上 下
190 / 305

体に宿った宿命……。2

しおりを挟む



 午後の授業は、固有魔法の訓練だ。
 最初に指示されたグループは、今でも変わらず機能しており、練習場をぐるりと型どるようなポジションで行われている。

 私は自分のチームメイト達とは離れてしまうが、ディックとオスカー、ミアとアイリと授業が受けられるので、いつもと違うグループメイトと話せるこの授業が好きだ。

 そうは言っても、私は固有魔法をヴィンスがいないと使うことが出来ない事になっているので、表立っての練習は出来ない。

 ただ、こっそりとディックかオスカーに固有魔法を使わせてもらい、打ち合いに参加することが出来るぐらいだった。

 今回は、オスカーに固有魔法を使うのを手伝ってもらいというか、オスカーは私の固有魔法に味を占めてきたのか、これを使うととても強くなる。

 彼の元からの喧嘩っ早い性格も相まってか、私の魔法を使っている時の彼は負け知らずだ。多分ヴィンスやサディアスにも劣らないと思う。

 これ程、私の魔法をガツガツ使うというか、自分の力のように使う人は多くない。少し前までは、自分は何となく固有魔法を使うなら、ディックの方がいいと思っていたのだが、今ならわかる。

 多分この魔法……相性があるよね。

 彼に魔法を使われると、少し引きずられる感じがするというか、自分のものじゃない闘争心のようなものが、じわじわ自分を侵食しているような気がするのだ。

 ディックは、根は優しく繊細なので、むしろ私の方に優位性があるような感じだ。私が望んでいる事の割合が多く反映される気がする。
 この魔法とも付き合いが長くなってきた。段々と出来ることやれる事、相手の違いでの魔法の発動の仕方などが、理解できてきている。

 チェルシーなんかは、特に、素直で主張が分かりやすく、私も安心して魔法を使える、シンシアは少し私が押し負けるところがあるが、不快では無い。

 ……ヴィンスは同じぐらいなんだよね。

 彼の気持ちや、指示系統に私が押し負けるという事も、むしろ私がすべてなんでも出来るというわけでもない。この拮抗は毎回ブレない。何か意図的なものを感じるのだが、これは私だけが感じている事なのかもしれないので特に口に出してはいない。

 ゆるゆると注がれる魔力を確認しながら、やはり萎縮するというか、押し負けていく感覚を覚えつつ、隣にいるオスカーを見た。

 彼は、練習場の壁に体を預けていて、私の視線に気がついたのか、ふと流し目でこちらを見る。

「…………そろそろ決めたか?」
「何を」
「お前の抵抗する方、クラリスに刃向かって、自分の安全を確保して逃げるのか…………ローレンス殿下の方をどうにかするのか」
「あ、ああ、そうだった。……そうね……決めてる」

 彼は、また視線を落とす。周囲の人から見えないように、ひとまとめに片手で握っている二つの魔法玉を感触を確かめるように握り直した。

「……ローレンスの方にする。騒動の根源は結局ローレンスみたいだから」
「そうか、まぁ、俺はどっちでも構わねぇけど」
「うん」

 彼は、魔力を注ぎながら、私の方を見ずに言う。

「じゃあ次は、手段だな。あと、お前の望んでる着地点」
「……」
「例えば、だ……耳かせ」

 言われて彼の口元に耳を寄せると、少し声を潜めてオスカーは言う。

「クラリス様達の望みを、公的な排斥から、ローレンス殿下の暗殺に切り替えさせる」

 周りに人も居ないのに、どうして内緒話なのだろうと思ったが、そういう話か、そりゃ、聞かれたらまずいな。

 ……それにそんな事、考えもしなかった。

 そうすれば、ただの殺人になる。ローレンスが呪いの力を持っている所をクラリス達が抑えなくなって、クラリス達の目標は達成される。もちろん私は、コーディに差し出されずに済むし、その後に後ろ盾を無くすことについては、クラリスに何か約束なりを取り付けておけば良いだろう。

 パッとそんなことまで頭に浮かんだ私は、いよいよこの世界に染まってきたなと思う。

 オスカーは、私の反応を伺うように見て、それから、普通の声で言う。

「あくまで例えばの話だ。その場合には、お前は誓いをしてない必要がある」
「あ……そうだね。じゃあ、早い方がいいってこと」
「そうだな……お前がそれでいいならな」

 含みを持たせてオスカーはそういう。私がそれでいいなら、つまり私がそれを良しとしないだろって暗に言っているのだ。

 ……たしかにその通りだよ。

「うん……ごめん」
「謝んなよ。お前はそれ以外がいいんだろ」
「う、うん、他にいい案があるってわけでもなんだけどね……でも、私は……出来るだけ、ローレンスを……」

 見捨てたくない?……それで殺されるかもしれないのに?それとも、私はなんだというのだろうか、出来るだけ誰も居なくならないような、今と同じような日々が続いて欲しい?……でも、このままいくと結局、私は死ぬだけだ。

 それにそんな話は夢物語だ。ローレンスは言った、火種が欲しいのだと。だから、私の事は彼にとってただの過程、過ぎ去るものに過ぎない。ローレンスが望むのは、その後だ。

 だからクラリスは、彼のやろうとしている事ではなく、ローレンス自身が危険だと言ったのだろう。

 私だってそう思う、でもどうすればいいのか分からない。次は手段だとオスカーは言っている。早く方法を決めなければ、首が回らなくなるのはすぐそこかもしれない。

「……他に、何ができると思う?」

 とっくに魔法は発動状態で、私は長考をえてやっとの思いでオスカーにそう聞いた。こうしてせっかく、協力してくれているのだ。私がこんなんではダメだろう。

 私と目が合うと彼は、あからさまに嫌そうな顔をした。それから徐に私の手を握るみたいな格好をとって、魔法玉を返してくれる。

「あんま焦んな、いい事ねぇぞ。何ができるかじゃねぇんだよ。お前が何を目的にするかって話だろ」
「……」
「次はそこだろ。時間がかかんなら掛けてもいいだろ。それにお前、なんかまた面倒事の真っ最中なんだろ? 先ばっか見すぎて足元救われんなよ」

 オスカーはそう言って手をひらっとさせ、魔法玉を首にかけつつ、打ち合いをしている、ディック達の方へと向かっていく。

 ……たしかに……本当にオスカーはすごいな。

 彼は、物事をはっきりさせてくれる。きっと根っからのそういう性質なのだろう。今も見つつ、考えていかなければ。ララの事だって、物は渡したけれど、まだ具体的な対処をしていない。

 私が望むこと。それをはっきりさせなければ。

 それに……サディアスの事も……。

 サディアス達は私たちから見て、向かい側のグループに居る。彼の固有魔法は生活魔法の水を生み出すものの応用だと聞いている。個人的にはウォータソード的な、なんかそういうものを想像していたのだが、実際はそんな大層なものではなく、炎系の固有魔法の対処が簡単と言うだけらしい。

 いくら魔法を使っているからと言っても、炎で火傷を負うと傷が治りにくいらしいのだ。だから、物理的に鎮火させちゃえる水の魔法をすぐに展開出来る水系の固有魔法使いは、いると便利といった具合だ。

 火傷が治りにくいというのは、単純に切れ味のいい剣で切り裂いた綺麗な傷と、魔力という謎の原料の火で焼かれた傷、どちらが早く治るか、治すのに労力がかからないかと考えれば分かりやすいと思う。

 だから、水魔法の使い手がいてくれるのはありがたいのだけど……正直、彼に向いていそうなのかと言われれば、それは首を傾げてしまう。

 あれでいてサディアスは普通に強い。多少、慣れていなくても、攻める方を取った方が、私はいいと思う。

 ……そもそも、サディアスってさ。優しいけれど、甘ったるいわけじゃないんだ。自分がしっかりしていると思う。

 それに私と違って、サディアスは望むことがしっかりしているのだ。そのうえ、目的の為なら手段を選ばず、他人を傷つける過程だって、呑み込めるだろう。

 オスカーとか、ローレンスと同じような部類の人種だと思っている。でも、そうなりきれない部分が不安的に見え隠れしている、あの過剰な心配症がそれだ。あと、わざとらしい水魔法。

 ちょうどグループに炎魔法使いがいたのか、彼らは向かい合って、遊びのように、炎を出したそばから消していく、意外と素早い。

「何見てんの?」
「……いや……なんでもない」
「ふーん」

 眺めながら考え事をしていた私の隣にディックが来る。オスカーと入れ替わりで休憩にきたようで、私もそろそろあちらに参戦しようかなと思いつつ、オスカーにガンガン魔力を持っていかれて、そちらを見れば、ミアとアイリの二人ともを相手に猛烈な試合を繰り広げている。

 ……魔力、無くなっちゃうって。

 仕方ない。一応、固有魔法の授業なのだ、私は私で、これでもしっかり固有魔法を練習している。

 ガツガツ攻めていくオスカーに持っていかれた主導権を取り返すように私は魔力を強める。そうすると、彼はチラとこちらを見て、それでも魔力を使うのをやめない。

 更には、魔力を込めるそばから使われるので、もはや彼は今、私の魔力だけを使っていると言ってもおかしくないだろう。

 じとっとオスカーを睨むと、彼はふっと少し勝気な笑みを浮かべて、魔力の減りが弱くなる、でもオスカーが二人に押し負けることはない。器用な事をするなと思いつつ、無駄な抵抗をするのはやめた。

「……オスカーって、本当……はぁ」
「ん、なんだよ?」
「いや……普段から一緒に居るディックはどう思ってるか分からないけど……気が強いっていうか、譲らないっていうか……」

 端的に言えば自己中だ、でもそれは、とりようによっては悪口に聞こえてしまうかもしれないので言わない。私に取っては別に悪口じゃない、いい意味で自己中というか、自己中心的でも、悪くない自己中心的というか。でもそのニュアンスが伝わる事は無いと思うので安易に口にはしない。

「そう?僕は別にそんな事思わないけどなぁ」

 彼はふわふわ揺れながら機嫌良さげに言う。

「むしろ、優柔不断なオスカーとかやだよ、それに全然想像できないし」

 ……最近気がついたんだけど、ディックって、オスカーの事話す時、なんだか、雰囲気柔らかいな。口調は変わってないのに。





しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

貴方の子どもじゃありません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:19,554pt お気に入り:3,760

その日、女の子になった私。異世界転生かと思ったら、性別転生だった?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:327pt お気に入り:261

悪役令嬢の幸せは新月の晩に

恋愛 / 完結 24h.ポイント:447pt お気に入り:568

処理中です...