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新章開幕……? 8
しおりを挟む指を刺されたヴィンスと、ヴィンスと話をしていたサディアスは、こちらに気が付き、近づいてくる。
「あぁ、ちょうど良かったねぇ。ヴィンス、クレアがベタベタ触るなと私に言うんだ、彼女が言えたことでは無いと思わないかね」
「……」
ヴィンスは私と彼を見比べて、人好きのする笑顔を浮かべる。
「クレアが言えたことかどうかは問題ではなく、私は貴方様が私の主に触れる事は、そもそも許し難い行為なのですが」
「そうか?仕方ないだろうクレアは愛らしい小動物のような生き物だ、傍によれば撫でるくらいはするだろう」
「では、そちらのお二方にはどう言った理由でお戯れになっていらっしゃるのですか?」
「普段から、私を支えてくれているからなぁ、ほんの少しのコミュニケーション、スキンシップのつもりだよ。もちろん、これ以上を許してくれるのなら、いつでも答えるがね」
コミュニケーションで、恋人距離感のスキンシップってどういう事なんだろう。確かに彼は、身長が高くて身分も高くて、色男だが。私個人では普通の距離感でお願いしたい。
……こういう人なんて言うんだっけ?博愛主義者?それとも無類の女好き?節操無し?
彼の返答にヴィンスは表情を崩さずに答える。
「左様でございますか、愛情も感謝も示す方法は人それぞれですが、示される相手も、その相手のそばにいる人間も不快になるようなコミュケーションはお控えくださいませ」
「ふっ、君は随分と硬いことをいうなぁ。そう敵意を向けられると、君の主を奪い取ってしまいたくなってしまうよ」
「…………それは、困りますね」
ふとヴィンスは間を置いて、彼の方へと一歩、歩みを進めた。それから彼を少し見上げて、首をコテンと傾げる。
「私ではダメでしょうか?」
……何が?!
どういう会話だこれ。ヴィンスの柔らかくて、誘惑するような雰囲気に私は混乱しつつクリスティアンの反応を見る。
彼は何かを本気で受け取ったらしく、ヴィンスの頬に触れた。
前言撤回、無類の女性好きではなく、ただの節操無しだ。
「構わない……よく見れば君も、まるで凛と咲くのゆりのように美しいなぁ」
……何が、構わないの?!どういうこと?!
え?なに?ふざけてるの?
「はぁ……やめろ!君らの会話は洒落にならない」
「ふふ、サディアス様。冗談ですよ」
「ああ、冗談でなくても私は構わなかったというのに……ヴィンス」
「……私も構いませんが、サディアス様に怒られてしまうので冗談ということにして置いてください」
「そうか……運命は私達を引き裂くのだな……甘んじて受け入れよう」
歯の浮くようなセリフを言って、クリスティアンは目を伏せる。その表情は物憂げで、様になっているがヴィンスは、いつもと変わらない表情だ。
最近は本当に言動が自由で、嬉しいのでが、またにこうしてヒヤヒヤすることをするのだ。私の肝が冷えるのでやめて欲しい。
「クリスティアン、ヴィンスに手を出したら私、許さないから覚えといて」
ヴィンスを私の方に引っ張り戻しながら言うと、クリスティアンはさらに落ち込んだような表情をする。
そんな顔には騙されないよ、まったく。こういう好色的な人はローレンスだけで十分だ。対応するのに普通の人の数倍労力を使う。
「クレアは心配症ですね。大丈夫ですよ。私はクリスティアン様に負けることはありませんから」
「……そういう問題じゃないの」
「そうですか、失礼いたしました」
謝りつつもなんだかヴィンスは、いつもより楽しげだ。その小悪魔的な反応も、とても悪くないし、なんなら愛らしいと思うが、頭を撫でるのは躊躇してしまう。
……流石に、はべらせてるって思われるのは嫌だしね。
私がグッと拳を握ると、会話に入ってきたサディアスは、クリスティアンとイチャイチャするミアとアイリのことを気にも止めずに、真面目な話をし始める。
「クリスティアン、言われていた馬車の手配は済んでいるが、君は荷物をまとめ終わっているのか?」
「まったくだが何か問題があるのかな」
「……ないと思うのなら構わない。俺は君を置いて帰るからな」
「サディアス、君は優しさが足りない。だから、恋慕を寄せるばかりで愛されないのだよ」
クリスティアンは、心底憐れむような表情でそう言う。それにサディアスはカチンと来たのか、眉をしかめる。
「ミア、アイリ、君たちも早く帰宅の準備に入った方がいい、ほかのチームメイトはもう出発しているんだろう?」
「……うーん、そうする?ミア」
「そうだね……その方がいいかもアイリ」
二人はあっさりと、サディアスの言葉を受け入れて、クリスティアンの手元から離れる。
「じゃあね、クリス、またお休み明けに」
「お手紙書くからね、クリス。行こうかアイリ」
「うん、ミア」
そう言って、二人は仲良く去っていく。あれだけベタベタしていても、去る時は割とドライだ。これはこれで、悪くない関係なのかもと思った。
クリスティアンも二人が見えなくなるまで手を振って、それからサディアスに向き直る。
彼女たちが居ないと、彼は少し華が薄くなるような気がした。
「…………あぁ、彼女たちを私の邸宅に招待しておけばよかった」
「いい加減にしてやれ。君はただでさえ身分が高いという自覚はないのか」
「あるが……あるさ、そんなもの、でも誘わずには居られないだろう、なぁ、サディアス君も───
「黙ってくれ、部屋に戻って荷物をまとめるぞ。クレア、ヴィンス、俺達もここで失礼する。くれぐれも休み中に問題を起こすなよ」
「……うん」
「承知いたしました。よい休日を」
「ありがとう、行ってくるな」
そう言って、サディアスは私の頭をぽんと撫でた。
さっきからの反応と、クリスティアンの言葉的に、もしかするとサディアスには、想い人がいるのかもしれないと思ったけれど、こういうことを誰にでもするから、それが実らないのかなとも思う。
……まぁ、それをわざわざ言ってあげるほど、私もできた人間じゃないけど。
だって、サディアスに恋人ができるなんて寂しいし。
クリスティアンを引きずるようにして去っていくサディアスの背中を見送って、ヴィンスと私は顔を見合わせた。
いつの間にかクラスの人たちも帰省の準備や出発で教室からいなくなってしまっている。
私は再度机に座り直して、顎を乗せた。
「……クレア」
「なぁに」
「寂しいですね」
「………………うん」
ヴィンスにだけだったら、素直に返事ができた。始まったばかりの夏休みだが、早く終わったら良いな、なんて思ってしまった。
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