悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

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不眠症ってやつでは……。9

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 ローレンスが自分の部屋に帰り、私は二度寝をした、そして昼までぐっすり寝過ごした後にやっと目を覚まし、午前中の予定が潰れたのも、それもこれも、すべてあの男のせいだと思うことにして私服に着替えた。

 一応、私用で出向くので私服である。こんなフリルだらけのワンピースもこの悪役令嬢フォルムならピッタリだ。

 オシャレな洋服を着ると何となく気分も上がって、いつもより入念にお化粧をして、ヴィンスを連れて寮をでる。一応、手土産のお菓子も持ってきているが、果たしてエリアル先生は甘いものが好きだろうか?

 ブロンズ寮から少し離れた位置にある教師棟へと足を運ぶ。登録の魔法玉は一つしかないのでヴィンスと手を繋いで中に入る。

 中は学生寮と変わらないような作りであり、玄関すぐも同じようなエントランスだった。ちらほらと先生たちが居てすこし私を見るものの、登録の魔法玉を持っているからか、怒られるような事はない。特に気にも止めずに先生たちは去っていく。

「……先生の部屋、確か二階だったよね?」
「えぇ、そう聞いております」

 私が問いかけるとヴィンスは静かにそう答えて、私たちは階段を上がっていく。しかし、やはり教員のいる場所というのは緊張する。自分も精神年齢は大人なので怯える要素はないはずだが、やはりいけない事をしている気持ちになるものだ。

 私がギシギシと階段を登ってると足の間からするりと何かが、通り抜けてふわふわと階段を上がっている。

 ……!

「ック!……っ!!」

 名前で呼んではまずいと思い、咄嗟に自分の口を抑えた。私の挙動不審な行動に、すれ違おうとしていた教師が怪訝そうにこちらを見る。

 なんとか苦笑いで返して、クラリスを捕まえようと、早足で階段を登る。すると捕まる気は無いとばかりにクラリスは素早く廊下を移動していき、私は夢中になって追いかける。

 ……待って待って!絶対乱暴したりしないからっ!!

 手を伸ばす。あと少しでその優美なしっぽに手が届きそうだった。それなのに彼女は、ヒョイと持ち上げられる。

「…………先生……こ、こんにちは」
「はい…………クレア。どうぞ中へ。待ちくたびれましたよ」

 私が手を伸ばした変な姿勢でギギギッと首だけ上げて挨拶すると、彼は少し間を置いて首を傾げてから、少しだけ笑みを浮かべた。

 笑うと言っても、長い髪のせいで目元が見えない、口角が上がっているだけだ、実際はどんな感情なのかよく分からなかった。


 中へ入り、部屋のまずは大きさに驚き、それから謎の棚や道具がところ狭しと並んでいる事に次に驚いた。お話をするスペースは、一応確保されているようでソファに案内され、飲み物を出される。

 ヴィンスは先生にお菓子を渡し、隣に座ることなく私の後ろに控えた。

 先生も斜め向かいにあるソファーに腰かけて、クラリスを自分の膝に乗せた。
 相変わらず、今も魔法を使っているようだが今の声は小さい。魔法を使っていなかったら、先程の言葉も聞き取れていなかっただろう。やはり先にディックに今日伺うと伝えてもらっておいて正解だった。

 出されたお茶を飲んで、エリアル先生を見つめる。クラリスを愛猫のように撫で、それから彼女にお茶を勧める。すると彼女は、テーブルに乗ってちょこんと腰を下ろす。前足をチョンとつけてぺろぺろとお茶を飲む。そんな彼女を先生はすごく幸せそうに見つめる。

 ……何を見せられてるんだ……これ。話しかけていいの?それとも、とりあえずあちらが話を振ってくるまで待つ?

 どうしたもんかと思いながらその光景を眺めて、しばらくするとクラリスはまた先生の膝の上に戻って、そちらに器用に先生の腿に座り私の事を見上げた。

『待ちくたびれましたわ、クレア。貴方、入学してもいっこうにわたくしの元へと来ないのですもの』

 先生は懐から櫛を取り出して、クラリスの毛並みを梳く。それを仕方ないというふうにクラリスは受けながら私に言葉を続ける。

『クレアは少しおつむが足りないのね。まったく、可哀想ですわ』

 ……クラリスだ。……本当に……クラリスなんだね。
 
 挑発されているような気もするが、そんな事より彼女が猫として存在しているという事が相変わらず不思議というか衝撃的というか、なんだ。

 初対面の時からもう一ヶ月ぶりぐらいだろう。あの時は一瞬の出来事で、混乱もしていたので、あまり衝撃的ではなかったが、ある程度こちらの世界に馴染んで生活を送ってみると、このクラリスの異常性がしっかりと理解できた。

『何をほうけてらっしゃるの?コレの事だったら気にしなくて良くてよ』

 クラリスは先生の事を見上げて、その身を先生に押し付ける。言葉とは裏腹の愛情表現に、なんだか見てはいけないものを見てしまったような気になる。

 しかしコレって、先生を……まぁ、クラリスはこういう子だ。気にしなくていいと言うのならいいんだろう。

「いや……今日は先生から話があるって聞いて来ていたから……驚いて……クラリス、久しぶりだね。もう会ってくれないかもって思ってた」
 
 私が正直にそう言うと、クラリスはふと私から目をそらす。

『そうね……本当はそのつもりでしたのよ。……けれど、あの方の思惑がある以上わたくし達はやはり、貴方に接触するしかありませんわ』
「思惑?」

 気になった部分を復唱すると、クラリスはこくりと頷いた。

『まだ、把握しきれてはいないので憶測で言うことは出来ませんわ、でも、必ずあの方……ローレンス殿下はクレア、貴方を使って何かを企んでいる』
「私を……」
『そうですわ。だから、わたくしが抜けた貴方が、少しでも魔法を駆使して鍛錬を積み、簡単には利用され無い地位を手に入れるため、レッスンと助言をと思っていましたのに……随分と待たされてましたわ』

 彼女は、怒りを表情や声に出してはいないのに、なんとなく迫力があって、私は自分に非があるとわかっていたので申し訳なくなるが、私だけのせいではないと思う。

「……でも、私だって、入学して色々あってとても忙しかったし……勝手に居なくなって急に呼びだされても……」
『あら、わたくしの助言が必要ないのならかまわなくてよ』

 言い訳を言えばクラリスは、挑戦的に目を細めた。それを言われてしまえば私は逡巡の余地なく「ごめん、教えてください」と手のひらを返した。

『初めからそう素直になれば良いのよ。あぁ、その前に一つ。あの人に貴方、惚れてはダメよ』
「……もちろん」
『そう、それならかまわないわ。エリアル、彼女に色々教えてあげなさい』
「わかりました、クラリス」

 エリアル先生は、クラリスを持ち上げて、自分の鼻とクラリスの鼻を合わせて、うっとりとほほ笑む。……なんだか関係値的には、私とヴィンスのようだが、実際はどういう関係性なのだろう。



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