182 / 305
体が二つあればいいのに……。3
しおりを挟む今は私が怖がらなくなったのでそれをローレンスが言うことは減ったが、こうやって急に、手を出して来るぐらいならば、あの方がマシだったと思う。
「っ…………」
「君の隠し事は、私が思っていたより、厄介なものらしいね」
「はっ、ローレンスっ、はな、して」
ローレンスの冷たい声に私は血の気が引いて、震える手で彼の手を掴む。当然、私は魔法が使えていないので、ビクともしない。
随分、情けないことになっているのはわかるけれど、彼相手に強がる事は意味が無い。ローレンスには結構前から負けっぱなしなのだ。だから、シャーリーやクリスティアンの相手ように自分が怯えているのを隠そうとは思わない。
「しかし、私に逆らったのだから、しかるべき罰があって当然だろうね」
「……っ、……ごめんなさい、あんな、風にするつもりは」
不可抗力だ。それに、私に無理やり魔力を注ごうとした方だって悪いのだがそれを言い出したらキリがないし、この状況だって変わらない。仕方なくその言葉を飲み込んで、媚びるように彼を見た。
「喉を切っては、命に関わるからね。……今日、シャーリーに蹴られていた耳か頬でも傷つけようか」
「っ……」
頬にピタピタと刀身を当てられて、その度に体がビクつき、強く目を瞑る。耳なんて切られたら、元に戻るかが心配だ。でも、出来れば切り傷は顔はやめて欲しい。
「…………私がやってもつまらないか……君が自分でやるなんてどうかな」
「わ、私?……な、なんで」
「さぁ?……私の護衛に害をなしたと言うことは、私に害をなしたのと同じなんだよ、クレア。また幽閉されたいのかな」
黒いナイフを持たされて、重さがまったく感じられないことに驚きつつも、久しぶりに脅された。それになんだか改めて、リアリティのようなものを感じてしまう。
私は色々な人に狙われているらしいし、殺されてしまうらしいし、けれど、色々な人達と繋がりを持っていてこの世界にも馴染んできた。分かることだって増えてみんな喧嘩っ早くて困る事だってあるけれど、それでも割と長い時間、楽しくやっている。
そしてこの生活の中で、ローレンスが私という存在を握っている。彼が一言いうだけで、私は幽閉生活に戻される。
シャーリーやクリスティアン、他の気に入らない人には、簡単に喧嘩を売って悪態をつくが、ローレンスはそうもいかない。
彼はちゃんと私という人間そのものを握っている。
……わかってる。急にまたゼロまで戻されたら、辛いどころじゃすまないし、どうしたらいいのか分からなくなってしまうだろう。だから、私はローレンスに怯えて、縋って然るべきだ。
彼は、それに値するぐらい割と理不尽だし、権力を持っている。本当は私だってそうするべきだと思うけれど……でも今更、彼の思い通りになると言うのも、それを納得するのも何か違うと思ってしまうのだ。
別に、反発心じゃない。なんというかこれはローレンス自身と私自身の人間性の話だ。
ローレンスを見つめる。彼は、私の行動をじっと観察していて、私は、自分で自分を傷つけるのはさすがに出来ないと、意思表示をするために、彼の短剣をポイッと投げた。
「…………ローレンスがやって……くれた、ほうが……いや、私は……そういうのは……できないっていうか……」
しどろもどろになりつつ、弁明をする。それに、やっぱり不可抗力だしと思う。
「故意じゃ……無いの、ローレンスを害するとか……そういうつもりは全然なかったから、ごめんなさい、許して」
私が言うと彼は黙ってそのまま、短剣を消す。それから、少し考えるように視線を動かして、私に戻す。
「……少しは従順さを身につけたかと思ったのだが、気のせいだったようだね」
「ゔっ!!」
流れるようにナチュラルに腹を蹴られて、痛みに一瞬末端が痺れ、じんわりとした重たい痛みが襲ってくる。
お腹を抑えて痛みに悶えていると、髪を掴まれて目線を無理やり合わせられる。
痛みから涙に歪んだ視界でも彼の顔は相変わらず美しい。
「弁明をしてもいいよ、聞いてあげよう」
「ッ、うん、っ、」
言われて私は、全ての詳細を呼吸を荒くしながら、ひたすらに話をした。魔力を吸い取れるということもきちんと説明と謝罪をして、思案しながら聞く彼に、本意ではなかったと訴えた。
ローレンスはしばらく考えを巡らせて、深く呼吸をして痛みを落ち着けている私に言う。
「実践はできる?」
「……出来、る」
思ったよりも当たりどころが悪かったらしく、後を引く痛みに、眉をしかめながら言うと、ローレンスは私の両脇に手を入れて持ち上げる、それをまま自らの腿の上に私を跨らせて、魔法玉を取り出した。
「っ、…………お、おお、重い……でしょ」
「……君の体は羽のように軽いよ」
ドン引きする私に、彼は甘ったるい声でそう言う。ゾゾッと背中を悪寒が走って、降りようと思い彼の両肩を押す、けれど急に動いたせいか、ズキっと腹が痛んで嫌な汗が出てくる。
「ッ……ぐっ、うぅ」
「……少し加減を忘れてしまったようだ。魔法を使えばすぐに治るから、早くやるといい」
珍しく、自分に非があることを認めるような発言に、私は驚きつつそういう事ならと思い、ローレンスから魔法玉を受け取って、彼の魔法玉に触れさせる。腹の痛みで上手く集中が出来なかったが、私の空白を埋め、魔法を使うということを意識して魔力を貯めていく。
「……言い表しようのない感覚だな」
「そ、なの?……私はっ、わかんない」
彼は少し不服そうにしながら、私の髪を指で梳くようにして撫でる。なんだかそういう事をされると心地が悪い。嫌では無いのだが、妙なカンジだ。
「君には無いのか……普段であれば霧散してしまうものが受け取られ、他人の中で保有される感覚は……なんともね」
彼の言っている言葉はよく分からない、そもそも、私は受け入れるか吸い取るかのどちらかだ、私が誰かに魔力を注いでも保有されることはない。
1
お気に入りに追加
137
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる