195 / 305
本当の罪……。1
しおりを挟む私は、ヴィンスに何も話をせずに、彼を部屋に戻した。今日の事は明日にでも彼に話そうと思う。今話せば、余計なことばかり口から出てしまいそうで、それだけは避けたかった。
出来るだけ落ち着けるようにハーブティーを飲んでみて、それでも変な動悸は収まることは無い。
灯りを消してベットに入る。目を瞑っても、先程のクリスティアンの声音、表情、目線が頭の中に何度も浮かんで、度々目を開けてしまう。
眠れないのなら仕方がないので考え事をしようとして、取り留めのない不安と、よく分からない自己嫌悪に陥る。クリスティアンにサディアスの話を聞かなければ、まったく問題無しでいられたのだろうかとか、でもそれでは、私はその事を知らないまま、サディアスに負担をかけていたのかもしれないとか。
何度も寝返りを打って楽しげな事を考えようと思う。それなのに、上手くその事が思い浮かばずに、深く深く考え込んで、もう仕方がないので目を瞑っているだけでも休息になっているのだから、それでいいだろうと何とか自分を安心させる。
ベットに入って何時間か経ったころ、足音がした。間違いなく、こちらへと向かってきていて、その足音はやはり、鍵を開けて、私の部屋へと入ってくる。
今日、今、来たという事は、タイミングを見計らっていたのだろう。どうせ眠っている振りをしても、強引に起こされるのだ。仕方がないので、目を開く。それから、布団を押し上げて上半身を起こした。
「……何しに来たの」
「もちろん、君と話をしに」
「……」
ローレンスは感情の読み取れない造形の整った顔をニコリと歪ませて、静かに佇んでいる。
まだ外は明るくない、でもせっかく割り切って目を瞑っていたところだったんだ、今日ぐらいは彼を拒否したって、許されるだろう。
「ごめん……今日は疲れているから……明日にでもしてくれない……本当に少し参ってて」
ちゃんと本当の事を言って、私は表情を取り繕うようなことをせずに、ローレンスにお願いをする。でも彼は、そんな事はお構い無しに私に近づいてくる。
「……クリスティアンに攫われたのだろう? 彼は何を望んだのかな」
「……私の固有魔法、それで手を打ったから」
ベット縁に座って、ローレンスは私に聞く。帰ってはくれないらしい。仕方がないので言葉を返す。言っていいのかどうかなど考える事はしなかった。
「そうか……クリスティアンは力を求めているからね、君のその魔法は魅力的に映ったんだろう」
「うん……そうね」
「それ以外に何か話をしたのかな」
「……別に、ただ、協力を持ちかけられただけ、断ったけど」
ぼんやりしつつ答えていたけど、言い回しに少し違和感がある。もしかすると、私がこうして気に病んでいる事を彼は知っているのかもしれない。
「違うな……それじゃないよ」
「……」
「君が知ったら、少しは心が痛い事だ、その様子だと聞いているんだろうね」
ローレンスは立ち上がって私の頬を包み込むように触れて、それから自分の方を向かせる。
「分からない……知らない」
わざとらしく嘘をついた。それでも彼は、緩く微笑んでいる。なんだか、その笑みが無機質に思えて、美しいブロンドの髪も宝石の瞳も、嘘くさくて、人間味がない。
「……」
「……」
しばらく私を見つめて、私も何も言わずに、ただただ視界に彼を収める。それからローレンスは笑みを深くする。
「クラリスは、相当な傷を負った、まだ子供な彼に非道なことを言っていたようだね」
天使みたいな、無邪気とも取れる純粋な笑顔で言う。きっと、私がクリスティアンと接触したことで、それを知ったと踏んで、ここに来たのだろう。
顔をそらそうとすると、ローレンスは少し力を込めて私の顔を押さえる。耳の後ろ辺りにぐっと指がくい込んで、なんだか頭がグラグラする。
「そんな子に君はわざわざ関わって、迷惑をかけて、君はサディアスを追い込んだ」
「……そんなの……知らなかった」
「クリスティアンにはその事を話をしたのかな」
「……言えるわけない、じゃない」
クリスティアンにはしなかった言い訳を、ローレンスには簡単に口走ってしまう。
私の答えに「そうだろうね」と彼は肯定して、それから、不意に顔を近づける。それからチュッと唇を触れ合わせた。
「私は、君のことをそれなりに気に入っているんだ」
なぜだか、そんなことを言う、意味が分からない。すぐ側で光る翡翠の瞳は人間のものとは思えないくらい美しい。
「それに、君は私の性分というものを理解していても、頑なに怯えずに、嫌悪せずに、あえてずっと対等に接してきた」
すると手が動いて、ローレンスの両手は私の首を掴む。疲れからか体が動かない。それにどうせ抵抗しても、この人は止めないだろうという諦めもあるのかもしれない。
緩く掴まれているだけなのに、呼吸が苦しいような気がする。
「は……」
「そうするとこちらも、頑なになってしまってね。少し反応が欲しくなってしまったんだ。ついでにおかしな喧嘩も見られたし、手間が少ない割にリターンが多かったよ……クレア」
「…………?」
首を傾げてローレンスを見つめる。彼は、少しだけ、本当に楽しいような嬉しいような恍惚とした笑みを浮かべる。
「賊を手配したのは私だよ」
「……ぞく……?」
「サディアスは、どこまでも不憫な男だ。君に、気に入られたばかりに、家も自身も危険にさらされ、不幸をばらまいた等の本人は、ララと随分仲良くしているようだね」
……、……。
数秒たって、私はやっと言葉の意味を理解した。テロなんかじゃなかった、偶然なんかじゃなかった。
あ、私のせいって事?
「サディアスにこの事実を明かそうか、それとも君にしようかと、悩んでいたのだが……正解だったようだね」
クリスティアンに酷く嫌われたとか、サディアスが私を嫌いになったかもしれないとかそういう、次元の話じゃない。
息が苦しい、焦点が合わなくなってくる。
「可哀想に……心底辛いだろう。君は情が深いから」
「……、……」
何も言えずに目を瞑った。きつく、瞑る。
ローレンスは私を挑発しているつもりなのか、そもそも、どういうつもりなのか分からない。ただ、手が離されて、私は自分の顔を両手で覆った。
……ごめんね、クリスティアン、私、クラリスよりずっと酷いことしてたみたいだ。
あぁ、じゃあ、あんな目を向けられて然るべきだ、すべて私の言動の、行動の、決断のせいじゃないか、こんな人間のくせに、何が頼られるように頑張ろうだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
124
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる