悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

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新章開幕……? 6

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 気になって彼らに視線を移すと、ヴィンスはもう一度「メルキシスタ原産……」とつぶやく。彼にしては珍しい反応だ。

「チェルシー、そんな貴重な物を取り置きしているなんて、貴族層に聞かれたら言いがかりを付けられるぞ。土産にするなら内緒でな」
「貴重なものなんですか?私はお茶をあまり飲まないのでよく分からないですが」
「貴重だぞ、寒冷地のメルキシスタには、原料となる木が極小数の存来種しか存在していない。必然的に収穫量が史上の需要を上回る、だからどれだけ大金を積んでも手に入らない事がある程の高級品だな」

 サディアスは、自分の荷物をまとめながらそう言う。説明を聞いて確かに納得だが、なぜチェルシーがそれを手に入れる事が出来るのだろう。縁者と言うだけで、ほいほい取っておいて貰えるものなんだろうか。

 ……謎だな。そもそもチェルシーのお家って何をやっている所なんだろう。

 シンシアはあまりに疑問に思わなかったようで、サディアスの答えに納得して「凄いんですね」と笑った。多分あまり貴重性は理解してないと思われる。

「……チェルシー様」
「はいっ!なんでしょうか!」
 
 サディアスの言葉を聞く前から驚いていたヴィンスは、やっと心の整理が着いたとばかりに、彼女に呼びかける。サディアスに窘められて、少ししょぼんとしていた彼女だったが元気に問いかけに答えた。

 ヴィンスは意を決したように、彼女の手を取って、ぐっと顔を近づけた。

「先程のお話……本当でしょうか?」
「お話?お茶の事ですよねっ?ほ、本当っですよ?私の家は、主に卸売りを生業にしていまして、多方面に縁者がいるのですよ……さきほど、サディアスに怒られたので内緒ですけれど」

 内緒にしなくてもいい部分まで内緒にしつつ、少し声を潜めてチェルシーは言った。

 卸売ということは、製造元と小売業者の中継役という事だろう。この学園に来る人達はある程度、平民の中でも上級のもの達しか居ないそうなので、特に珍しいという事もないような気がした。

 ……実感がないだけで、皆ちゃんといろいろな背景があるんだな。

 生きていて当たり前の事なのに、何故か今更ながらそんなことを思う。

「……チェルシー様……私……お茶には凝るほうなんです」
「え?うふふ、知っていますよっ?クレアもよく飲んでますもんね!」
「えぇ、ですから……押し付けがましいお願いになってしまい、大変恐縮なのですが……お土産、楽しみに待っていても構わないでしょうか?」

 ヴィンスはものすごく申し訳なさそうに、おずおずとそう言った。決して押し付けることのない彼のお願いに、チェルシーは瞳を輝かせる。

「はいっ!良かった、お土産が迷惑になってしまわないのであれば、私はいくらでも買ってきます!……いつもヴィンスにはお世話になっていますから」
「そんな……私の方こそ、チェルシー様の笑顔にとても助けられておりますから……お互い様です」

 すかさずヴィンスはそう言って、小首を傾げながら、笑顔を見せる。その愛らしい笑顔にチェルシーは少し頬を染めて、パッと手を離した。ついでに、サディアスがヴィンスの肩をガシッと掴んでチェルシーから引き離す。

「君は誰彼構わず、色香を振りまくな」
「なんのことでしょうか、サディアス様。貴方様のお土産も楽しみにしていますよ」
「…………君以外の者のついでに買ってきてやるが、期待はするな」
「そうですか、残念です」

 ……最近慣れてきたけど、なんだかこの二人、距離感が近いんだよな。……いいなヴィンスに気軽に接して貰えて。

 いつからだったかはよく覚えていないが、段々とヴィンスがサディアスに遠慮がなくなり、それに呼応するようにサディアスも、はっきりとものを言うようになった。

 悪くない進展の仕方だと思うが、自分が少し置いてけぼりのような気がして寂しい。

 そんな事を思いつつ、また机の傷をカリカリと弄っていると、ふと、影が差す。見上げればサディアスが少し怒ったように私を見下ろしていた。

「はぁ……それで君はいつまでそうしていじけているつもりか聞いていいか?」
「……少し眠たいだけ、昨日、夜遅かったでしょ。……だから、いじけてなんてないよ」

 机に顎を乗せたまま、そう返す。すると、ヴィンスも私のそばまで寄ってきて、しゃがんで私と同じ位置からサディアスを見上げる。

「そうですよ、サディアス様。クレアはただ少し、拗ねているだけですから」

 …………この子の私にも少し容赦が無くなったな。拗ねているといじけているでは同義じゃないか。

 観念して起き上がり、素直にサディアスを見上げる。そしてちょうどいい位置にあるヴィンスの頭を撫でつつ、口を開く。

「あのね、別に、拗ねても無い。もちろんいじけてもない」
「そうか?なら、二人に別れの挨拶ぐらいはするべきだろう」
「しようと思ってたもん」

 口調が心做しか、子供っぽくなってしまい。恥ずかしさから目を逸らし椅子から立ち上がる。
 二人で帰りの算段を話していたチェルシーとシンシアのそばまで寄る。

「……二人とも……」
「クレア、起きたんですね!授業が終わってしまって、今日帰省するのに最後に貴方とお話できないのが心残りだったんです!」

 どうやら、チェルシーには、本当に居眠りしていたと思われていたらしい。まぁ、仕方ないけど。いつもはペラペラ喋るもんね、私。

「そうなんです、ヴィンスとお土産の話をしていたんですよ。クレアは何か欲しいものはありますか?」
「う……うん、メルキシスタにはあまり詳しくないから、オススメで」
「そうですか、では、私もチェルシーのように、縁者を頼ってクレアの好きそうなものを探してみましょうか」

 シンシアは微笑んでそう言う。なんだか申し訳ない。私には用意出来るものは何も無いというのに、こちらもどこかに旅行に行けたらいいのだけど、流石にそんなわがままを言える立場では無い。

「あまり気にしないで、二人は久しぶりの家族とゆっくり過ごしておいでよ」
「……クレア……私、出来るだけ早く帰ってきますね。なんだか、貴方が心配です」
「……私もっ、どうかしましたか?休み明けの個人戦が不安なんですか?」
「そ、そんな事無いよ!私はっ、いたって元気!お休み中ヴィンスもいるし!」

 せっかく楽しいお休みなのに、私に気を回してそんな事を言わせてしまったのが、申し訳なくて、力こぶを作ってみせる。

「そうですかっ?でも、寮に人が居なくなるのは寂しくありませんか?」
「ええ、私達は体験した事ありませんけど、いつも賑やかな場所が静かだと不安になると思うんです。クレア」

 私の空元気は、意味をなしていなかったようで、力無く私は腕を下ろす。
 
 そりゃ、多分寂しいよ。とっても。



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