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不眠症ってやつでは……。1
しおりを挟むシンシアとチェルシーは、私の手元をじっと見つめて、目を離さない。私も手元に注目されて、ぎこちなくなりながらも丸つけをしていく。
ほんの数時間前までぺけばっかりだったのに、すっかり丸と罰の割合が逆転している。
「二人ともっ!合格!これだけ出来れば、来週のテストきっといい点取れるよ」
私がそう言うと、二人はパッと顔を見合わせて、ふわっと嬉しそうに笑う。私もなんとも言えない達成感で嬉しいけれど、これがまた来月もあるのかと思うと手放しには喜べない。
「そ、それじゃあ早速行きましょうっ?!お買い物!!」
「そうですね、行きましょう。ちょうどお茶時です、喫茶にでも入りませんか?」
「いいですねっ私!良いお店を知っています!」
二人は素早く筆記用具や、教科書をしまう。私たちが楽しく準備をしていると、サディアスがこちらを向く。
「……少し、静かにしてくれ」
「……」
ヴィンスは変わらずニコニコ、サディアスはイライラだ。けれどサディアスのイライラ具合が上がっているような気がする。
気になって三人で、二人の勝負を見に行けばいつの間にか、賭けポーカーになっていた。
サディアスはカツカツと人差し指で机をノックし思考を巡らせる。そして、掛け金を上げる。
かけている金額は銅貨なので、それほど大きな金額では無いんだろう。
それに合わせてヴィンスは勝負にのり、サディアスが眉をしかめた。
「フルハウスです、サディアス様」
ヴィンスはそう言いながらパッとテーブルに自分のカードを仰向けにしてテーブルに置く。
「……」
サディアスも私たちに見えるようにか、カードをテーブルに広げた。
どちらもフルハウス、滅多に見ないが何試合もやっていればこういう事もあるだろう、問題は数位だ、サディアスのカードの数位は、クイーンのスリーカード、エースのペア。まぁ、負けることの無い役で数位である。
一方、ヴィンスはエースのスリーカードにジャックのペアだ。
ヴィンスがこの役を作り出せているのは、これがただのポーカーではなくワイルドポーカーだったからだろう。
ヴィンスのエーススリーカードにはジョーカーが含まれていた。サディアスはさらに苦い表情をして、掛け金をずいっとヴィンスへと差し出す。
「頂けません、ただの遊びだと仰られたので、ゲームをしたまでです。金銭のやり取りはできません」
「……ヴィンス、あのな。こう言うのは、貰っておいてやるのが勝った方の勤めだと俺は思うぞ」
「……」
言われたヴィンスはちらっと私の方を見た。
私が何か言ってしまうとあまり意味が無いような気がして、なんとなく目をそらす。
「……クレアは、こんな少額のやり取り、気にしないだろ。ヴィンス、貰ってくれ。また君に挑むその時に俺が気兼ねなく遊べるように」
「…………」
ヴィンスは、ものすごく困ったような顔をして、それからうるうると潤んだ瞳で私を見る。
……言わないよ、何も。これは貴方の自主性を育てるために……。
ヴィンスは、私から反応が貰えないと踏むと、傷ついた子犬のように、ふと視線を落とす。彼は割と美男子で、それでいて儚い少女のようでもある。
緑色の髪がサラリと頬に落ちて顔に影を落とす。
「……貰ってあげて、ヴィンス」
「はいっ、クレア!」
私が耐えきれず、そう言うと、三人からじとっと睨まれて、こちらが泣きたいような気分になってしまう。
……でも、可哀想なんだもん……。
寮の外に出ると、授業のない時間だからか、学園内には多くの生徒でにぎわっている。私達は、チェルシーの言っていたお店に向かって歩き始めた。
そのお店は“スマイルアタッチ”という店名で、なんだかチェーン店みたいなネーミングセンスだがその通りで、どこの魔法学校の近くに必ずと言っていいほど存在する名店らしい。
値段もリーズナブルで、学生が手を出しやすく、そして何より毎年新作が出るらしいのだ。
素晴らしい企業努力である。
今年の新作は、チームで揃いのアタッチを付けることによる戦闘力スピードの均一化ができるアイテムらしい。
その店に到着してみると、ちょうど商店街の中央部分であり、学生がたくさん集まっていた。店の近くには、ブロンズバッチが多い。
「す、すごい人だね」
「そうです!今週発売したばかりですからっ」
「……店に入れるのか?」
「入れば入れます」
シンシアがそう言いつつ、人混みの合間を塗って、グイグイと店の中に入っていく。
どうやら、人が群がっていたのは、店頭に置いてある新商品のディスプレイの方だったようで、中へと入れば混雑はしているが、それなりに買い物は出来る様子だ。
女性陣三人はなんとか入ることが出来たが、サディアスとヴィンスが人混みに押し戻されてワタワタとしていた。
「まったく、男性はこういう時に軟弱なんですからっ!ショッピングは戦いなんですよっ?」
「ふふっそうだね、ちょっと二人を引っ張ってくるよ」
私が店の外へと戻って、二人の手を引いて中へと連れて来ると、サディアスは既に、人混みに酔ったのか顔が少し青くなっていてヴィンスはニコニコしている。
「……」
「……」
二人を連れて戻ってくるとシンシアがふと、チェルシーの方を見た。そしてチェルシーが私の方を見る。それから私がサディアスと繋いでいる方の手を見た。
「……」
パッと離して見ると、チェルシーはサディアスの方を見て目が合いそうになるとふと逸らして、それから元気に笑う。
「さてっ、お買い物をしましょう?」
パチンッと手を打って、チェルシーは歩き出す。進む先は、店頭ディスプレイの裏側だ。
こちら側からだと見づらいが、形状なんかはわかる。
小さなガラスの箱に入れられた可愛らしいアタッチメントがキラキラと光を放っていた。
「今日私がここに来たのは、この新作の為なんです!この新作は今年の私たち魔法学園のブロンズバッチのためのものなんですよ!もう既に貴族の方々のチームや敏感な人はチーム揃ってつけているんです!アタッカークラスで見たんです!ね、サディアスっ」
「……あ、あぁ、そういえばそんな物が流行っているんだったな」
星の形を模したチャームで魔法玉の下部に接続することが出来るのだ。確かにチーム揃ってつけていたら、かっこいいだろう。
「それに流行りだけでは無いんですっ、注目すべきは私たちの学年の特色をよくとらえた特性ですよ!初速で勝負が決まると言ってもおかしくない私達の学年で、チーム戦で誰かが早々に脱落してしまうと敗北の危機です。出来るだけ、数の有利を相手に取られたくありません。なので能力を足りない人に分け与えて一人一人の不得意な分野を補う事が出来るんです!私達にうってつけでしょう?ね?皆でお揃いにしませんか?」
言われて見れば確かに、私のような人間にはこれがあるだけで、早々に脱落してチームのみんなに迷惑を掛けることは減るだろう。
それなら、サディアスに気苦労を掛けることも無いだろうし、ある程度ついていける。
……でもこれ、……得意分野を潰すとも取れる愚策じゃ……。
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