悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
上 下
184 / 305

体が二つあればいいのに……。5

しおりを挟む




 夏休み明けの初日以来、だいぶ落ち着いた日々を過ごしていた。出来るだけの時間を鍛錬に使い、それ以外の時間は勉強や家事をして、たまに街に降りてみたり、シンシアやチェルシーとお茶をしに出かけたりしている。

 そして今日は夏休み明け初めての土曜日で勉強会が終わったところだ。
 ヴィンスと二人で廊下を歩き、部屋に戻る道のりを進む。

 ……やっぱり、今日も何も言われなかった。

 楽しい日々なのだが、気がかりなことがある。初日にあれだけ衝突した貴族派のことだ。

 あれだけ衝突したというのに、ここ一週間、彼女らは何も言ってこない。まったく関わりたくないので、私に深く関わるのを辞めたというのなら、彼女らについてはそれでも構わないのだが、なぜだか日増しに、サディアスの最近張りつけっぱなしの笑顔に凄みが増している気がして怖い。

 ため息も、テーブルを指でノックする癖も両方なりを潜めていて非常に奇妙だ。

 でも、とりあえず私の方向性は決まった。あの日、ローレンスと話をした事によって、やっと決まったのだ。あとは協力をしてくれると言っていた二人に報告が必要だろう。

「クレア」

 考えながら歩いていた私にヴィンスが言う、どうかしたのだろうと思い、見てみればそこには、私の部屋の扉の前で、腕を組んで機嫌悪そうに佇んでいるララの姿があった。

「私……ララと約束していたっけ?なんかすごく怒っているみたいに見えるけど」
「いいえ、そのような事は聞いておりません」
「だよね」

 ヴィンスの返答に納得しつつ、私は、気軽にララの方へと近づいた。彼女は私に気付くや否や、私の腕をひっつかむ。

「ん?!……なになになに!」
「いいから、来てよ!ヴィンスは来ないで!女同士の話よ!」

 ララはキッパリとヴィンスに言い、私をずるずると半ば引きずるような形で、歩いていく。急な事に私は必死に足を動かしてついて行く。

 到着した場所は寮の稽古室であった。中には誰もおらず、真剣がいつくか用意されており、ララは中に入ってすぐに扉に鍵をかける。

 それから、彼女は、剣の立てかけられている物の中から私のよく使う片手剣を選び取って、私の方へと投げ寄こして来る。私は魔法を使っていなければそんなものを受け取れるはずもなく、咄嗟に避けた。

「何よ!剣を取りなさい!魔法を使って!貴方に話があるのよ!」
「……そう言われても……」
「いいから早く!」

 怒鳴るように言われて私は渋々剣をとり、簡易魔法玉で魔法を発動する。

 ララには固有魔法の話なんかは、まったくしていないし、説明する気もない、ここには私とララだけ、剣を渡されたということはララと打ち合うということだと思うが、多分私はまったく歯が立たない。

 そんな事は、先日の試合を見ていた彼女なら分かる事だろうと思うのだが。

「行くわよ!」

 愛用のメイスをララは軽く振ってそれから、ドッと音を立てて地面を蹴る。瞬間風圧を感じて、一応私は魔力を込めて、初撃をガードする……つもりだった。

 そのはずだったのだが、あっという間に体が吹っ飛ぶ、謎に脇腹が痛い、横なぎに攻撃してきた彼女の攻撃を通すまいとして力を込めていた剣は、ボッキリと折れて刀身が半分以下になってしまっている。

「っ!…………、いつっ」

 一応剣を離すまいと思い腕に力を込めるが、それに反応するように、脇腹が重たく痛みを主張する。急な事に変な汗が出て、私は剣を離して魔力を集中させて、多分ボッキリ折れてしまっている肋骨に意識を集中させる。

 魔力の光の波がその場所に集中して、少しづつ痛みが和らいでいく。

 そんな中、ララはカツカツと音を鳴らして、ゆっくりと近づいてくる。彼女の間合いに入ったところで、ララは流れるような仕草でメイスの切っ先を私に差し向ける。

「私……ここ最近、貴方の秘密を探っていたわ」
「……?」
「大方わかったわよ……貴方の正体、ゲームは私の勝ちよ。でもね……そんなことより、クレア、この間の醜態は何よ!」
「……シャーリーに負けたこと?」
「そうよ!貴方、今も本気だったんでしょう?」
「そう……だけど」

 私がそういうと、ララはグッと険しい表情をする。しかしゲームでララが勝ちというのは本当だろうか。どこまでの情報をどうやって手に入れたのだろう。

 腹の傷を治すのに、魔力が大量に持っていかれて、あっという間にカラカラに干上がってしまう。参ったなと思いつつも、それで結局ララは何をしに来たのだろうかと思う。

 これ以上魔力がなくなると昏倒しそうなので魔法をとく。正直、彼女相手では私は魔法を使っていてもいなくても同じなのだ。

「じゃあ……やっぱりそうなのね……何よ、こんなの本当につまらないじゃない!」
「……ララ?」
「近寄らないで!!……私達もう友達じゃない!」

 手を伸ばす私にララはピシャリという。

 私は突然の事に驚きから固まっていると、彼女は続ける。その瞳は、なんというか私に対する怒りのようなものが垣間見えていて、なにかしてしまっただろうかと思考を巡らせた。

「シャーリーやローレンスと話しているのを聞いたわ!それに……コンラットにも」
「うん……?」

 ララは苦しそうな表情をして続ける。あの二人の話を聞いた?それは授業中に言っていたことだろうか。そうなってくると、確か、ローレンスは少し厄介な事を言っていた気がする。

 コンラットは基本的に私が嫌いなはずだ、どこまで情報を持っているのか分からないが、ララが何を聞いたのか分からない。

「貴方も……私を利用しようとしていただけだったのね」
「違うけど」
「嘘言わないでよ!!」

 話も読めないし、正直ララには別に何も望んでいない。と言うか私は他人を利用するだとか、そういう事は得意じゃないし、やったことだってないんだ。
 
「嘘じゃないよ」

 なんのやましい気持ちもなかったのでそう言うと、ララは、私の少し呆れたような態度に腹を立てたのか「っ、馬鹿にしないで!!」とふと、一歩踏み出すメイスの切っ先が私の頬を掠めて、ピリッとした痛みが走る。

 相変わらず、私の頬はよく怪我をさせられがちだな。咄嗟に一歩引こうとすると、足元が覚束なくて座り込む。

 頬から鮮血が一筋流れ落ちた。

「貴方は……クレアは、ただの偶然、本当に偶然できたお友達だと思っていたのに……!!」
「……」
「貴方が悪いのよっ!! 私を馬鹿にしてっ、みんなそう! そんな事したらどうなるか、教えてやるんだから!」

 ララの瞳は、悲しみとか怒りとか色んな感情がぐるぐる絡み合っているようで、暗く陰った色をしている。薄く涙の膜がはって泣きはしないものの、すぐに泣き出しそうだった。

 ……なんというか……どこもかしこも不安定だなぁ。

 すぐに武器を持ち出せて、他人を傷つける事に慣れているからなのかなんなのか、ヴィンスしかり、サディアスしかり、ローレンスしかり、私の周りにいる人は情緒的すぎる。

 ララとだって、単純に楽しいから一緒にいただけなのだ、何かを望んでいたわけじゃない。状況的に寂しいかもしれないと思って、ララが望みそうな事をちょっとばかり捻って、ゲームにしてみたりと色々工夫を凝らしていたのだが。

 とにかく彼女は私の正体を何か曲解しているらしい。個人的には、面白い真相というか、私自身の不思議な状況を共有出来たらいいなという思いでのゲームだったのが、ララにとっては、それ以上の意味を持ってしまったらしい。

 それに割と私は彼女のことを放置していた。まぁ、何かあったら自分からやってくるだろうとか、何となくララならどんな事があっても大丈夫だろうとか思っていたのだ。

 今、彼女が割と孤独だと気がついていたのに。

 これは、サディアスにも言えるような気がして、あまり、問題を見て見ぬふりをしない方がいいなと思う。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

処理中です...