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やっとの思いで個人戦……。4

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 チェルシーはなにか勘違いをしているのだと思う。どう思い出しても、私はサディアスを好きだと言ってないし、それに、チェルシーが好意を寄せていると思っていたのも、どうやら勘違いらしい。

 だからといって現状が何も無かったよね、というフラットな状態になるのではなく、現状、私がなんらかの感情をサディアスに向けているという事実だけが残っている。

 ……確かに、ほかの人たちに比べて、多くの感情を向けているというのは正しい。

「……この先どう付き合っていくつもりで、サディアスにああいう態度をとるのかなぁ、とね。ただ愛情? が君達の間であるのなら、それで納得なのだけれどねぇ」

 そういいつつチェルシーの方をクリスティアンは見る。含みのある言い方に、彼は私の恋心に納得はしていなさそうだと思う。

「いや……愛情というか……あの、ごめん、多分勘違いさせるような事を私が言ったんだと思うんだけど、私ね、サディアスに恋慕しているとかは……無いんだけど……」
「嘘です!私は聞いたんですよっ…………それに、そんな怪我を負わされてまで仲直りするのは、クレアがサディアスを好きじゃなきゃ成立しませんよ」
「私も、そう思います。恋仲でもないのなら、クレアはもっと怒るべきです」

 そこは譲らないらしい。そうは言われても私にも割としっかりした負い目がある。ローレンスに目をつけられるような行動を取り続け、彼の家族ごと生活不安に陥らせたのだ。

 それはこのぐらいの怪我であれば、負わせてもいいと思うのだけど……。

 けれども、負い目がなかったとしても、私はサディアスを許していたと思うし、確かに距離感の近い関係性だと思う。これがララの言う混ざり合うみたいな付き合い方なのだろうか。

 近すぎる距離感と言えばヴィンスもそうだ。色々とごちゃごちゃしてきているのは事実だろうな。

 きちんと前世の常識も鑑みて整理した方が、傍から見て、不安にさせるような事も無くなるかもしれない。

「…………チームメイトと大事な友達だから、じゃ納得出来ない?」
「到底、ですね」
「そうです!仮にクレアがサディアスに恋してないならもっと、自分を大切にして、本当の恋人というものを作ってみるべきです……そう、ちゃんと優しい人がいいですっ! 社交界に出て、両親なんかに出来れば相談するのがいいはずです!」
「な、なるほど……」

 合コンとかじゃないのね。と少し前世とのギャップを感じつつ、ローレンスが許さないだろうなと考える。一旦は許したような素振りをしつつ、陰湿な手で相手をどうにかしてきそうだ。

「とにかく……他の恋人を進めるのは気が早いけれど……君にそのつもりがないなら適切な距離感を意識するべきだよねぇ……」

 クリスティアンはサイドにいるミアとアイリといちゃいちゃしながらそんなふうに言う。この人たちは、お互いに愛し合っているから、その距離感でいいという事なんだろうか。

 わざわざ突っ込むことはせずに、ジト目で彼を見る。すると、彼は少し笑って「その彼ともね」とふとヴィンスに視線を向ける。

 カチッと車椅子のロックが外れた音がして、私はテーブルから、少し引かれる。
 顔を覗き込んで来たのは、サディアスだった。戻ってきたらしい。

「俺の試合よりもお喋りに夢中だったみたいだな?」

 わざとらしく、彼は背後から手を伸ばし、私の頬に触れる。

 皆に驚きとそれから、少しの緊張感のようなものが走って、テーブルは静まり返った。

「何を話していたんだ?」
「…………少し、貴方と距離を置こうかなって」
「今更過ぎるな。それに、俺は強いと君は確かに言ったが、君の状況が分からないまま守れるとも思わない。寝ぼけた事を言っていると瓶に詰めるぞ」
「う、うーん」

 それはそうだ。放っておくと、サディアスはどうやらまずいと思う。

 それから適当に放っておけないのは、もう一人も同じだ。

「ええ、距離を置かれてしまいますと、貴方様に必要としていただけないでは無いですか、クレア」
 
 彼は少し屈んで、私の太腿に触れる。ジンジンと痛い。

「長期間、車椅子生活を送るのは、苦労することが多いのではありませんか?」

 ニコッとヴィンスは優しく笑う。暗に、距離を置くなんて事があれば、私の足を治してくれないと言っているのは理解ができる。

 こういう事になる前に助言してくれていたなら、少しはマシだったと思うのだが、どうだろうか、三人とも。

 これから適切な距離感を目指して行けるだろうか。

 確認の意を込めて、三人に目配せをする。

「……」
「……」
「……」

 三人は話し合ったのでは無いかと言うぐらいに、そろって私から目を逸らし、処置無しという事だなと理解する。

「それにな、君の中に愛や恋があれば適切なんだろ、そうであるなら、俺が君を想っているのでも問題がないだろ」
「……」
「私も貴方様を想っております。クレア、誰よりも貴方様が大切です」

 今日の二人は息ぴったりだ、ヴィンスもサディアスもお互いに対してだけ、冷たいというかドライだと思っていたが、ある種の友情的なものだったらしい。

 しかし、二人とも私を好きだと言って、それで何がどうして適切なのだろうか。というか、この二人、売り言葉に買い言葉で、そんなことを言っていいのだろうか。

「だから、応援してくれな、チェルシー、シンシア……他の男なんて、紹介しないでくれ。距離が近いのは俺らが詰めてるからだ、それで納得してくれないか?」
「…………納得は……っつ、う、うう!どうしましょう!シンシア!私っ、クレアも大切ですけどっ、サディアスの恋も応援しなくてはっ」
「チェルシー、落ち着いてください。……サディアス!これさえ約束してくれれば、私は応援します」
「なんだ?」
「暴力禁止です……」
「無理だな」

 サディアスはあっさりと、そう言って元の席に戻る。シンシアはすぐに「なぜですか」と聞き、サディアスはまったく躊躇せずに言い返す。

「クレアが何も言うことを聞かないからな。トラブルも起こすし、大人しくもしていない。俺だって、何も無意味にクレアを刺してなんかいない。君達からも、もう少しきつく言ってくれてもいいんだ」
「それは…………そう、ですけど…………チェルシー、どうしましょう、なんだか、サディアスが一般的な気がしてきました……もしかするとクレアのお転婆が悪いのかもしれません……」
「まあ、私達も、クレアは少しだけお転婆過ぎると思いますけどっ……」

 ヴィンスは、私をテーブルに戻して、話し合いをしている三人を尻目に、私のお茶のお代りを入れて、配給にパタパタと動き回る。

「いいや、君達……確かにクレアは少々トラブルを引き起こすきらいがあるが、そこは言い聞かせてあげるべきじゃないのかなぁ」
「クリス、クリスが来る前からクレアはトラブル多くて、多分チームの皆は沢山言ってるよね……ねミア」
「うん、ね、アイリ、入学早々、オスカーと喧嘩したり、初戦で魔法を使わなくて大怪我したり色々あったの、クリス」

 ミアとアイリは思い出すようにそう言って苦笑する。その通り過ぎて逆になんだか申し訳なくなってきた。

「…………クレア、すまない庇いきれないかなぁ」
「いいよ、わかってるから」

 申し訳なさそうに言う彼に、私は笑って返す。

 あーだこーだと話をしているうちに、試合は進み、途中ララがまた相手をノックアウトしたり、知っている人が戦ったりして、試合を眺めながら時間を過ごした。こうして、皆で、楽しく話をすると言う機会は久しぶりで、足の痛みも忘れて、たくさんの話をした。




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