180 / 305
体が二つあればいいのに……。1
しおりを挟むコーディはそれほど、落ち込んでいる様子も無く、ただぼんやりとどこかを見ており、ディックは少し自慢げだった。
「お疲れ様、凄かったね」
「クレア……君のおかげだよ」
ディックは控えめにそう言って、コーディの方へと振り返る。
「君に少しは認めて貰えた?」
「……そうだね……先程は詰って悪かった」
「ふ、ふんっ……こっちこそ、クレアが騒がせてすまなかったな!」
「それは別に……ボクも騒動を起こす事が多いから……今回も、組み合わせ的にそうならなかっただけで」
コーディは意味深な事を言いつつ、私の方を見る。
……そ、それって、もしかして、私が彼と戦う事になっていたらまた、騒動というか、事件と言うかに発展していたということだろうか。
まったく普通に話せていたので、頭からすぽんと彼は危険だと言うことを忘れていたが、私を見る冷たい瞳は変わらない。スススっとディックの影に隠れると、コーディの視界は遮られ、少し安心する。
「でも、やっぱりディックのような人達が常にいるとなると、貴方は安全だね」
「……」
「クラスにいる時には、面倒な人達もいるようだし……本当に恵まれた人だ」
それだけ言って、彼は、自分のプリントを取り、テーブルに視線を落とす。
そして、ディックが勝ったことに納得のいっていないシャーリーは、私たちを一睨みし、けれども何も言うようなことは無い。
「次は私の番だねぇ……シャーリー行ってくるよ、健闘を祈っていてくれるかな」
「せいぜい無様を晒さぬよう祈っていますわ」
「ハハッ、手厳しい」
シャーリーの手にひとつキスを落として、それからクリスティアンはコートの方へと向かって行く。
同じくコートへと向かっているローレンスは、既に手に黒いサーベルを持っていた。
私は先程の試合について適当に勝敗と、戦況を箇条書きにして、ディックの弱点である、初速が遅いことも一応書いておく。どうせ、エリアルに提出するものなので、私の固有魔法を使用していた事も記載しておく。
三試合目はすぐに終了した。
ローレンスは、少し楽しげに、クリスティアンの握っている武器を破壊した。ああして、ローレンスはたまに格の違う相手に、当てつけのような勝ち方をするときがある。
それにクリスティアンは、貴族で身分が高いとはいえ、編入者だ。
ローレンスは純粋にブロンズ達の中でも優秀で強いというのに、入学試験で落とされ、途中から遅れて入ってきたクリスティアンに勝てるはずがない相手だ。
それを理解しているのか、クリスティアンは仕方ないとばかりに、微笑むが、その笑みはどこか陰のある笑みだった。
私は珍しく、ヴィンスと二人でローレンスと斜め向かいあって、ソファーに座っていた。このお部屋は王族用のお部屋で、このお部屋にたどりつくまでに、廊下で西倉庫でポジション別のクラスの時に控えている護衛達にまずは止められ、その後部屋に入れば、侍女に案内されつつ廊下を進み、最終的には、部屋の中で護衛をしている学生二人が常時魔法を使用し、剣を腰に差したまま、お茶を出された。
私は常に魔法を使っている、大剣を持った男性二入に睨まれている恐怖からろくにお茶菓子の味も分からずに、萎縮しきってヴィンスとソワソワしながら、優雅にお茶を楽しんでいるローレンスを見やった。
こうして見ると、お部屋は装飾が豪華な調度品の数々で構成されていて、寮の部屋だというのに、まるでお城の一室のように感じられて、私なんかは、場違いな気さえしてくる。しかし、ローレンスにこの部屋はしっくりくる。如何にも住んでそうである。
ちなみにヴィンスは、私の従者として仕事をしようとしていたところ、ローレンスに止められご立腹だった。
夕飯を食べたあとなので甘いものを食べるのは、肥満の元なのだが、それでも、ここで出ているお菓子は格段に美味しい。それにソファーの座り心地がフワッフワで腰がとろけてしまいそうだ。
あまり、意地汚く食べ過ぎないように注意しつつ生クリームたっぷりのショートケーキをもくもくと食べる。食事をしてしばらくすると緊張もほぐれてきて、柔らかな甘みが口に広がるのがわかる。
「おいしい……」
「そうか、それは良かった……ヴィンス君は食べないのかな」
ローレンスは、紅茶だけ飲んでニコニコとしているヴィンスに対して言う、彼は「私は甘いものが得意ではありませんので」と返す。私はそんな情報は初めて知ったのだが、ローレンスはその返答に、少し笑みを深める。
「何も盛っていないよ、間違ってクレアが食べたら大変だろう」
「ローレンス様、そのような心配はしておりません。どうかお気になさらず」
「……そういうことにしておこうか」
彼らは含みのある会話をしていて、逆に何か盛っている可能性があるのかと少し驚く。
……というか私、この二人がきちんと話しをしているところ見た事なかったような……。
「盛るって何を?」
もっと何か話をしないかなと思い、毒とかそういったものだろうという事をわかっていつつもアホの子のフリをして、ケーキを口に入れつつ聞いてみる。
「以前、毒味も出来るようにと少しヴィンスの食事に混ぜるようにしていた事があってね。その時のことだよ」
「毒味って、毒味役って事? 出来るようになるものなの?」
「いいや、食欲不振に陥って使い物ならなくなる場合も多いよ」
……そりゃそうでしょ。ただでさえ、食べたら太っちゃうというマインドだけで拒食症になる人がいると聞くのだ、食べたら死ぬかもしれないと思ったら食べられなくなるのも無理は無い。
なんだか、物騒だなと思いつつ、ヴィンスを見るが相変わらずニコニコしている、こんな主に仕えていたというのは、彼の心情的にどんなものなんだろうか。
「ヴィンスへはいつくか常人には耐え難い事をしているが、そのどれもにはいはいと頷いてこなしている。……そう思うと、少し君に似ているな」
「……まったく正反対じゃなくて?」
「ああ……思い通りにならないことがだよ」
ローレンスは笑って言ったが、その目は笑っていない。私は置いておいて、ヴィンスはローレンスの思い通りになっていたんじゃないかと思うのだが、彼の判断では違うらしい。
それとも、ローレンスの癖と言うやつだろうか。本当は常人に耐えられないことをいくつもして、反旗を翻して欲しかったとか、そういう。
よく分からないがそんな事のために、不幸を被ったヴィンスが可哀想だ。
「ただ……ヴィンスは君に忠誠を向けるという私の予想外の事をしてくれたからな、多少は納得しているよ。私から離れた生活どうかな、ヴィンス」
「……充実しています。ローレンス様から仕込まれたことの多くを利用することができ大変楽しい毎日です」
「そうだろうね。出会った時から変わらず、クレアは呑気で愚直なままだ。君は上手くやっているんだろう」
……具体的に何を仕込まれていて、何が役に立ったかということは、二人はわざわざ言わない。もしかすると、先程の毒のように、闇深い話なのかもしれないので、もうわざわざ聞くような事はしない。
「ただ、少しは賢さを身につけているらしい。私が知りたいことはひとつ、君が秘密にしている固有魔法を明かしてくれ、その辺に昼の魔法玉の状態が関係しているのだろう?」
ローレンスは鋭い視線で私を見て、彼はすっと片手をあげる。そうすると、途端に侍女が下がっていき、二人の学生護衛が私達の背後へと移動する。
0
お気に入りに追加
137
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる