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もっと早くこうして欲しかったんだけど……。4

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 言い返したい、けれども、気をつけろと言われているし喧嘩をすれば怒られるし、それに多分そういう感じで解決するようなことでも無いようなきがして、私は押し黙った。

 そんな私を見てか、それとも、そう決めていたのか、ディックはふと私の手を離す。

「クレア……いいから。僕は全然気にしてないし」

 彼は俯いて前髪で表情を隠す。

 そんなわけないとわかっていつつも、誰もこの諍いを止めないし、窘めないという事は、この世界で国を捨てた人々の集まりであるこの学園の人たちはそういう風に言われてもおかしくは無いのだろう。

「……でもっ」
「本人がそう言っているのに、貴方がそれを否定するのはボクはお門違いだと思う。さっさとグループ作ってしまわないと授業が遅れる」

 最もらしいような事を言って、コーディは私を見据える。こんな風に普通に話もするし、言葉もわかる人なんだなとかいろいろ感想があるのに、何をどう言い返しても大丈夫なのかわからないし、単純にコーディ自体が私は苦手だ。  

「……」
「決まったかなぁ、それそれじゃ後一人を──────

 クリスティアンが柔らかな声でそう言うと、それを遮るように、見知った声がする。

「私を入れてくれるかな、同じクラスでは無いけど構わないだろう?」
「ええ……もちろんでございます、殿下」

 …………ローレンス。ああ、もう。なんだろう、いろいろややこしい。とにかく面倒なことになった。

 ローレンスとクリスティアンはニコニコと微笑みあって、二人とも何を考えているのかわからないし、コーディはいつも通りの無感情な顔でどこを見ているのか謎だし、シャーリーはもう怖い!とにかくわからんし怖いし!

 ディックは俯いたまま何も言わない。

 兎にも角にも嫌なメンツが揃ってしまった。  

「グループができたら、一試合目の人選を決めてください。試合開始は十分後です」

 私達のグループができたのが一番最後だったようで、すぐにエリアルが言う。ぱっと彼の方を見るとクラリスと目が合ったような気がして、こんな事で動揺している場合では無いと思い直す。

 ……私は……頑張らなければならないのだ。

 皆がテーブルに移動していくのについて行く。胃が痛いような面子でも私に異を唱えることは出来ない。

 ……出来るだけディックが傷つかないようにだけ気をつけよう。また、しょんぼりして、生気がなくなってしまったらオスカーに顔向けが出来ない。

 グッと拳を握る。
 それから、彼らと同じテーブルについた。

 敵意だとか、それ以外の暗い感情を向けられている。それを自覚して、たじろいでしまったら終わりだ。気にしないでいこう。

 でも良かった。今日は慣れないながらも少し高いヒールを履いていて、少しは身長差も改善されている。

「私は最後の試合でいい、それ以外は君たちが決めてくれて構わないよ」
「承知いたしました、殿下」

 ローレンスはこのグループに入ったものの、特に何かを言うでも、私とコンタクトを取るわけでもなく、それだけ言って、護衛の騎士が持ってきた椅子に机とは少し離れた位置で座り、それから運ばれてきた彼専用のテーブルでお茶を飲み始める。

 なんだか意味深な彼の目線が私に向けられて、厄介事を見物しに来ただけじゃないかと思う。これはローレンスが仕掛けた意地悪ではないが、恨めしい気持ちが募る。

 機嫌は良いようで、楽しんでいるみたいで何よりなのだが、少しぐらい私のことを心配してくれてもいいと思う。でもそれを彼に望むのは……なんというかプライドが許さないのだ。

「じゃあ、一試合目は誰が出るか決めないとねぇ」

 クリスティアンの言葉に、シャーリーはふんっと鼻を鳴らす。それからピシャンと扇子を畳んで、すっとディックの方へと向ける。

「身のほど知らずの下賎の者の相手は、わたくしがする事にしたわ、構わないでしょう?」

 よっぽど私より悪役令嬢らしい彼女の扇子さばきは素晴らしいものだが、それはダメだ。この学園では、強い事が一番の力の証明だ。 

 彼女達からしたら、それを証明できない地位もない人は出身を貶されても文句を言えないと本気で思っている。それは分かるその理屈だって、ララが強さでのし上がった実力至上主義にだって良さはある。

 でもその前に、そんな事より、私はそんな敗北をさせられたらディックが傷つくと思う。勝ったり負けたり、そうやって悔しくなったり喜んだりして強くなる。

 でもこの試合で二人が戦って、果たして勝ってディックは喜べるだろうか。というかちゃんと戦ってくれるだろうか。こんなに気後れしている彼が対等に戦える相手じゃない。ディック自身も彼女と試合することは望んでいないだろう。そんな一方的で、身分の差で強制される試合など暴力と同じだ。

「……何が、何が構わないでしょ?なのかしら」

 シャーリーを私は睨みつける。彼女はまったく怯んでいる様子もない。でもこっちとら、年上で大人なのだ、屁理屈だとなんだと言われようとも最もらしいことを言うのだって得意だ。

「身の程を知らないですって?シャーリー、貴方は気に入らない人がいたらそうやって、すべてに噛み付いてけりを付けるのかしら?そもそも、貴方達から、わたくしにグループの誘いをかけたのでしょう?自ら、私に誘いをかけたのにそばに居る彼を侮辱して、追い払おうとするなんて幼稚にも程があると思わないのかしら?」
「…………なんですって」
「わたくしは、貴方が恥ずかしい人間に見えると言っているのよ、何がくだらないですわね、ですの?何がわたくしらしくないといいますの?彼と試合がしたいというのなら、そもそもまずは謝罪をするべきだとは思わないのかしら?」

 早口で呼吸も忘れて、まくし立てる。自分でもことを大きくして挑発に挑発を重ねているということは理解出来ているが、私は、貴方達の知っているクラリスじゃない。

 それに……ディックは言い返せないのではなく、彼の性格上言い返さないと言うだけだ。言い返してなにか彼に不利益があるとは思いづらい。一貴族が学園にいる人間に、私怨で権力を振りかざしてディックの生活を脅かすようなことができるのであれば、このユグドラシル魔法学園が二国間の間を取り持つなんて不可能だ。

 だから、私が彼を庇うことによって、不利益を被るのは私だけだ。ディックは、言い返せるし、ちゃんと立場はある。でも、きっと、向いてないだけなんだ。

 割と繊細みたいだし、そういうのが得意でない人間はいる。それにディックは凄いんだ。頭だっていいし、口は悪いけれどいい子なんだ。

「急に接触してきて、わたくしになんの話があるのか知りませんけれどね。わたくしの大切な人達を侮辱するような人、そしてそれをただの傲慢だと気が付かないような愚鈍な人間に話をすることなどありませんことよ、おわかりなります?その自尊心と傲慢さしか持ち合わせないスカスカな脳みそでよくよく考えてくださいませ。シャーリー」

 睨みつければ、彼女の顔は、いつの間にか真っ赤で、ピシャンともう随分聞きなれた音と衝撃が頬を打つ。

「…………不愉快極まりないわ…………貴方…………覚えて……おきなさいよ」

 怒りを抑えているような震える声に、私はかっと熱くなっている頬を無視して彼女を見つめる。

「ふんっ…………気に入らないから手を出すだなんてますます幼稚ね」

 捨て台詞のような事を言った彼女に、私は追い打ちをかける。シャーリーは頬を引き攣らせて、目を見開く充血した瞳は怒りに染まっていて、おもむろに私の肩を突き飛ばすように押す。

「……わかりましたわ……そこまで仰るのだったら、わたくしは貴方と試合をしますわ…………大口を叩いたことを後悔させてあげるわ」

 負ける未来以外見えないが、逃げる訳にはいかない。喧嘩を売ったのは私だ。彼女はいつの間にか線が引かれていた少し小さめのコートに入る。

 私も続こうとすると、服の裾をディックに握られる。

 ……やっぱり優しいね、ディック、大丈夫。多分死なない。

 安心させたいと思うと、彼女に向けていた虚勢の笑顔ではなく、本当の笑顔がこぼれた。それからローレンスを見る。彼は相変わらず、傍観を楽しんでいるようで、ひらっと私に手を振った。




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