悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

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早期発見って大事……。5

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 私が腰かけるとサディアスは頬や私の肩に触れて、さらに顔を青くさせる。

「本当に、君に申し訳ない、俺の体調まで気遣わせて、こんな事まで」
「別にいいよ、さすがにサディアスの顔色見てれば、変な気を起こしてないって分かるし」

 さてどうしようかな、なんとか解決してあげたいと言う気持ちはあるけれど、そんな都合よく解決出来る方法は知らない。

「クレア……クレアがこうしてここに居るという事は、王太子殿下のお目こぼしがあっての事だろう、俺に部屋に来ていることに、殿下は腹を立てたりしないだろうか」
「……無いね。安心していいと思うよ」

 私が、ローレンスに従ってることにも一応、気がついているのか。さっき伯爵家って言ってたな、長子で男の子なら爵位を継ぐんだろう。そうなれば、ローレンスの機嫌が気になるのも当たり前か。

「サディアスは元々、真面目だったり、神経質な方?」
「なんだ、急に…………真面目だとは言われるが」
「兄弟は何人?」
「弟は下に二人、妹は三人」
「わー」

 ……ガッチガチのお兄ちゃんか。すごいな。

 それでいて、こんな全寮制の学園まで来て、何故か幽閉されたはずのクラリスと一戦混じえる事になり、大怪我を負わせると。クラリスの口真似をした時すごく動揺していたし、ローレンスの事も気にしてる。

「長男とはいえ、実家から離れてこんな学園に来るのってストレスがかからない?」
「……あぁ、多少は。俺より身分が高い奴もいれば、平民も入り交じってるからな。君みたいなイレギュラーもいるし」

 ……ストレスも過多と。

 私の衝撃的なグロテスクだけではなく、彼は、家のこととか色々と大変なのかもしれない。貴族になった事はないけど、中小貴族は、中間管理職のように大変で、胃が痛くなるような事ばかりだとウェブ小説から学んでいる。

「君もわかっている通り。君はアウガスで、罪を犯した。けれどそれは君の母国メルキシスタでは賠償金を支払いはしても、それはクラリス様が、王族に嫁ぐのにふさわしい教養を持ち合わせていなかったための補填として、という名目で支払われていて、禁忌の力を操ったことは、認証されていない。……だから、バイアット家から離縁されていても、高貴な血筋を持つ君を害した俺は、メルキシスタのコーディ様にでも文句を付けられれば、一族諸共処刑だって有り得る」
「……なる、ほど」
 
 ……え、そうなの?
 私ってじゃあメルキシスタまで逃げればもしかして、ローレンスの手から逃れられる?

 幸いここは、アウガスとメルキシスタの真ん中にある魔法学園だ。弟であるバイアット公爵家のコーディなら何か手伝いをしてくれる……かも。

「俺のせいで、親や、何も知らない兄弟たちまで責任を取らされたら先祖に顔向けができない……だからあれから、ずっと君の体が心配でならないんだ。その頬が裂けていないか、腕が変な方向に曲がっていないか気になって仕方がない」

 ……そんな心配されてるのか、私。

 彼が言い募っているうちに、さっぱりドリンクが出来上がったようで、コンコンと部屋がノックされて、侍女ちゃんがレモネードを運んできた。扉の向こうには、少し心配そうに私を見つめるヴィンスの姿があった。

 大丈夫だよーと手を振って、それからサディアスに向きなおる。

「どうしたら安心できそう?付き合うよ、元はといえば私が魔法を使えなかったせいだし」

 私の体に青い顔で触れる彼にレモネードを差し出した。彼は今、飲み物が到着している事に気がついたようで、手に取って少し飲む。表情が少し緩んだ。
 私も飲んでみたが甘くてスッキリしていて、鼻に抜けるレモンの香りが心地よかった。

「魔法を使えなかった……起動が間に合わなかったということか?」
「いやぁ、多分まだ一人だと使えないんだよ。明日先生に相談するつもり。こんなんなっちゃってて」

 彼に隠す必要はないだろうと思い魔法玉を取り出す。
 中心の色がない私のそれを見て、サディアスは目を見開いた。

「こんな事になってる奴、初めて見たな……」
「やっぱりそうなんだ……困ったなぁ」
「……魔法が使えないなら、他人の治癒ができる固有能力がある人に治して貰ったんだよな」

 そういう訳では無いのだが、なんとも説明しづらい。というかそんな便利な魔法を使える人がいるなんて、この世界の固有能力というものは幅広いんだな。

「やっぱり、そういうことならクレアはあのままの可能性もあったのか……治療が早かったから……運良く綺麗に治っただけで……」

 また、サディアスの顔色が悪くなっていく。私の肩や腕を少し力を入れて握った。

「俺は……取り返しのつかない事をクレアにしてしまったんだ……」

 ……ネガティブになると、とことんって感じだな。

 なんとか安心させてあげたいけど……。

 考えていると、いい案がぱっと思い浮かぶ。でもこんなこと誰彼構わず、していいのかとも思うが……まぁ、いいか。責任感強そうな彼なら他人に吹聴して歩くなんてことしなさそうだし。

「サディアス、何か刃物ある?」
「殴ってくれとは言ったが、俺がいくら、くどいからと言って刺すのは勘弁してくれないか」 
「いや刺さないから、少し貸して」

 私が言うと、サディアスは怪訝そうな顔をしたまま立ち上がって、ふらふらと執務机から、小さなナイフを持ってくる。

「これで改善するか微妙だけど、やるだけやってみよ」

 隣に座ったサディアスにそれを握らせて、私の頬に当てる。彼の手は変わらず氷のように冷たいままだ。

「……待ってくれ」

 声も体も震えていた。私がその手をスライドさせ自分の頬を傷つけると、サディアスはそのナイフを思い切り投げ捨てた。ついでに動揺して魔法を発動したのか、赤い瞳に光が灯って炎のように揺らめいて瞳が涙に潤む。

 存外、切れ味の良いナイフだったようで、痛みは少ないが、頬から血が一筋流れている事が分かる。

 子供の頃、背の高い葉っぱで頬を切った事がある、そんな程度の傷だった。  
 しかし反射的に魔法を発動したサディアスは、どういう心情なのか、魔法玉を握りしめて、カタカタと震えている。

「サディアス」

 私が手を伸ばすとサディアスは特に抵抗をすることは無い、けれど体が強ばっていて、手のひらには汗をかいていた。

「私、さっき、一人では魔法が使えないって言ったでしょ?」
「……あ、あぁ」

 私も魔法玉を出して光らせる。彼にコアが穴あきになってしまっている事を見せつけるように、手に乗せて魔法を使った。

 傷は治らない。

「異常が起こってしまっていて、正常に発動しないんだ。だから、貴方と戦った時、負傷してしまった」

 首から外して、サディアスの手に私の魔法玉を握らせる。
 彼はごぐりと唾液を飲んで、それを受け取り、だくだく汗をかく。

「今もほら、私が魔力を込めてもサディアスが切った傷が治らない」

 魔法玉を持っていない方の手を私の傷に触れさせて、血液が肌に伸びる。サディアスの顔はさらに青くなった。私の行動が彼にどう映っているのか分からないが、可哀想なので早く楽にしてあげよう。

「でも貴方が、私の魔法を使うのを手伝ってくれれば簡単に治るの。だから、傷がつくのも問題ない。魔力を込めて」

 彼の手を強く握れば、反射的にサディアスは魔力を込めて、不快感に襲われる。目を閉じてその異物感と吐き気に奥歯を噛み締める。けれど、不快に見えないように表情には出さずにいた。

「……ほら、大丈夫でしょ?サディアス、貴方は私を傷つけたことを忘れていいし、それのせいで何か悪い事が怒るということもない」

 彼の魔力のおかげで私の魔法は発動し、魔力の光が頬を覆って、傷を治していく、その光景をサディアスは、目を見開いて穴が開いてしまいそうなほど、じっと見ていた。

 傷が完全に治りきるころには、サディアスは呼吸が落ち着いて顔色も多少マシになっている。けれども、疲れ切っている様子で、彼はか弱い仕草で私の頬をゆっくりと撫でた。

 その表情は、心底、愛おしいものを見るような顔つきで、私はあははと軽い笑顔を返す。

 ……疲れちゃったんだろうな。

「大丈夫だよ、安心してね」

 私の頬に触れる手を包み込んで、体温を移す。
 しばらく放心状態の彼に付き合い、ポジティブな言葉をかけ続けた。



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