悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
上 下
46 / 305

なんでこう毎日、忙しいかな……。11

しおりを挟む



 サディアスは私の常識的にはおかしな行動に混乱しつつも、私たちの準備ができた事を確認してすっと手をあげる。

 誰かがゴクリと唾液を飲み込む音が聞こえた気がした。それほど静かだ。多くの人がいるのに、全員が私達に集中している。
 
 決意を孕んだ鋭い視線、陽光に照らされて煌めく剣先。

 魔力をただひたすらに注ぐ。

 …………初手、最初の一瞬で勝負は決まる。ここだけだ、ここだけを凌ぐだけでいい。

 胸の中心でシャラリと音を立てる簡易魔法玉が発光しすぎて、破裂しても構わないというほど魔力を込める。

 原作での魔力の表現は水だった。ララは魔法を発動する時、自分の中のエネルギーを水のように注いで魔法を使うと言っていた。
 私の中でそれは炎の様な熱だ。我ながら、あまりらしくない発想ではあるが、思いを込めるように魔法玉に熱を込めれば、私を強くする力として反映してくれる。

 ふっ、ふっと短く呼吸をする。強く意識すると自分の中の熱の残量が分かる。まだまだ十分の一も減っていない。

 もっと。

 サディアスは私とシンシアを視線だけで一度ずつ確認する。それからふっと手を振り下ろす、その仕草が通常の動画をスロー再生した時のように映る。

 そんな中でもシンシアは通常通りの速度で私の元へと駆け出してくる。

 私は動かない。下手に剣を振るうより、受ける事を予め選んでいた。

 でも、これじゃ足りない。もっと彼女を、戦いに慣れているシンシアを見切れるぐらい、魔力を。

 目を見開いて迫ってくる彼女を凝視したまま、剣を彼女が打ち込んでくる方向と鏡合わせになるようにして一歩踏み込む。

 ギィインと耳にいたい音と手に響く衝撃で彼女の攻撃を受けられたのだと察する。一撃目を回避されたシンシアは、すぐに足を引き、また振りかぶり、斬撃を繰り出す。

 ……っ、えっと、横にっ。

 構える方向を変えると体勢が辛い。一撃目よりも威力は落ちていたが、押し切られて衝撃を受け止めきれずに数歩後退する。

  ……痛いっ、それにやっぱり怖い。

 剣を握っている手が酷く痛い。けれど務めて表情を崩さないようにする。
 これだけ世界がスローなのに、彼女はすぐに距離を詰めて私の方へと踏み込んでくる。

 女性らしく彼女の筋肉はしなやかで、大きく踏み込んだ状態でも、した方向から私の剣を薙ぎ払うように剣を振るう。
 その姿は少女ではなく、野生の獣を彷彿とさせる素早い判断と動きで瞳に灯る光が、暗闇で光る肉食獣の眼のようだった。

 ……でもっ!私だって!!

 同じ土俵に今はいる、魔力を込めろ、もっともっと熱をあげるしかない。

 魔力を強く込めると、彼女が一瞬だけスローに見えて、それでも私の体は通常通りに動く。しかし私は、彼女に剣を打ち込むことはできない。
 下からの攻撃を相殺するように斜め上から振り下ろして、また金属同士が強くぶつかり合う音をあげた。

 ……やった!っでもこれ、あとどれくらい、続くのっ、もう腕が。

 そう考えた瞬間、シンシアは少し微笑む。剣は受け止めていても、私の足と足の間に彼女の足が入り込んでいて簡単に足を払われて横転する。

 技量の差としか言いようがない一手に、私は簡単にバランスを崩す。その瞬間わけも分からず、切られる恐怖から魔力を強く込めた。

 真上から降ってくる剣を腕の力だけで受け止めるが、脇腹を蹴り上げられ、なれない打撃に涙が滲んだ。

 ……死ぬ!っていうか殺される。っ怖い!

 魔力がぐんぐん減って、熱の残量が心許なくなってくる。二つの魔法玉から溶けだす様に魔力が減っていき、それでも攻撃は止まらない。

 必死に、痛む腹を抑えながら、足りない筋肉を酷使して、剣撃を受け止めるために、ギリギリのところで魔力を強めたりして防御する。

 地面に転がって擦り傷が付き、剣先がかすって腕に切り傷をつける。

 二つの魔法玉を使っているからか、私の熱は空気に霧散するように消えている部分がある。効率が非常に悪い。

「あぐっ!!」

 左腕にシンシアの剣が届く。深く切りつけられ、パタタと血が地面に落ち土に染み込む。

 剣を片手で持って、傷口を抑えた。
 
 痛みはそれほど酷くはないが、手が震える。それでも剣は落とさない。怖くて怖くて堪らないが、私を守るものは、この剣とそれから魔力だ。自分の技術ではこの子に敵わない。

 そんな事はわかっている。初めから勝算なんてない。勝てないことなど知っている。
 
「ッ……貴方!本当に死にますよ?!」
 
 それでも、先程言った、これが誠意なのだ。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

処理中です...