悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

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もっと早くこうして欲しかったんだけど……。6

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 テーブルの方へと戻れば、最悪の空気だということにはわかりはなく。クリスティアンはシャーリーをなだめていて、コーディはプリントにペンを走らせている。

 ふと顔を上げて、コーディは私を見た。

「……所詮、下賎の血だね」

 ……ええと、これは、クラリスの産まれ、養子だと言う事を詰ってきているのだろうか。

 この体は新しく関わる人がいると、ピンと来ない事ばかり言われて、本当に困る。咄嗟に反応するのが難しいのだ。

「貴方が変わりないようで、安心した」
「そう」

 どういう意味で言っているのか説明が欲しいが聞けない。一応返事はするが、やっぱりピンと来ていない。

「次はボクらだろう……コートに入ろう。ボクも貴方の実力を見せてもらうよ」

 今度はディックの方を見て、コーディは言う。ディックは、私の試合が始まる前よりも俯かなくなっているのか表情が見えて、精神状態もましに見える。

「わかった。すぐいくよ。……クレア、怪我!きちんと治せよ!」
「うん、行ってらっしゃい、頑張って……無理しなくていいからね」
「君に言われる程、僕は無謀じゃないって」

 走っていく彼の、背中を眺めて少し安心する。
 ふと振り返れば、テーブルに残っているのは、こちらを見ている二人、彼らと今いるのは非常に気まずい。

 特にシャーリーは私を見て、顔を顰め、扇子の向こう側で「見苦しい」と呟いた。
 そんな彼女の呟きを聞いてか否か、クリスティアンは私の方へと近寄ってきて、ハンカチを差し出して来る。

「私は、見苦しいとは言わないけれどねぇ、クレア負傷を負ったままこの場にいるのは、ふさわしくないのでは無いかと思うよ」
「結構です」

 ハンカチを彼の方へと押し戻す、すると彼は、スルリと私の腰を抱く。

「好意は、女性であるなら素直に受け取るのがマストだとは思わないかなぁ、君という女性は頑固なところが欠点のように思う」
「……欠点ね。あまりベタベタ触らないでクリスティアン、シャーリーのところに戻ったら?」

 私が彼を鼻で笑いながらそういうと、彼はすっと私の顎に触れて、クイッと自分の方を向かせた。
 
「あまり生意気な事をいうのならその口を塞いでしまおうか……」
「貴方のその性分も困ったものね。……まぁ、その誰でも男になびく売女になら、何していようとも、わたくしにはどうでも良いことですけれど。……浮浪者とも恋仲になるようですからね」
「シャーリー。そのような事を言うものでは無いよ、私はただ、美しいものが好きなだけなのだよ。たとえどんな心根の人物でもねぇ」

 何がどうなっているのやら。クリスティアンという人物はよく分からない。まぁ、私が男好きだとはよく言われるので否定はしない。チェルシーにだって言われていたし。

 手を払い除けようとするが、魔法を使ってない相手になにかして怪我をさせてしまったらと思うとそんなことも出来ない。
 
「やめて、今、自己治癒しているところだから」
「そんな事は関係ないさ、私が君の施した好意を受け取らなかったのが悪いのだよ、そうだろうシャーリー」
「そうね……そうよねクレア、わたくし達に逆らった事、まずは謝罪が必要ではなくて?」
「っ……離して!」
「平民の分際で、意見をし、更にわたくしを侮辱したのよ。本来なら謝罪ぐらいで済まさないけれど、今日だけは聞いてあげますわ」

 私が抵抗をしようとすると、クリスティアンは魔法を使う。彼の瞳が魔力を孕んで、既に傷だらけで満身創痍だと言うのに、腕を掴まれて逃れることが出来ない。

「クレア……少しは目上のものに対する敬意と言うものがなければ、いくら愛らしい君でも、庇うことは出来ないのだよ、わかっておくれ」

 優しいような声で、クリスティアンは言う、そんなふうに言われると私が駄々を捏ねているだけの人のように見えてしまうのか、周りのグループは次の試合の準備や、プリントの記入で忙しくしていて、こちらに注目している素振りはない。

 間近で、光る瞳に見つめられ、あらぬ距離にいる男性に、私の危機感が警鐘を鳴らして変な汗が出てくる。それでも彼女たちに対しては、毅然としていなければと、歯を食いしばって声を出す。

「や、めてよ……」

 なぜだか声が震えてしまって、上手く力が入らない。体が疲弊していて心も折れかけている事に私はやっと自覚して、その弱気な心を見透かされていないかと、恐ろしくなってクリスティアンを見上げる。

 すると、彼は同情とも、呆れとも取れるような目で私を見ていて、冷たい瞳に、逃げ出したいような気持ちになった。

「ふふふっ、可哀想になぁ」
「っ……」

 顔を下げる。表情を見られないようにして、一生懸命に気持ちを押し殺す。もう少しだけこの授業が終わるまでだけ、頑張らなければ。

 ……クリスティアンも魔法を使っているのだし、手を振り払っていいはずだよね。大丈夫だ、ここでなんと言われようと実害は無い。大丈夫……なはず。

 ふと力を込めようとすると上から声が降ってきた。

「クレア」

 私を拘束するように掴んでいたクリスティアンの手はすぐに離されて、顔を上げれば、クリスティアンは少し困惑しているような表情をしていて、後ろに誰がいるかはすぐにわかった。

「あまり、他人に迷惑をかけるようなことをするべきでなないよ」
「……」
「君の仲間を思う気持ちは尊重する、けれど、それだけで上位の者を罵ることは許されない。君は、何者かな?わかっているね。力も無い君は、謝罪をすることが望ましい」

 ……ごもっとも、だ。わかっている、これは、だいたいこの世界だからとかではなく社会でもそうだ。

 だから、私は謝るべきだ。その理屈は分かる。さっきの私は、ただ仲間の心の安寧を守るためだけに、その怒りをぶつけてしまった。まぁ、だから、それは本当はちゃんとわかっているのだけど。

 振り返れば、護衛を引き連れたままのローレンスがいて、私を見下ろしている。いつもみたいに甘ったるいだけの言葉ではなく、彼らに向けた王子様らしい対応をしているのかなと思う。

「私が面倒を見ている子が迷惑をかけたね。でもあまり虐めないでやってくれるかな、シャーリー、クリスティアン」
「……お言葉ですが、ローレンス王太子殿下、随分と甘やかしていますのね。まさか、貴方様はこの後に及んで彼女に肩入れされていらっしゃいますの?」

 シャーリーの言葉に、彼はふとひとつ沈黙を置いて空に視線を置いてから彼女の方へと視線を戻す。

「そうこの子のが望むのであれば、私はどちらでも構わないよ」
「でしたらあの平民は、見限られるのかしら」
「さあ……何にせよ、決めるのは私では無い。私は、少しこの子が可哀想でね。今でも私を想っていてくれているのならば、その時は、君らの要求がひとつ叶うことになるとだけは言っておこう」

 ローレンスの言葉にシャーリーは怪訝な表情をする。あの平民とはララの事だろう。えっと、シャーリー達貴族派はそもそもとにかく、ララが嫌いなんだったよね、それで、排除したい。それで、今、ローレンスはなんて言った?

 要求がひとつ叶うということは、ララを排除して私を取り立てるということ?そもそもローレンスは私を殺すつもりの癖に、どうしてシャーリー達にこんなことをいうのだろうか。

「それに君たちに私の考えを決めつけられては困るな。これでも、長年寄り添った情ぐらい持ち合わせているよ」

 ローレンスは強気に微笑んで、言葉を失っているシャーリーから視線を外し私の方を見る。

「おいで……身なりを整えてあげよう」
 
 彼は私の方へと手を伸ばす、それから、ズレていたのか私のリボンを引いて解く。それを手に持ったまま、自分の席へと戻っていく。

 私もそれに続いて歩いていくと、護衛の人がもうひとつ椅子を持ってきてくれて、私はそこに座らされた。

「……しかし……君は、ここ半年、何も学ばないね」

 彼は、自らのハンカチを出して、私の頬を抑える。じわじわと痛みが響いて私は顔をしかめた。

「そして、力もつかない……君が少し可哀想だと言った言葉は私の真実だよ、クレア」

 彼は私に優しい笑顔をする。この言葉が本当か嘘かは区別がつかないが、先程の言葉はちゃんと嘘だと思う。可哀想だと思っていても、彼は、自分が呪いの力を手に入れるかどうかは別問題だと思っているだろう。

「なんであんな事を言ったの?貴方……ララを手放すつもりは無いんでしょ」
「……強情だね……少しは私に媚びて見せたらどうかな。こうして、わざわざ声をかけてあげたのだから、まずは感謝だろう」
「……それは……そうだけど」

 彼が思っていた反応と違ったらしく、少しつまらなさそうにローレンスは笑みを消して翡翠の瞳で私を見る。陽の光の元にいる時の彼の瞳は、本当に美しくて、夜に会うのとはまた違った輝きに、鼓動が少し早くなった気がする。
  



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