」

 ……それは……その通りだ。

 イレギュラーなクラリスを生みだせるエリアルなら望めばなんでもできそうだ。そもそも、本人達がローレンスを恨んでいるというのならば、そもそも公的に排除だけするなど生易しい。

 彼らが今望んでいる、ローレンスが呪いの力を手に入れて禁忌を犯そうとしたという罪を背負わせることだって、ただそれだけであれば、単純に私のように幽閉されるのが関の山である。

「私の感想としては、狐の思惑が気になりますね」

 チェルシーの主張が終わったあと、シンシアは真面目な顔をして言う。

「思惑?……生きていたい……と思ってるけど」
「他人に飼われてですか?」
「え?」
「だって、人間と会話のできる賢い狐なんでしょう?そもそも、野生に帰って自由に生きたくはないのですか?」

 野生に……帰りたいかどうかは分からないが、自由に生きていきたいと望むのは当たり前の事だろう。

 けれど、私はここまで過ごしてきて、今の結論、死にたくないという事だけがあり、ローレンスの手から逃れたいとは思っていない。

 飼われているという程でも無いが養われていて、彼の気が変われば、私は為す術なく幽閉される状況に逆戻りする可能性だってあるのだ。

 ……それなのに。

「飼われてるのは別に……苦痛じゃないけど……」
「では、きっと、狐も望んでそこにいるのですね。そして、でも毛皮にはなりたくないと……であれば、狐はきっと生きて飼い主と一緒にいたいのですね」

 頭の中には、国語の授業で出てくる愛らしい狐が思い浮かんでいた。

「そうですね!それなら、狐さんは飼い主さんと一緒に過ごすために、その先の未来が欲しいんです!正解ですか?クレア!」
「え?正解?」
「違いましたか?お話の続きを教えてくださいよっ!まだ途中でしょう!この後はきっと狐さんが、飼い主さんに生きる事の素晴らしさと一緒いる事の大切さを終えてあげるんです!」

 彼女たちの中では、例え話ではなく完全に物語と勘違いしてしまった様子だ。

 まぁ、しかし、傍から見れば、私しかり狐の行動も、そのほかの人物の行動も彼女たちが言った通りなのだろう。

「…………」

 ……つまり私はローレンスが……。

 その先は考えないようにしていた。けれど、消去法で選んでいって、最終的に、その答えに落ち着くような選択をし続けてきた。

 だから、きっと私はチェルシーが言ったようにしたいのだろう。そう、だって本当は、ローレンスを害することなんてしたくない。

 あんなに……無機質で、寂しい人を私は初めて見た。誰からだって理解し難いだろう。彼は。

 私がすべてをわかっているとは思わない。けれど、誰かが、そうしなければ、まず分かろうとしなければ、ずっと彼は変わらないはずだ。

「クレア?」

 黙ってしまった私に、チェルシーは首を傾げて問う。私はすぐに表情を取り繕って、ニコッと微笑んで、体を手早く拭く。

「なんでもない。……この話の続きはまだ無いんだ。でも、多分半年後ぐらいには、決まっているとま思うよ」
「ええ?なんですかそれっ!変な話ですね」
「ふふっ、貴方はやっぱり妙なことを言いますね」

 二人は私のその言葉で納得して、さして重要にも思わなかったらしく、作業を続ける。

 パジャマに着替えて私は、用具を片付けてくれる彼女たちにお礼を言いつつ考える。

 ……狐は飼い主に未来のすばらしさを語る。きっとそれは現実に置き換えると、ローレンスを説得するという事だろう。彼を倒すとか、殺すだとかそういうわかりやすい事では無い。でも、それが私にとって最善だと思う手段だ。

「外にいるヴィンスを呼んできますね、私たちはこの後はクリスティアン様がとってくれた稽古室で練習をするんです!」
「え、こんなにいい時間に取れたの?いいなぁ」
「私たちには色々と迷惑をかけているからだそうですよ。恐縮な思いですが、ここは遠慮せず、使わせてもらうことにします」
「そうだね。頑張って、怪我しないでね」

 私はベットの縁に腰掛けつつそういう、二人はクスクス笑って「貴方ほどはしませんよっ!」とチェルシーが少しおどけて返す。
 
 小さく手を振って部屋を出ていく二人を見守った。

 彼女たちと入れ替わりに、ヴィンスが入ってきて、それから後ろに続くようにサディアスも入ってきた。これから稽古室に向かう彼女たちにか、扉の外に少し手を振って、それからパタンと扉を閉めた。

「ヴィンス、おまたせ。スッキリしたよ。それと倒れちゃってごめんね」

 すぐにこちらに来るヴィンスにそういうと彼は、私の髪を軽く整えてリボンを結んでくれながら言う。

「大丈夫です。車椅子のおかげで怪我もないようで安心しました」

 ニコッと笑って、それから私にスっと手を差し出す。私はその仕草に車椅子に移動してくれるのかなと思い、抱きつくように手を伸ばす。

 すると彼は、部屋に入っても黙っていたサディアスの元へと私を運び、それから、なんて事ないように私を差し出した。

「っ、ヴ、ヴィンス?!」
「申し訳ありません、サディアス様の要望でして」

 安心しきっていた私は、あっという間にサディアスに手渡されて、混乱しつつ、掴んでいたヴィンスの服の裾をぎゅっと力いっぱい握る。

「ちょっ、待って、待って!あ、わっ……」

 やんわりとその手を離されて、私はサディアスにお姫様のように抱き抱えられる。

 パジャマにしている、ゆるっとしたフリルの着いたワンピースの柔らかい布越しに彼の手の感触が伝わって、暴れるわけにもいかずに、抱っこが嫌いな猫のように、手を胸の前できゅっと握って彼の顔を見て固まった。

「不服か?……ヴィンスには許すのに俺には抱かれたくないのか?」

 責めるような口調でそう言って、彼はジロっと私を睨みつける。その言い方だと私が痴女みたいなのでやめて欲しい。口を引き結んで、ヴィンスにヘルプと視線を送るが彼はニコッと笑って、私ではなくサディアスへと話しかける。

「では、サディアス様、就寝時間までにはお戻りくださいね」
「わかってる」
「ね、ねぇ、待って!どういう事っ!ちょっ、ヴィンス!」

 サディアスは私が混乱している事などどうでもいいようで、踵を返して、歩き出す。

 ヴィンスよりもガタイの良い彼の体は、安定していて安心感のある抱かれ心地であるのだが、そういった事は問題では無い。夜は夜で、飴ちゃんを作ったりやる事をやろうと思っていたのに、こんな急に連れ出されたら、困る。




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