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本当の罪……。4
しおりを挟む私がチェルシーの質問に苦笑して返していると教室の扉が開いて、クリスティアンが入ってくる。
意図的に視線を逸らす。嫌われているとわかっている相手と同じ空間にいるというのは、精神衛生上あまり良くないことで、私の胃がキリキリと悲鳴をあげる。
急に自分の笑顔がぎこちなくなったような気がして、意識が勝手に、彼の方へと集中してしまう。
「い、一回、戦った事が、あるんだけど、負けちゃってね。だから、ちょっと怖いっていうか」
焦って、意味の無いことを言ってしまう。
「おはよう」
声がして、ぱっと顔を上げてみるとサディアスで、いつの間にか彼も、来ていたのだと思い、急に心臓の音が激しくなる。
「おはようございます!サディアスっ、対戦相手はもう見られましたか?」
「ああ、一応、ただ俺はアタッカーだからな、結局攻める以外には作戦は無い。見てもあまり変わらなかったな」
「そうですね。サディアスは強いですから、変なことをするよりも、そのままの方がいいですよ」
二人は当たり前のようにサディアスと話をして、私も会話に入らなければと思うが、何を彼に言っていいのかが分からない。
サディアスはちらとこちらを一瞬見るだけで、ふと視線をそらされる。
もうそれだけで、今の私は何も言えないような気がして、キリキリ胃が痛む。手を手で揉んで、心を落ち着かせようと少し深呼吸をした。
「クレアもそう思いますよね?サディアスは…………」
ふとこちらを見たシンシアは言葉を失って、固まる。何かを言われる前に私は、ガタンと席を立った。
「ち、ちょっと!医務室行ってくる!」
間違ってはいない、私は今、お腹も痛いし、自分で言ってそうしようと思い立ち、一歩二歩、歩いたところで、急に腕を掴まれた。
「クレア」
それは私たちと席の近い、クリスティアンで、まるで見計らったかのようなタイミングに、私は苦い気持ちを抑えつつも、無視するような事は出来なくて、彼の方を振り返る。
私の急な行動に、チームの皆も、ついでにミアやアイリもこちらに注目していて、私は目眩がするのを抑えて、冷たい目線でこちらを見てくる彼に返す。
「な、なに?」
「約束通り、練習のために、今日の放課後は私の部屋にきてくれるかなぁ、具体的な日取りを決めていなかったからね」
「……わ、わかった」
わざわざ、そんな事をこんな時に言われたら、どういうことなのかとシンシアとチェルシーの二人に問われてしまう。それにクリスティアンからは、今まで感じなかった嫌悪感というか、冷たい感情が冷ややかに伝わってくるようで血の気が引く。
……常に優しい人ほど、怒ると怖いってこういうことを言うのかな。
了承したというのに、クリスティアンは私の手を離してくれない。
「一昨日は、冷たい態度を取ってしまってすまなかったね」
「べつに……大丈夫」
「いくら君が、性根の悪い人間だからと言って、可哀想なことをしてしまったよ」
私はこの人をどうやら本気で、怒らせてしまっているらしい。こんな場所でそんな事を言うというのは、そういう事だろう。
緩く微笑んで、クリスティアンは私の表情を見る。私は務めて感情を表に出さないようにして、できるだけ俯く。
「行っていいよ、医務室に行くんだよねぇ」
ぱっと手を離されて、できるだけ早足で教室から出る。チェルシーやシンシアに何か聞かれたらどう返せばいいのだろう。
よく分からなくなって廊下を歩く、何となく途中でトイレに入って自分の顔を見ている。強ばった表情をしていて、これなら先程クリスティアンが言ったことが、一目で身も蓋もない勘違いでは無いということもバレてしまっただろう。
……まずい。
どうしたらいいんだろう。とりあえず、頬をぐにぐにとマッサージしてみて、それから、私は授業をばっくれた。戻っても、合わせる顔がなかったのだ。
また一日置いて、それから、学校に行けばいい。
いつの間にかヴィンスはそばにいて、学園中を意味無く徘徊する私についてきた。
ヴィンスは何も聞いてこない。ただいつもより、少し楽しそうな理由については、私からも聞かないことにした。
放課後にクリスティアンのところに向かう、ヴィンスはついてきたのでそのままにしていると、クリスティアンは部屋に訪れた私を見て、それからヴィンスを見た。
特に何も言われなかったが、連れてくるとは思わなかったのだろう。まぁ、ヴィンスはいいんだ。多分何も言わないし、ヴィンスは他人と琴線が違う。
部屋の中には侍女ちゃんがいるくらいで、ミアとアイリは居ない。彼は制服から適当な服に着替えていて、いつもの緩く結んでいる髪を解いている。
「どうぞ掛けて」
彼はそう言って、やっぱり自分で私の分のお茶を淹れてくれる。ヴィンスは今日は従者らしく、私の後ろに静かに立っていた。
私はあまり深く考えるのをやめて、出されたものを飲む。それからキリキリ痛む胃を押さえて少し前かがみになりながら、テーブルを見つめた。
「魔法玉を」
言われて引きずり出し魔力を込めてから、彼に手渡す。クリスティアンは、なんて事ないように受けとって、私の斜め向かいのソファに座る。
「……」
これがローレンスなら、私の魔法玉を勝手に引っ張り出して、つらつらと言葉を並べながら魔力を注ぎ込んだりするし、サディアスだったら、あからさまに不機嫌なのを全面にだしつつ、怒ってくるのだが。
……クリスティアンは静かで、冷静らしくて、随分丁寧に怒るみたいだ。
クリスティアンの瞳が魔力を孕む。キラキラしていて、一昨日、話をした通りに、魔力が注がれていく。
圧迫感はないし、それに、何か薄いというか、輪郭がはっきりしない。もしかするとクリスティアンは、魔力が少ない人なのかもしれない。というか私の周りにいる人が多いぐらいなのだと思う。アホのように魔力を使うし、強いし。
でも、なんか圧力はないにしても……異物感がすごい。相性があるって、最近はわかってきたけれど、多分、相性が決まる要素は二つぐらいに分類できる。ひとつは魔力の認識っていうもの。私だったら熱、ララだったら水みたいに。そういう相性、それから、精神性だ。
エリアルの魔力に酷く拒絶反応が出たように、相手が自分に対して思っていることか、もしくは私が相手に対して思っている事で、受け入れられるかどうかが決まっていると思う。
「……合ってるかな」
「だいじょぶ……」
ゆっくりと魔力は込められているのに、酷く気持ちが悪い、胃が痛いのと合わさって、腹の奥がかき混ぜられている見たいで、痛みを我慢するために、全身に力を入れて自分で自分の肩を抱きながら、身体を前に倒す。
そんな私を心配する気はないらしく、一定の速度で魔力が溜まっていく。
それが増えていく度になんだか、クリスティアンが私を嫌いなのが鮮明に伝わってくるようで、いよいよ頭がおかしくなりそうだ。
体の芯から冷えてくみたいで、室温は正常なはずなのに、自分の中の暖かい気持ちが消えていく、心の中には単に、人に向けられる負の感情に怯えている自分しか残らない。
「っ……は、……、ぅ」
「元々こういうものなのかなぁ、これは」
彼も私が苦しんでいるという事に気がついたのか、はたまた魔法を使っている側も何かを感じているのか、そんな事を言う。
油断するとえずいて胃の中のものが出てきてしまいそうだったので、コクコク頷いて、目を瞑る、しっかりと呼吸をして、自分を落ち着ける。
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