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体が二つあればいいのに……。8
しおりを挟む……初めは、面白そうな子だなと思ったのよ……本当にただそれだけだった。でも本当は、そうでも無かった、でも面白い意外の何かよく分からないものがある子なのよ。
バルコニーの柵に座って、夜空を見上げる。この学園の空はあまり好きじゃない。星だって綺麗には見えないし、こんなに不自然な光は嫌いだ。月を見るのにだって邪魔だ。
腹が立って、学園街の方に視線を向けても、ただ街灯がポツポツとあるだけでなんの面白みもない。
きっちり施錠されている窓を見るとカーテンまできちんと閉じられていて、彼女のマメさには呆れる。
面白い寝顔とか見られたら良かったのに。
そんな事を思いつつ足をパタパタとさせた。こんな不寝番のような事をしているのには理由がある。
彼女……クレアの部屋の周りを守るようになったのは最近の事だ。夏休みを開けてすぐ、クレアは面倒な貴族の筆頭のような存在に喧嘩を売った。
結果は惨敗。正直あの時は意味がわからなかったわね。
それからコンラットに洗いざらい知っていることを吐かせて、ついでにローレンスにも確認をして、それから彼に仕えている騎士で割と口の軽いユージーンにも話を聞いた。
だいたいの話はあの時わかったつもりでいたのよね。その時に私が出した結論は、クレアは私を手中に収めてローレンスに取り入って良い暮らしがしたいのだと思っていた。
だってそうでしょ? わざわざ貴族に喧嘩をうって、負けて、ローレンスに庇って貰ったり、そもそもクラリスは罪を犯したのに、それを拾い上げて貰って学校に通わせて貰っている。その上でのクレアの行動を考えたら、そうだなと思ったもの。
でもそれは、フェイクの事実みたいなものだったのよ。本当にややこしい。
秋の夜風が、吹き抜けて少し、物悲しいような気持ちになる。魔法を使って、武器を出し、曲芸人のようにぽんと放り投げては、柄の部分を掴むを繰り返す。
結局本当は、クレアはコーディの仇。カティが行方不明になったことは知っていたけれど、その仇というのまで、検討がついていなかった。
その仇のクレアをコーディは殺してしまいたい、でもローレンスが目をかけている。そしてローレンスは呪いの力が欲しい。
それを阻止したいのが、貴族達。
「…………私は……しょーじき……どーでもいいのよね」
ローレンスが呪いの力を欲していようと、それを貴族が手に入れようと、私はただ自由でありたい。ほんの一年ぐらい前だったら、クレアをローレンスが犠牲にすることを良しとしている事とか、呪いの力なんて禁忌を犯してはいけないと思っていたのだと思うけれど、今はそんな気もわかない。
「だって、くだらないじゃない、そんないざこざ」
誰も起きていない時間なので、少し大きな声で独り言を呟く。
……今の私は、やりたい事もないのよ。ただ、面倒で億劫なだけ。
まぁ、けれど、ローレンスが好きにやるのは、私は構わないとしても、クレアをあの貴族たちの好きにさせるのは、それはもっとつまらない。
クレアは面白くは無いけれど、何を考えているのかよく分からないけれど……クレアは嫌な人じゃないのよ。
でも弱い、勘も弱くて、力もなくて、大勢の前でシャーリーを侮辱するなんて頭の悪いことをする子。
下階に人の気配を感じて立ち上がる。
……今日だと思ってたわよ、さすが私。
自画自賛とわかっていつつも、自分を褒めて、思い切りメイスを下にいる、貴族派の学園の生徒たちだと思われる子達に向かってやり投げみたいに、投げつける。
すると、風切り音とともに、私のメイスはすごいスピードで地面に突き刺さり、何となく手応えを感じた。
「そうね……勘も悪いから、サディアスの目線に気が付かないのよ、それに狙われていたってグーグー眠ってる」
メイスをまた手元に出現させて、投げたものを消し去る。人の気配はなくなって、これで夜はもう誰も来ないだろうと思う。
耳をすませば「んんー……」という彼女の寝言が聞こえた。
呑気よね。馬鹿みたい。でも、悪いことじゃないのよ。
ローレンスが貴方をどうするのか、私には分からない。貴方がどう動くのかも、そしてクラリスだって、この学園にとどまっているということは何かしら、動くのでしょうね。
私は……誰の側につきましょうか。ローレンスは私に本当のことを言わなかった、そして協力して欲しいとも言わない。
それは嬉しい。彼はいつも私が望んだ事以外言わないし、やらない。だから私も同じよ、ローレンスが私に対して完璧でいてくれるから、私も彼に対して邪魔もしないし、踏み込んだりしない。
それにあの人の周りはなぜだかいつも人が騒がしい、目が回るようで、悪意や思惑に辟易するけれど、暇をして、嫌な思いだけをしているよりずっといい。
……きっとその方がいいわね。騒がしくなって、誰がどうなっても、それで私に責任や責務を求めて来る人がいないのなら、それでいいのよ。
人には言えない考えね。きっと嫌われるわ。
でも……私は、それでいいのよ。
だから、少し、ローレンスが動くまで、私がこの子を守ってあげる。こんな事は言わないけれど、私が守ってあげたと知ったら、クレアは嬉しいありがとうと言ってくれるに違いない。
それから、沢山話をしたいわ。クレアは的外れで変なことばかり言うもの。話をしていて楽しい。それに私に媚びたりしないし、それがクレアを嫌いじゃない理由の一つだ。
……そうね、それにクレアのそばも騒がしいし。
ふと、死ななければいいのにと思う。クレアはきっとローレンスにも、構わず干渉したり、妙な事を言ったり喧嘩をふっかける。それはきっととっても楽しくて、私はそのそばにいられる。
……それもいいわね。ああでも……昼間は言いすぎてしまったかもしれない。だってサディアスは、まるで私がクレアと居ることがいけない事のように言うんだもの。
貴族なんてみんな、自分に都合が悪い事は是が非でも認めない、頑固者で、しょうもない人ばかりだ。
それでもさすがに……彼の話は聞いている。それでも謝りたくはなかった。気分の沈む話ね。そんな事私に言われたって、私が殺してなんか居ないのよ。
それを言うなら、コーディの仇はきっと私で、サディアスの仇はそれこそ貴族達だもの。
気の滅入る話をぐるぐると考えていたせいか、窓があいて、人が出てきてから私は視線に気がついた。
「ララ様」
「あら……見つかっちゃったわね」
「お茶はいかがですか?夜は冷えますでしょう」
「貰うわ……お邪魔するわね」
クレアの従者であるヴィンスは、私がいるのに驚きもせずに、いつものように微笑み私を部屋の中へと入れた。
中へ入ってみると、やっぱり部屋はまったく生活感がないと言っていいほど整えられていた。中心にはぽつりと簡素なテーブルがあって、湯気のたっているティーカップがふたつ。
「面白みのない部屋ね」
つい、口から嫌味とも取れる言葉が出てしまい、気分を損ねて居ないかとヴィンスの表情をよく見るが、少し照れたように彼は笑った。
「申し訳ありません。あまり物を多く置くのは好みませんので」
「そう、でもシンプルなのは私も好きよ。特にここ最近はキラキラしたものは見飽きてしまったわ」
そんな事を言いつつ、彼がなぜ、こんな時間に起きていて、尚かつ、私にお茶を用意してくれているのだろうと言う疑問が浮かぶけれど、彼の淹れてくれた紅茶と、お茶請けのクッキーを食べると小腹がすいていた事に気がついて、疑問はどこかへと消え去っていく。
「美味しいわね。こんな時間に少し罪悪感があるけれど、それもいいスパイスだわ」
「ありがとうございます」
椅子に座って一息つくと、彼から話し出す。
「ララ様は、ローレンス様に言われてこちらに?」
「いいえ、何となくよ。……クレアが貴族にいいようにされるのが嫌だったのよ」
「左様でございますか、ありがとうございます」
「ええ、でも、クレアにこの事言わないでね。私、あの子を完全に信頼している訳では無いから」
「承知いたしました」
ヴィンスは何食わぬ顔でそう言った。
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