悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

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不眠症ってやつでは……。7

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 沸いたお湯を陶器のポットに入れる。オスカーに貰ってから、私はハーブティーに凝っている。色を楽しめたり、変わった味を堪能できたりと毎日違うものが飲めてとても楽しい。

「お茶にお砂糖入れる?」
「入れない。味なんてさほど興味もないから、どちらでもいいけれどね」
「なんだか、ローレンスって楽しみがなさそう」

 思ったままを口に出して見たが、少し失礼だったかなとも思う。
 レモンジンジャーのティーバックを入れて少し蒸らす。

 私が眠れない夜用に取っておいたんだけど……まぁいいか。

「……君ほど感受性が豊かでは無いだけだ。娯楽ぐらいは嗜んでいるよ」
「そう?じゃあ今度から、こんな眠れない夜にはそれをすればいいんじゃないの。今日は私の楽しみを一つ分けてあげるけど」
 
 私と彼のティーカップを用意して、ローレンスの向かいに私も座り、二人分のジンジャーティーを入れた。生姜は体も温まるし、ノンカフェインだし、ハチミツを入れるとさらに飲みやすい。

「ジンジャーティーだよ。体も温まるし、美味しいんだ」

 そう言って、口をつけると、ローレンスもあまり抵抗なく飲む。美味しいともなんとも言わずに、彼はソーサーにカップを戻して私を見る。

「……君は、どんな娯楽が好きかな、参考までに聞かせてくれ」
「!」
  
 ……これってとっても珍しいんじゃない?会話だ。話を振られた。妙な睦言のような言葉でもなく、脅すような言葉でもなでもなく、上下関係を植え付けるようなものでもない……会話だ。

 過剰に反応しても良くないだろうと思い、普段の生活を思い出す。

「うーん……と、長風呂する事、お茶を飲む事、美味しいものを食べる事、友達とお喋りする事、星空を眺めるのも好き、お洒落すること、お化粧する事、買い物する事……勉強もそれなりに好き」

 言葉にしていくと、どんどん自分の好きな物が出てくる。それがどれもこれも、同じくらい好きなので、考えつくだけ全部口に出してしまった。あと、今世には無いけど、カラオケに行くのも、ネイルサロンに行くのも、結構好きだ。
 暇な時間がある時は、どれをやろうか迷うし、何なら時間を作ってまで長風呂したりお化粧してみたりする。

 ……他には……と、考えていると、ローレンスはティーカップの縁をなぞりながら物憂げに少し俯いた。女の子が見れば誰でもハッとするような美しさで、一枚の絵画のようだった。

 テーブルに置いてあるランプの炎が揺らめきながら彼を照らす。柔らかい金髪が光を受けて少し煌めいているようにさえ見えた。

「すべて……私には無駄に思えるな」
「……無駄?」
「あぁ、無駄だ。そういう趣向を持つ者に付き合って、やったことはあるが総じて無駄だね。くだらない」

 本当に珍しい。彼が彼自身の事を話すなんて初めてである。他の人間に、私の娯楽が無駄だと言われたらカチンと来てしまうが、ローレンスだけは別である。

 今まで、一切見えなかった人間性が顔を出したので嬉しいぐらいだ。

 そして、無駄なのは当たり前だ。

「当たり前でしょ?必要ない事をわざわざやりたいからやる。それが好きな事だもの。他人に合わせたら無駄だよ」
「……では、君が挙げたような娯楽のすべてを他人に合わせる事ぐらいでしか、やりたくないと思う私は、一体何が楽しいのかな」
「えー、……うーん」

 ……そんなことを言われてもなぁ、困った。

 分かりっこないじゃないか。それに、そんなに他人に合わせまくって生きていたら、そうもなるだろう。

 それにだ、ローレンスは、きっと時間が無くて忙しいんじゃないだろうか?もしくは無駄が許せないぐらい、何かに切迫して生きているのでは無かろうか。

 だから、なんでもかんでも楽しくないんだ。彼の趣味趣向は分からないが、忙しくて何も楽しめない時の対処法なら私は知っている。

「忘れてくれ。そんな暇もないし、くだらないことにうつつを抜かすつもりも無いからね」

 私が言葉を発する前に、ローレンスはそう言い直し、私に笑いかける。いつの間にか彼のジンジャーティーは無くなっていて、案外美味しいと思ってくれていたのかなと思う。

 彼は向かいにいる私に手を伸ばして来て、ひと房、髪を掬い、慣れたようにその髪に口付ける。お別れの言葉でも言う気だろうと思い、私は慌てて口を開いた。

「なんでも無駄だとか、本当に必要なのかって考えてしまって、なんにも楽しく無い時は、急ぎ過ぎなんだと思うよ。……でもそれは、自分でどうにも出来ない事の方が多い。それできっと忙しい人は一人でいる時には必ず、仕事とか勉強とか、やるべきことをやっちゃう」

 彼の手を掴んで、もう一杯ジンジャーティーを注ぐ。きっと、ローレンスは部屋に戻っても、眠れない夜を無駄なく過ごすのだと思ったら、咄嗟に行動に出ていた。

「もう少しここに居たら?せめて眠たくなるまでは無駄な時間を過ごしてもいいんじゃない」

 私が掴んだ手を彼は握り返してきて、すっと指の腹で私の手のひらを撫でる。

「いて欲しいのなら、そう言ってもいいんだよ」

 ……それで、なんだか疲れている様子の貴方が休まる時間になるのなら。

「じゃあ、ここにいて、ローレンス」
「あぁ、わかった」

 ……私が望んだと思いたい……って事なのかな。やっぱりよく分からない。でも、誰だって疲れてしまうことがあるだろう。そういう時に、ゆっくり休憩できる場所というのは必要だ。

 まぁ、本当に非常識だから、深夜に勝手に部屋に入ってくるのは、やめて欲しいんだけどね。



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