悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
上 下
25 / 305

そういうタイプの化け物か……。5

しおりを挟む



「……」
「……」

 吟味するような視線に耐えられなくなって、ふるふるとかぶりを振った。

「使えないのよっ!私じゃダメって事!ローレンスはっ……、察してるんでしょ?!」

 痛みを堪えて声をあげる。私をクラリスと区別する彼は、中身が違うと言うことに気がついているはずだ、そして中心の欠けた魔法玉。きっとそういう事なんだろう。

 それじゃあどうなる?私は魔法使いにはなれない、きっと落第だ。ローレンスは私を処刑する?まだ死にたくない、死んでいい時なんかないけど、まだっ、こっちに来たばかりだ、でもこの世界で生きるすべも分からないし逃げ出すことだってきっとできない。

 初手が詰みの状態で、ローレンスの一手でギリギリ生かされている状況だ。こんな欠陥があるとわかったから……。

 先程の夢で見た死の光景を思い出して、胃がキリキリといたんだ。ストレスで胃潰瘍になりそう。

 私の痛みと死に対する恐怖で不細工に歪ませた顔を見て、ローレンスは黙り込んで、それから顔を逸らし、はぁとため息をついた。

「命乞いでもしてみたらどうかな?」

 取り繕った笑顔で、そんな事を言うものだから、さらに彼の人間性が信用ならなくなって、本当に落第からの処刑コースまっしぐらのように思えた。

 それでもこんな、人として大切なものが欠如しているような人間に媚びる気になれなくて、ブンブンと首を振って否定する。

「目的とは関係ないのだけど、少し気分がいいな。君が必死に願うなら聞いてあげるかもしれない」

 さらにそう言われて、何故、機嫌を良くしたのかも分からないし、どこまでも上から目線なのも嫌になって私は口を開く。

「貴方、労るだとか、同情だとか、真剣って言葉をっ知らないの?!」
「私が君を重んじる要素がどこにあるのかな?愉快に手のひらで踊るはずだった人形の足が悪かったら、普通は直ぐにゴミ箱だよ」
「だったら、そんな人間扱いしない駒のつもりなら、……ッ、ぐ」

 大きく表情を動かしたせいで頬の切り傷が痛む、押さえるとガーゼ越しに血が滲んでいたのか手にべっとり血がついた。

 そんな玩具の人形ようなつもりで私をここまで連れてきたと言うのなら、キスしようとしたり、抱擁しようとしたりしないで欲しい、背を撫でるような事もしないで欲しい。

 私の中でそれらはすべて、大切な人にしかやらない事なのだ。だから、ローレンスへの判断がおかしくなる。『ララの魔法書!』では王子様らしく優しくて朗らか、今だって優しげで朗らかで王子らしさは消えてはいないがやっている事、言っていることはサイコパスだ。

 重なって、ぶれて、貼り付けられた笑顔で、何がローレンスなのか、まったく分からない。いっそ残酷であるだけならば、コンラットのように私を乱暴に扱えばいいのに。ぎゅっと拳を握ると、手についた血がぬるっとして、そうだったと思う。

 ……血を止めなきゃ、手にこんなについてる。

 圧迫して出血を止めようとガーゼをぎゅっと抑え込むのに、赤い液体がポタポタと落ちていく。痛みに頭が白くなっていく。自分を落ち着けるように深く呼吸をした。

 これからどうなるのか、私はどうしたらいいのか。目の前にいるこの人は一体何を考えているのか。多すぎる疑問に流れ落ちる血。涙が頬を伝ってさらに嗚咽が呼吸を邪魔して息苦しく感じる。

 ダメだとわかっていつつも、必死に酸素を取り込むように早く呼吸を繰り返す。

 もしかすると死の恐怖でパニックを起こす障害が発生しているのかもしれない。大丈夫、良くあることだ。きっと突発性のもの、時間を置けば改善するはず。

 そう、考えてもヒューヒューと酷い音を鳴らす喉と、回らなくなっていく頭。
 変に指先が冷えて震える、そしてそれが電波するように体が震え出す。

「……処刑がそれほど怖い?」

 冷静な声が聞こえて、顔を上げる。やっぱり私の状況を心配するという感情は微塵もないように思える。

 違う、死ぬのは怖い、血も今は多分とても苦手になったと思うし、怖いけれど……。

 過呼吸の理由も多分それだけど。ごくんと唾液を飲む、数秒息を止めて、吸っていた息をゆっくりと吐く。

 出来るだけゆっくりと……。

 ヴィンスの血を見た時には、こんな風にはならなかった。それはもちろん人生で一番恐ろしい死という体験をしたのだ、それを連想させるものでパニックに陥りやすいのだろう。
 でも絶対……決定打はこの人だ。

 この悪魔みたいな男のせいである。

 息を吸う時もゆっくりと、苦しいけれど少し呼吸を止めて、歯の隙間から細く吐く。

 焦って喋らず、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「怖いのは……貴方……こんなに酷い人、初めてあった……クラリスの言ってた通りね、本当に……嫌な、人」
「クラリスが……か」
 
 私の言葉に意味ありげにローレンスは笑う。言ってしまってから私は、言ってはいけない事だったはずだと気が付いた。クラリスはローレンスに対して、好意的な感情を抱いていると思わせるようにしていた。それなのに、そんな風に言っていたなんて、知られるのはまずいだろう。

 けれどもこれ以上何も言う気は起きなくて、猛烈な眠気がやってきた。痛みも酷い、ものすごく疲れた。

「今は、そこまで問い詰めるのは、やめてあげるよ…………私は、これだけ接しているが、君の望む私というものが一向に見えないな」

 うとうとしつつ、ベットの柵に体を預けた。

「優しい王子、憎むべき相手、媚びを売るべき目上、秘密を共有する愛人?どれでも私を当てはめて、君の好きに私を思い描けばいいだろう?」

 ローレンスの目は翡翠色だ、神秘的だがその目には、何も感情が宿らない。私の魔法玉の真ん中みたいな、何も移さないガラス玉のようなのだ。

「怖い人とは、なんだろうね、クレア」

 ふとした問いが、心からの真剣な言葉に思えて、ぞくと背筋が寒くなる。そりゃ、誰だって、相手の事なんか分からないから、どんな人かを想像して当てはめる。

 でも、そのあてはめられた人物像なんて、本人には関係は無いはずだ。他人が自分をどう定義していようと私は私、自分が何者かは自分で決めるのだ。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

処理中です...