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体が二つあればいいのに……。2

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 ……言わないのならば、何をされるか分かるなという意思表示なのかもしれない。
 
「……だ、大丈夫……今日はそれを言いに来たんだもの、そんなに、警戒しないでよ」

 私が威圧感に気圧されつつそういうと、彼は笑みを浮かべたまま今度は私に手を差し出した。

「ではまず、君の魔法玉を渡しなさい」
「わかった」

 言われて私は、素直にそれを渡す。ヴィンスは少し表情を曇らせるが、それを止めるような事は無い。一応今日の目的については伝えてあるのだ。

 ふわっとしていて、とろけるような座り心地のソファーに深く沈み込む。魔法玉を観察されて、自分以外が触れるのは、なんとも嫌な心地だが、そうも言っていられない。

 ……そういえばこの学生騎士たちって、一応学校に通っていて、ローレンスのチームなんだよね?コーディも同じように人を連れているけどもう少し、雑多な感じというか平民っぽい人達なのだが、今私を睨んでいるのは、学生服を来ているが、指輪だとかの装飾品も着いているし、一言で言えばサディアスみたいだ。

 じっと私が彼らのうちの一人を見ていれば、その一人は次第に気まずそうな顔をして、視線を逸らすことは無いけれど、人間味を感じる。こういう業務に就いている人ってオフの時はちゃんと学園生活を楽しんでいるのだろうか?

「では説明をしてもらうか、クレア」
「うん。……って言ってもそんなに複雑じゃない、私の固有魔法は強化なんだって、魔力を注がれたり私が意識して奪ったりすると対象のが強くなるって言うか……」
「なるほどね……少し、いや、割に特殊だね、ただ、そう考えるとコーディにあのディックが勝てた事の納得が出来る」
「……あの二人って、元々はどのくらい力量差があるの?」
「個人戦であれば、初撃をしのげるかしのげないか程度だと思います。ですから、今回の勝利が特異だった事はシャーリー様やクリスティアン様も感じられていると思います」

 ……なるほどね。わかってはいるがあまり、自分の判断だけで使わない方がいいのは確かだろう。ヴィンスにも変な知識をひけらかして怒られたし。

 疑問が解消されて納得していると、ローレンスは徐に、護衛のうちの一人私がじっと見ていた方に私の魔法玉を投げ渡す。

「では使ってみてくれ、それを見ない限りにはなんとも言えないからね、アーネスト」
「はっ、殿下!」

 指示されたその騎士の男の子は、少しも戸惑うこと無く、首からぶら下げている魔法玉に私の魔法玉を近づける。

 私は突然のことに、驚いて一瞬の間をおいて反応する。

「っ、やめて!」

 私が咄嗟にアーネストと呼ばれた少し落ち着いた雰囲気のあるその男の子の方へと手を伸ばそうとする、しかしすぐに、もう一人いた騎士の子が割って入る。

 彼は私の手を掴んで、それから何かモーションを起こそうとした瞬間に、手の力が緩んで膝から崩れ落ちる。何が起こっているのか分からずに、一歩後ろに後退する。

「っ……ぐぅっ」

 まったく見知らぬ魔力が体の中を駆け巡り、異物感と不快感に、思わず声を漏らす。

「まっ、まって……うんっ」

 口元を抑えて、その場にへたり込む、止まる気配のない魔力に、私は、魔力を霧散させた、これは私の中では最後の切り札的な扱いたなので、やりたくないのだが、こうなっては仕方がない、既に吐き気という拒否反応が出ているのだ。

 グンッと勢い良く相手の魔力を吸い取って、その彼がどうなろうとも、どうでもよかったので勢い良く霧散させる。そうするとあっと言う間に、私に押し込められていた魔力は消し飛んで、それに、呼応するようにアーネストの体がぐらりと揺れて、勢い良く倒れ込む。

 魔法も解けてしまったのか、倒れた先で、頭を机に打ち付けてしまい、血を流しながら彼は昏倒した。

「……え、あ、ごめんなさい」

 こんな酷いことをするつもりではなかったので、咄嗟に駆け寄った。力無く横たわる体に手を添える。
 後ろではキンッと刃物同士のぶつかりあう音がして、ヴィンスが私を庇うために動いてくれたのだろうと思う。

 ……でもなんで、こんな一瞬で昏倒するなんて……思わなかった。もしかしたら、教師になるような熟練度のエリアルだったから、ただ魔力を奪っただけで済んだのであって、一学生である彼、相手には、こんなに有効な効果を持ってしまったのでは無いだろうか。

 それに今日はちょっと、色々あって疲れていたし、私のタガのようなものが外れてしまっていたのだろう。焦りつつも血を拭ってあげようと、ハンカチを出す。

 しかし手を伸ばすが、体が浮いて、猫のように持ち上げられてしまう。

「ヴィンス、ユージーン、動くな」

 私が固まっていると、ローレンスの低い声がして、ヴィンスと対峙しているもう一人の護衛が、ピタッと動きを止めた。
 
「クレア、君、アーネストを昏倒させたね」

 パッと下ろされ、足がつく、それからローレンスの方を見るとどうやら機嫌が悪そうだ。

「私に害意が無いのなら、すべて説明し弁明してもらわないとね」
「ん、うん」
「その前に君の凶暴な護衛を退室させなければいけないよ」

 ヴィンスの方を見る。彼は怪我もしていないし、なんならユージーンと呼ばれた、少し幼い顔つきの護衛の方が満身創痍だ。彼は大剣、ヴィンスはナイフと相当なリーチに差があるというのにだ。

 咄嗟の時に判断して動いてくれて、守ってくれるだけの実力があるのだとヴィンスを再認識しつつ、出来ればそばにいて欲しいなと思う。だってローレンス機嫌が悪そうだし……。

 私が、言い淀んでいると、ローレンスは不意に私の髪を掴んで引いた。

「い゛っ……っ、ぁ、っ」

 急なことに膝の力が抜けて彼の足元に転がるような形になる。それからローレンスは、私を物理的に見下して地を這うような声で言う。

「ヴィンスに下がれと命令しようか」
「……っ、ん、ヴィンス……ロ、レンスの言う通りにっ、して」
「……かしこまりました……外で待機をしています。いつでもお呼びください」

 私の言葉に、ヴィンスは微笑み、少し心配そうに言った。ユージーンと呼ばれた彼は、パッとアーネストを見て、パッと口を開いて、ぱちぱちと瞬きをする。

「殿下!俺はどうしたらいい?!」

 どうやら彼は割と気さくな性格をしているようだ。護衛の時はキリリとしていたのに拍子抜けだ。

「アーネストを自室に運んで、君も部屋の外で待機していれば良い。それと勤務中は敬語を使ってくれないかな」
「おう!わかりました!」

 そう言ってアーネストを雑に持ち上げ、バタバタと室外に消えていく。あっという間にローレンスと二人きりになってしまい、彼はアーネストの手から取った私の魔法玉をじっとみる。ただ床でヘタリと座り込んでいる私の肩を掴んで自分が座っていたソファーの目の前まで移動させる。

 ローレンスはソファーに座り込んで、ただ見上げる私を眺めた。ふと彼は不機嫌に目を細める。それから少し前かがみになって、彼に結んで貰ってからそのままにしているリボンを引いて解く。

「……」
「……」

 彼の大きな手が私の肩に触れて、緩く鎖骨を撫でた。ローレンスは魔法を使って、いつもより幾分小さな黒刀を出す。サイズ的には包丁ぐらいなのだが、ローレンスはそれを私の喉元に当てる。

 どうやら本気で怒らせてしまったらしい。

 刀身が喉にくい込んで、今すぐにでも痛みに変わりそうな恐怖に動くことが出来ない。
 そう言えばこの学園に来たばかりの頃は、よく処刑するだ何だと言われて、死んだ時の記憶と重なって恐ろしくなって言ったっけと思う。




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