悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
上 下
70 / 305

倫理観……。9

しおりを挟む

 反応の仕方が分からなくて、彼の真似をして、空を一度、目線だけで見て、それから彼に視線を戻した。

「賢い君なら、私が見ていた事も、君がへりくだって望めば、私が君を少しは甘やかすのも、本来であれば、私が君に支援をするのが当たり前だと解るだろう?」
「……」
「少しは泣いて、それからまた、強がるのだと思っていた」

 ローレンスは滔々と言い募る。彼の声は耳心地がいい。

「クレア、どうした?なぜ、何も言わないのかな。君は感受性が豊かな方だろう、私に怒っても構わない。本来はあの様な行動を起こす人間が悪かろうとも、君は私に怒りをぶつけてもいい」

 口を噤む私にローレンスは、硝子玉の瞳を歪めてそう言った。
 
 …………怒ってもいいとは言うけど、怒れとは言わない。思えばこの人、大体いつも、私の自発的な言動や行動を誘ってるような気がする。

 それに本当は、割と怒っている、というか感情がぐちゃぐちゃしているんだ。キスされた唇が、気持ち悪いし、胸元だって風がすぅすぅ通って違和感がある。

 でも、キスだって、初めてじゃない。なんなら男性経験は普通にあるし、ただ、びっくりして気持ち悪くて情けなくて、それを助けられた相手に、安心しつつも最低だと思う。それから、珍しく動揺しているらしいローレンスに、ローレンスにも人間的な部分があるんだと思ったり。

 ごちゃごちゃしていて整理がつかない。

 自分の中で、どの感情に一番重きを置いているのかよく分からない。ただ、午後の授業には出なければならないし、それからローレンスにお金のことを伝えなければならなかった。

「それとも、状況が上手く理解出来ていなかったのかな?わかるかい、君は犯されそうになったんだ、非道な連中が魔法の使えない君に乱暴を働こうとしたんだよ」

 彼はまだまだ話をする。一旦諦めて帰るという選択肢は無いんだろうか。
 数日後であれば私は、一応何か、返事を返すだろう。まあ、その前に自分からローレンスになんて会いになどいかないけど。

 ……だから?

 会いにいかないってローレンスも知ってるから今に拘って話しているん……だったりして。

「恐怖で混乱しているんだったら、慰めてあげよう、私が優しくしてあげよう。君が望むならそれでも構わないな」

 蜂蜜みたいな笑顔で微笑む。
 甘ったるくて、優しくて、心地がいい声。

 鎖骨に触れた手がするりと肩まで移動する。シャツがはだけて、それは普段であれば許せない程の行為だったが、今は、羞恥心など飛んでしまって、ぼんやりと思いついたことをそのまま口にした。

「……私が貴方に興味が無いのがそんなに嫌なの?」
「……」

 彼はまた、パチパチと瞬きをする。驚いた時のこの人はとてもわかりやすい。

「存外、寂しがりなんだね。ローレンス」

 私がそういうと彼はふっと手を引っ込めた。それから一歩退く。
 好きの裏返しは無関心だって、誰の言葉だろう。

 ……王子様なのに、変な性格。

 それなら、最低なローレンスと、原作のかっこいい男主人公なかれと共通点を見つけられそうだ。
 
「私は別に貴方に、かまって欲しいとか、優しくして欲しいとか、恨まれ役になって欲しいって思わないよ」

 私は彼の手を取った。それからまた肩に触れさせる。

「慰めるとかじゃなくて、貴方が私を抱きたいの?貴方が私に怒って欲しいの?貴方……何がしたいの」

 くっと彼の手に力が入る。
 それから、ベットに押し倒されるような形で覆いかぶさられる。

「……ンッ」

 ちゅ、とリップ音がなって、唇が重なる。するのかなと考えるしかし、ローレンスはすぐに起き上がる。

「…………面白く無かった。それ以外の感情はない。人の事を簡単にわかった気にならない事だね。私は君が想像するほど浅はかな人間ではない」
「じゃあ、私の言動を待ってないでやりたいようにやったらいいじゃない」
「…………」

 私の言葉が気に触ったのか彼は、私の魔法玉を手に取って自分の物と重ねる。

「魔力、ほら、クレア?それだけ口答えが出来るのなら出せるだろう」
「ッ……いや」
「いやは無しだ。君が言ったんだ、私の思う通りに動けと、ヴィンスがどうなってもいいのか?彼が君のそばにしか居場所がないと君はわかっているんだろう?私の機嫌を取らなければ、ね、クレア」

 翡翠の瞳に光が灯って、高圧的な視線が私を睨む。

 それだけで私の魔法玉は勝手に光って、ぐつぐつと煮立った熱湯を注ぎ込まれるように、魔力が自分の中に入ってくる。前回の気持ち悪さとは違い、私が魔力を熱として認識しているからか、熱さと不快感に呻きながらシーツを握りしめる。

「ッう……うぅっ……」
「…………」

 涙で滲む視界でローレンスを見上げると、彼は怒りと少しだけ焦っているような表情をしていた。

 私の感情を弄ぶようなことばかりをしていておいて、考えている事はよく分からなかったローレンスを、少しでも乱せた事が出来たと少しだけ嬉しく思う。

 注がれる熱い魔力が、強い度数のお酒を飲んだ時の喉を焼くような心地良い感覚のように感じる。

 魔力が私の考えるような物になるような、自由な代物であるならば、もしかすると、他人の魔力も自分の認識次第でどうとでとなるのかもしれない。

 奥の方からじくじく痛かった腹がゆっくりと治っていく。
 初試合の時のような、異常に回復が早いモンスターになったような常軌を逸した回復ではなく、ゆっくりと痛み止めが効いていくように痛みが霧散していく。

 それは、苦しみはなく、体が熱に浮かされて、ふわふわとどこかへ飛んでいってしまいそうな前後不覚になってしまうような感覚だった。不意に私がローレンスに手を伸ばすと、意外にも私の手に握り返してくれる。それが、妙に嬉しかった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

処理中です...