悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

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新章開幕……? 5

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 ブレンダ先生が滔々と話をしている。私は、それをとても退屈に思いながら聞いていた。

 開け放たれた窓からは、生暖かい風が吹き込んでいて、心地良さの欠けらも無い。ワイシャツのボタンをひとつ外して、はぁとため息を漏らす。

 ……暑い……あー、眠い。

 昨日がチームメイトと鍛錬できる最後の日だったというだけあって稽古室で長く剣を振るっていたせいだろう。未だに疲れが取れていなくて腕がだるい。

 同じ机で話を聞いているチームメイト達は私と違って、なんだかソワソワしてうんうんとブレンダ先生の話に耳を傾けていた。

 どうやら、気だるい気持ちなのは私だけのようで、クラス全体が真剣で楽しげだ。

 ……そりゃそうか。……夏休みだもんねぇ。

 眠たげな頭で考える。入学した時の事が昨日のように思い出せるのにもう夏休みなのかと。

 様々な問題も、事件もあったが何はともあれ、とにかく鍛錬鍛錬、たまに勉強を教えてまた、鍛錬の日々だった。そんな一学期ももう終わりである。私自身少しは体力がついたし、戦闘に対しても慣れたような気がするが、それだけだ。やはり、急に強くなんかなったりしない。

 相変わらず、月初めの模擬戦ではトリッキーな戦い方ばかりで、固有魔法を上手く隠しつつここまでやってきた。

 夏休みということは、やっと休息かとも、話を聞いた時に思ったのだがそれも違う。なんせ夏休み明けにはすぐに個人戦トーナメントが開催されるのだ。バッチ取得を目指せる大イベント。私だってサボったりできない。

 それでも、皆がこれ程夏休みを心待ちにするのは、帰省が許されているからだ。夏休みが始まる明日に向けて、寮内もとても慌ただしい。きっと今日も帰り支度をする子達の、アレがない、コレをやっておかなきゃ、という声で騒がしくなるだろう。

「クレア!居眠り厳禁ですよ!きちんと聞きなさい」

 ブレンダ先生に名指しで指名されて、ドキッと心臓が跳ねて、背筋を伸ばした。すると、クラスメイトがすくすくと笑う。
 
 少し恥ずかしくなりながらも「はーい」と返事をすれば先生は話を続ける。

「配布しているプリントを見てください、このブロンズバッチの夏休みには、多くの者が───

 言われてプリントを見るが、やっぱり私には関係がない事だ。

 帰省中に羽目を外して、退学になった生徒の話、バッチを紛失して再発行することになった子の話、学園から出てからの振る舞いに着いての心構えなどが記載されている。

 だからまったく私には関係がない。

 真剣に聞いているクラスメイトたちは、皆、実家に帰れることを心待ちにしているのだろう。

 ……この歳で全寮制の学校だもんね。それに……結構、心身ともに辛いこともあっただろうし。

 数ヶ月前に、私がスプラッタになった事件を思い出す。あの時には、多くの生徒が心に傷を負い、一週間休みを取ったあとも、何かとぎこちなかった。何度も模擬戦や授業を共に受けていくことで、段々と落ち着きを見せていったが、割と申し訳なく思ったのを覚えている。

 あの時は確か、何も知らない編入生三人の存在も有難かったっけね。

 今ではすっかりクラスに馴染んでいる、三人の編入生達を見る。元アイザックくんのチームには男の子、カリスタのいるチームには女の子が入ったのだが、それなりに馴染んでいる。

 ただ、その編入生の、リアちゃんの代わりに来た子だけは、女の子ばっかりのチームに男の子ひとりで割と異色のチーム編成となっている。

「最後に、必ずと言って良いほど、夏休み明けに戦闘技術の低下している者がいます!学園から自宅に帰っただけで、怠けやる気の持続をできない者を振るいにかけるための個人戦と言っても過言ではありません!」

 ……そうなんだ。それぐらい許してあげればいいのに。

「決して気を抜かず、このユグドラシル魔法学園の生徒だと言うことを常に念頭に置いて行動する事!わかりましたか?」
「はいっ」

 皆は元気よく返事を返して、先生は満足そうに、笑顔になる。

「それでは今日の授業はこれでおしまいです!各自、宿題を忘れないこと!それでは良い休日を!」

 その言葉で授業は締められ、ブレンダ先生は、教室から出ていく。彼女は割と生徒に人気が高い、それはこういったスパッとした話し方、くだらないことに時間を使わないという良さも、良い先生だと思われている要因の一つだろう。

 貰ったプリントをファイルにしまい、机に顎を乗せて、早速今日帰る予定のある、チェルシーとシンシアに目線を向ける。

 彼女達は手際よく支度をして、席を立つ。二人ともとても機嫌が良いようで、笑顔が眩しい。

「君達は、今日帰省だったな。宿題はちゃんと持ったか?まだ昼だが、土産を買って帰るなら早い方がいい、夕方になればどちらの国の門も混み合うだろう」

 サディアスは、親みたいな事を言って二人に声をかける。彼女達は、笑顔で彼に返事を返す。

「お土産の準備もバッチリです!」
「帰りの乗合馬車もきっちり、決めていますから、大丈夫です」

 学園に入学してから初めての帰省とあって二人の準備は万端のようだ。「そうか」とサディアスも緩く微笑む。いつもより気の抜けたその笑顔に、私は少しばつが悪くなって視線を逸らした。

「なんだか君達二人と、短い間でも別れるというのは不思議な気分だな。チェルシーもシンシアもブレンダが言っていた通り、羽を伸ばすのはいいが喧嘩をしたり他人に迷惑をかけるような事は無いようにな」
「心得ていますともっ!というかサディアス、貴方、一か月前から似たような事ばかり仰っていますがそれほど心配ですか?ね、シンシア」
「ふふ、そうですね。私も耳にタコができるぐらい聞きました」

 視線を逸らしても、三人の会話は聞こえてくる。私も多分十回は同じ会話を聞いたなと面白く思いつつ、机の小さな傷を爪でカリカリといじった。

「……そ、そうか?悪いな、どうしても毎日顔を合わせていると、君らが居ないと言うだけで何かやらかしていないか心配になるんだ」
「サディアスらしいですね」
「本当に」

 ふふふっと三人は笑いあって、朗らかな雰囲気が流れる。

「お二人は、メルキシスタ出身でしたよね。あちらは避暑にも丁度いいでしょうから、ゆっくりと休んできてくださいね」

 ヴィンスも会話に参加する。私もここで、夏休み前に二人に会うのが最後になってしまうので、何かを言いたいと思うのだが、何となく言葉が出てこなくて机に突っ伏したままだった。

「ええ!ありがとうございます、ヴィンス。メルキシスタのお土産を買ってくるので楽しみにしていてください!」
「そんな……お気遣いはありがたいですが、私は、お二人の夏休みの思い出話でも聞ければ十分ですから」

 お土産ではなく、土産話を所望するとは、満点の回答だと思う。

 ……ヴィンスは、人あたりの良さにセンスを感じるなぁ。

「そうですか?縁者に茶葉の卸売をしている方がいまして、メルキシスタ原産のお茶をいつくかお土産用に取り置きして貰っているのですが……」
「……!……メルキシスタ原産……」

 お茶屋さんの知り合いって事だろうか。なんだか分からないが、言い方的にメルキシスタはお茶が名産物だったりするんだろうか。


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