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誤解です……! 1
しおりを挟む結局サディアスは始業式の日まで帰ってくる事はなかった。既に寮はいつもの賑わいを取り戻していて、ローレンスだってミアもアイリもみんな帰ってきているというのに彼だけは、一切音沙汰もない。
シンシアとチェルシーと話し合った通りに今日、クリスティアンに話を聞く予定だが心はずんと沈んでいて、不安は消えない。
……帰ってこないかな。
トランクを引きずって帰ってくる彼の姿が見えないだろうかと、校門へと繋がる道を見つめてみるが、そこには眩しい朝日が煌々と輝いているだけで人一人見えない。
……早く起きすぎたかな。
いくら今日が、夏休み開け初めての登校日だからといっても、まだ皆が起き始めるような時間だ。こんな時間に、私は支度をすべて済ませて朝食も購入してあった物を既に食べてしまった。
ここから暇だなと思い、視線を落とすと、先日乾かすために置いておいた櫛が目に入る。
これはこの間、アロマキャンドルを作るために雑貨屋を回った時に、たまたま手に入れた代物だ。作りの荒い木の櫛で安物だったのだが、前世で流行っていた櫛のオイル漬けなるものを作ってみたのだ。
オイルはアロマキャンドルに使ったキャリアオイルという蜜蝋キャンドルを作る時に欠かせない植物油だ、ちなみに入れる意味はよく分からないが、キャリアオイル自体はアロマセラピーなんかでよく使われる。
ホホバオイル、アーモンドオイル、セサミオイルとたくさん種類があるが、今世で見つけたのは謎の油であり、まぁ、サラサラした油だったし、なんでもいいだろうと言うことで採用した。そして少量販売していなかったのでもう大量に余っている。
そんなわけでこのオイル櫛というわけだ。一週間ほど前から漬け込んで乾かしてみたのだが、なかなかに良い出来な気がする。
べとつきも無いし、試しに梳いてみようかな。
櫛を持ってドレッサーの前に座ると、コンコンと部屋がノックされる「はーい」と返せば、予想通りヴィンスで「おはようございます」と朗らかに言った。
「本日は随分お早いのですね」
「うん……あんまり眠れなくて」
「左様でございますか、朝食はどうされますか?」
「もう食べたよ。ヴィンスの分もあるけど食べる?」
「ええ、そうさせていただきます」
「うん」
いつものお茶をするテーブルにヴィンスの分として取っておいたものを移動して、それからドレッサーへと戻る。彼はコーヒーを入れて朝食を食べ始めた。
彼は睡眠時間が短い日にはこうしてコーヒーを飲むことが多い。どうやらヴィンスも今日はあまり眠れなかったようだ。
髪に櫛を通してみる。目の荒い櫛なので、特に引っかかること無くするすると櫛は通って、何度か通して行くうちに髪に油分が移ってツヤツヤと輝くようになっていく。
……元々美人さんだと思ってたけど、磨けばどんどん光るなぁ。
最初の頃は幽閉されていた事と厚くさかねていたお化粧のせいで肌荒れも酷かったのだが、きちんと洗顔をして保湿を重ねていけば肌の状態もすぐに良くなったし、髪も手入れしていけばどんどんと美しくっなっていく。
前世では一度でも、夜更かしするだけですぐにニキビができてしまっていたが、今世では回復も早ければ肌荒れもあまり起きない。
……若さって大事よね……。
「……新調されたのですか?」
ヴィンスに言われて、櫛の事だろうなと思い「そうだよー」と返す。
「とても質の良い物ですね。クレアの髪が輝い見えます」
普段なら大袈裟だと思うような言葉だが、前世で流行っていただけあって、自分でも満足な仕上がりだ。手間をかけて自分で作ったという事もあり、少し自慢げに答える。
「ううん、安物だったんだけど少し細工したんだ」
「左様でしたか。どのような事をされたのですか?」
「油に浸け置き、料理で言うところのマリネみたいなものだよ」
「変わった事をされるのですね、そのような製法があるなんて知りませんでした」
「ふふっ、すごいでしょ」
「ええ」
私はニコニコしながら、髪をいつものように纏めてリボンを縛る。けれど今日は時間があるのだ、それに始業式だし、心機一転何か髪型を変えてみようと思い立つ。
三つ編み、ツインテール、お団子……。
どんなのにしようかな……。
ドレッサーの引き出しを開けてピンや装飾を出してみる。櫛をしまって手櫛で髪を梳きながら髪型を思い浮かべる。この体ならどんなものだって似合うし、前世では年齢的にも難しかったものもできる。
しばらく試行錯誤していると、朝食を食べ終わったヴィンスが鏡越しにこちらを見ている。
「髪を結うのですか?」
「うん、でもどんなのにしようか迷っててね」
「失礼ながら私が結わせて頂いてもよろしいでしょうか?……得意なんです。クレアには必要な機会は少ないのですが、貴族の女性は社交場で美しく髪を結い上げる事もステータスなのですよ」
「そうなの?」
「ええ、装飾をふんだんにつけて自らの家の財力をアピールするのにピッタリですから、私も従者ですこういった事は得意なのです」
「なら、お願いしようかな」
鏡越しにヴィンスに目を合わせてお願いすると、彼は表情を綻ばせて「失礼します」と私の髪に触れる。ドレッサーからいつも使っている目の細かい木彫りの装飾の綺麗な櫛を取り出して、簡単に梳かしていく。
綺麗に分け目を分けて、まずは綺麗に髪を整えてくれる。
「どのような髪型に致しましょうか」
「うーん……そうね」
……ツインテールってのはちょっとやっぱり恥ずかしいし……無難に行こうかな、あんまり急に髪型を変えると……こう、びっくりされるかもだし。
「ポニーテールで」
「……承知しました。リボンは普段使いのもので構いませんか?」
「うん、お願い」
いちばん簡単だし、これなら、ヴィンスと私の間に相違があって妙な髪型になる事もないだろうと思い選択した。ヴィンスは慣れた手つきで私の髪を結い始める。
……美容師さんにやってもらってるみたい。すごいなんか……他人に髪を触られるのって心地いいよね。
強く引っ張られるような事もなく、程よい力加減で眠くなってしまいそうだ。
しばらく、ウトウトしつつ、ポニーテールにしては長いなと考えながら、手元のレースのふんだんに着いているリボンをいじっていると、ぽんと肩を叩かれる。
ハッとして顔を開ければ、ふんわりした愛らしいウェーブの髪のポニーテールが出来上がっていた。
横髪もふわふわっとしていてなんともオシャレだ。
「いかがでしょうか?」
「……い、いつの間に」
「?」
「いや、すごい可愛い」
「ありがとうございます。少しクラリス様のお好きだった縦巻きも入れてみましたお似合いですよ」
……あ、あぁ、そうか。そりゃ似合うよね。
言われて納得する。クルクルと少し子供っぽいカールの上品な金髪、碧眼がより映えるようで何とも悪役令嬢らしい。
頭を動かして髪を揺らして見れば窓から差し込む光にツヤツヤとした質のいいブロンドが光を孕んでいるようでとても美しかった。
……今度の個人戦はこれで決まりだね。
いつもの紫色のリボンが頭の上にちょんと乗っていて、少し幼い印象だが、それでもそれも私の悪役令嬢っぷりをあげているように感じてフンッと強気に笑ってみる。
「いいね!すごくいいっ、ありがとう」
「喜んでいただけて何よりですクレア……そろそろ学園に向かわれますか?」
「ん、……ああ」
言われて時間を確認するともうそんな時間だった事に気がつく、ヴィンスを振り返るのと同時にノックの音が響く。
ヴィンスが扉を開けると、そこにはララの姿があって、部屋に通して貰って、私も制服のジャケットを羽織った。
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