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体が二つあればいいのに……。9

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 ……普通って、こういう事でも、主に伝えたいと思うんじゃないの?ずっとあれほどクレアにもクラリスに付き従っているのに、主に、報告をしないということも出来るのね。

 割と緩い主従関係なのかもしれないわね。まぁ、言われたら言われた時よ、そしたら、この子を信用しないだけだもの。

 というか、よくよく考えるとこの子は、色々と従者として、めちゃくちゃなのではないのかという疑問がある。

 だって、普通、クレアの言動を止めたり、警戒を促したりするものでしょう。それを傍観ばかりして、だからクレアに敵が増えているのでしょ。

「ねぇ貴方、クレアをちゃんと諌めている?なんだか浮世離れしたことを言ったり、急に喧嘩を売ったりするでしょう彼女、それに……」

 言っていて、この間の危険だった時を思い出す。少し前のサディアスと対峙した時もそうだったけれど、今日に至るまでクレアと共にいる時に、何度か後ろをつけられたり、部屋の外で聞き耳を立てられたりしていた。それにクレアはまったく気が付かずに安穏としていたのだ。

「あの子、色々、つけられたり狙われたりしているわよ?教えてあげたり、対処法を訓練させたりしていないの?」

 私も、貴族達の多い場所で、それなりに敵意を向けられたり、することが多いので自分の言えた事では無いとも思うけれど、私は強いもの。魔法さえ使えればどうとでもなるのよ。

 でも、クレアは違う。ただ襲われたりしたら呆然と立ち尽くして、怯えてしまいそうよね。

 そう考えると、目の前にいる無能な従者に少し腹が立つ。彼がやらないのなら私が教えてあげようかしら。そんな風に考えて、私が少し苛立っているのにも関わらずに、ヴィンスは、にっこりと笑顔を浮かべている。

「ええ、お教えしておりません。私が全て対処していますので、今回の件に関しましては、クラリス様の協力も得ておりますので、クレアの意にそぐわないような事は起こらないと思います」
「クラリス?……なんであの子が?」
「お答え出来ません」

 キッパリと答えられて、クラリスの事は聞いても意味ないのねと思う。

 それにしても本当に変な従者だ、クレアの事がどうでもいいから、まったく守りもしないで対処法を教えもしない、という事ではなさそうだ。

「わかったわ……でも、そんな面倒臭い守り方していないで、さっさとあの子に対処法を叩き込んだらいいじゃない」
「……」

 私が思ったままに口にするとヴィンスは、微笑む事をやめて、じっと私を見据える。
 
 それからしばらく逡巡して、なんて言うこともないように言う。

「それでは、クレアが私を頼る必要がなくなってしまうではありませんか。私は出来るだけ、彼女は無力であることが好ましいと思っていますよ」
「……驚いた……貴方それ本人に言えるの?」
「ええ、一語一句違わずクレアに申し上げても、差し支えありません」
「……それならいいんじゃない。私にはよく分からない感性だけれど」
「ありがとうございます」

 彼はまた、ニコッと笑う。

「それじゃあ……私はそろそろ行くわね。ご馳走様、また来るかもしれないわ」
「ぜひ、お待ちしております。ララ様」

 ぴょんっと窓から飛び出して、自室へともどる。窓を閉めて、真っ暗な部屋へと入った。

 クレアは弱い方がいい?その方が自分を頼ってくれる?

 先程、ヴィンスの言っていた言葉がよぎって、考えを巡らせる。

 ……後半は、まったく同意しかねるけれど……。

 力強く、喧嘩をしても負け知らず、私とも打ち合いができて、対等に話が出来る彼女を思い浮かべる。
 
 ……いいえ、違うわ。クレアは、力が強くなくたって剣術が下手であっても、私と対等だわ、もしくは……クレアの方が……普段から私を許容してくれている。

 彼女の方が器が大きいというか、寛容と言うか、何かはっきり言い表してしまう事を自分のプライドが妙に許さなくて、モヤモヤとした気持ちになる。

 ……でもそうね。これで、クレアが力まで手に入れてしまったらきっと私は……。

 寂しいという思いが、頭をよぎる。ヴィンスの言った事の半分だけだが理解してあげられる気がした。

 着替えもせずに、ベットの中に入り込んで、掛け布団を抱きしめ目を瞑った。

 ……変な感覚ね。クレアはいつもそう。私には分からない感覚とか雰囲気を纏っていて、いつもいつも気が緩んでしまう。

 その柔らかい髪に触れて、筋肉の着いていない細い腕を掴み、同じ歳なのに私より少しだけ小さい体を抱きしめたい。

 ……クレアの心臓の音って安心するのよね。 
 
 夕暮れを背にして、少し戸惑って涙目になっているクレアを瞼の裏に鮮明に思い出す。口では否定するのに、拒絶をしない、ゆるゆるした雰囲気の彼女の鼓動はとっても優しくて小鳥みたいだった。

 弱いのはあの子の良い所よね。悪いばっかりじゃないわ。

 珍しく、そんな事を思って、睡魔に意識を委ねる。そのまますぐに眠りの海へと落ちていった。



 

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