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体が二つあればいいのに……。5
しおりを挟む夏休み明けの初日以来、だいぶ落ち着いた日々を過ごしていた。出来るだけの時間を鍛錬に使い、それ以外の時間は勉強や家事をして、たまに街に降りてみたり、シンシアやチェルシーとお茶をしに出かけたりしている。
そして今日は夏休み明け初めての土曜日で勉強会が終わったところだ。
ヴィンスと二人で廊下を歩き、部屋に戻る道のりを進む。
……やっぱり、今日も何も言われなかった。
楽しい日々なのだが、気がかりなことがある。初日にあれだけ衝突した貴族派のことだ。
あれだけ衝突したというのに、ここ一週間、彼女らは何も言ってこない。まったく関わりたくないので、私に深く関わるのを辞めたというのなら、彼女らについてはそれでも構わないのだが、なぜだか日増しに、サディアスの最近張りつけっぱなしの笑顔に凄みが増している気がして怖い。
ため息も、テーブルを指でノックする癖も両方なりを潜めていて非常に奇妙だ。
でも、とりあえず私の方向性は決まった。あの日、ローレンスと話をした事によって、やっと決まったのだ。あとは協力をしてくれると言っていた二人に報告が必要だろう。
「クレア」
考えながら歩いていた私にヴィンスが言う、どうかしたのだろうと思い、見てみればそこには、私の部屋の扉の前で、腕を組んで機嫌悪そうに佇んでいるララの姿があった。
「私……ララと約束していたっけ?なんかすごく怒っているみたいに見えるけど」
「いいえ、そのような事は聞いておりません」
「だよね」
ヴィンスの返答に納得しつつ、私は、気軽にララの方へと近づいた。彼女は私に気付くや否や、私の腕をひっつかむ。
「ん?!……なになになに!」
「いいから、来てよ!ヴィンスは来ないで!女同士の話よ!」
ララはキッパリとヴィンスに言い、私をずるずると半ば引きずるような形で、歩いていく。急な事に私は必死に足を動かしてついて行く。
到着した場所は寮の稽古室であった。中には誰もおらず、真剣がいつくか用意されており、ララは中に入ってすぐに扉に鍵をかける。
それから、彼女は、剣の立てかけられている物の中から私のよく使う片手剣を選び取って、私の方へと投げ寄こして来る。私は魔法を使っていなければそんなものを受け取れるはずもなく、咄嗟に避けた。
「何よ!剣を取りなさい!魔法を使って!貴方に話があるのよ!」
「……そう言われても……」
「いいから早く!」
怒鳴るように言われて私は渋々剣をとり、簡易魔法玉で魔法を発動する。
ララには固有魔法の話なんかは、まったくしていないし、説明する気もない、ここには私とララだけ、剣を渡されたということはララと打ち合うということだと思うが、多分私はまったく歯が立たない。
そんな事は、先日の試合を見ていた彼女なら分かる事だろうと思うのだが。
「行くわよ!」
愛用のメイスをララは軽く振ってそれから、ドッと音を立てて地面を蹴る。瞬間風圧を感じて、一応私は魔力を込めて、初撃をガードする……つもりだった。
そのはずだったのだが、あっという間に体が吹っ飛ぶ、謎に脇腹が痛い、横なぎに攻撃してきた彼女の攻撃を通すまいとして力を込めていた剣は、ボッキリと折れて刀身が半分以下になってしまっている。
「っ!…………、いつっ」
一応剣を離すまいと思い腕に力を込めるが、それに反応するように、脇腹が重たく痛みを主張する。急な事に変な汗が出て、私は剣を離して魔力を集中させて、多分ボッキリ折れてしまっている肋骨に意識を集中させる。
魔力の光の波がその場所に集中して、少しづつ痛みが和らいでいく。
そんな中、ララはカツカツと音を鳴らして、ゆっくりと近づいてくる。彼女の間合いに入ったところで、ララは流れるような仕草でメイスの切っ先を私に差し向ける。
「私……ここ最近、貴方の秘密を探っていたわ」
「……?」
「大方わかったわよ……貴方の正体、ゲームは私の勝ちよ。でもね……そんなことより、クレア、この間の醜態は何よ!」
「……シャーリーに負けたこと?」
「そうよ!貴方、今も本気だったんでしょう?」
「そう……だけど」
私がそういうと、ララはグッと険しい表情をする。しかしゲームでララが勝ちというのは本当だろうか。どこまでの情報をどうやって手に入れたのだろう。
腹の傷を治すのに、魔力が大量に持っていかれて、あっという間にカラカラに干上がってしまう。参ったなと思いつつも、それで結局ララは何をしに来たのだろうかと思う。
これ以上魔力がなくなると昏倒しそうなので魔法をとく。正直、彼女相手では私は魔法を使っていてもいなくても同じなのだ。
「じゃあ……やっぱりそうなのね……何よ、こんなの本当につまらないじゃない!」
「……ララ?」
「近寄らないで!!……私達もう友達じゃない!」
手を伸ばす私にララはピシャリという。
私は突然の事に驚きから固まっていると、彼女は続ける。その瞳は、なんというか私に対する怒りのようなものが垣間見えていて、なにかしてしまっただろうかと思考を巡らせた。
「シャーリーやローレンスと話しているのを聞いたわ!それに……コンラットにも」
「うん……?」
ララは苦しそうな表情をして続ける。あの二人の話を聞いた?それは授業中に言っていたことだろうか。そうなってくると、確か、ローレンスは少し厄介な事を言っていた気がする。
コンラットは基本的に私が嫌いなはずだ、どこまで情報を持っているのか分からないが、ララが何を聞いたのか分からない。
「貴方も……私を利用しようとしていただけだったのね」
「違うけど」
「嘘言わないでよ!!」
話も読めないし、正直ララには別に何も望んでいない。と言うか私は他人を利用するだとか、そういう事は得意じゃないし、やったことだってないんだ。
「嘘じゃないよ」
なんのやましい気持ちもなかったのでそう言うと、ララは、私の少し呆れたような態度に腹を立てたのか「っ、馬鹿にしないで!!」とふと、一歩踏み出すメイスの切っ先が私の頬を掠めて、ピリッとした痛みが走る。
相変わらず、私の頬はよく怪我をさせられがちだな。咄嗟に一歩引こうとすると、足元が覚束なくて座り込む。
頬から鮮血が一筋流れ落ちた。
「貴方は……クレアは、ただの偶然、本当に偶然できたお友達だと思っていたのに……!!」
「……」
「貴方が悪いのよっ!! 私を馬鹿にしてっ、みんなそう! そんな事したらどうなるか、教えてやるんだから!」
ララの瞳は、悲しみとか怒りとか色んな感情がぐるぐる絡み合っているようで、暗く陰った色をしている。薄く涙の膜がはって泣きはしないものの、すぐに泣き出しそうだった。
……なんというか……どこもかしこも不安定だなぁ。
すぐに武器を持ち出せて、他人を傷つける事に慣れているからなのかなんなのか、ヴィンスしかり、サディアスしかり、ローレンスしかり、私の周りにいる人は情緒的すぎる。
ララとだって、単純に楽しいから一緒にいただけなのだ、何かを望んでいたわけじゃない。状況的に寂しいかもしれないと思って、ララが望みそうな事をちょっとばかり捻って、ゲームにしてみたりと色々工夫を凝らしていたのだが。
とにかく彼女は私の正体を何か曲解しているらしい。個人的には、面白い真相というか、私自身の不思議な状況を共有出来たらいいなという思いでのゲームだったのが、ララにとっては、それ以上の意味を持ってしまったらしい。
それに割と私は彼女のことを放置していた。まぁ、何かあったら自分からやってくるだろうとか、何となくララならどんな事があっても大丈夫だろうとか思っていたのだ。
今、彼女が割と孤独だと気がついていたのに。
これは、サディアスにも言えるような気がして、あまり、問題を見て見ぬふりをしない方がいいなと思う。
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