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すでに詰んでる……。7

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「ララと私が仲睦まじいのは、君も思う所があるだろう?」
「いいえ、恋人になったのなら、痴話げんかしてようが仲良くしていようが、何も思いませんが」
「……」

 何度、同じような質問をするつもりなんだこの人。もういいじゃないか、クラリスは吹っ切れたという事で。

 私がそんなことを心で思っていると、ローレンスは私の顔を覗き込んで頬に触れた、先程コンラットに打たれたところに手が触れてピリピリと痛む。

 何がしたいんだと疑問に思いつつ、私も彼を見つめ返す。

 本当に整った顔だ。シミ一つない玉のような肌に、薄い唇。ガラス玉の瞳の奥で彼は何を考えているんだろう。

「君に処刑話が上がっている」
「……もう、死ぬのはごめんですね」

 なんと言っていいのか分からずに、意味は伝わらないだろうと思いながらもそう口にする。
 でも心からの言葉だ、あんなに寒くて虚しい思いはもうしたくない。

「先日、来た時にも伝えたが、権利は私が握っている。君がもし……君が害したララへの執着を捨て、私に付き従うのなら側室としての地位を与えることを考えている。私に仕える条件として、魔法使いの資格は取得してもらうがそれも、特に問題はないだろう。君には長年、共にいた情がある、離宮で余生を過ごすなら誰も咎めることはなかろう」
「……」

 ……ええと、つまり、この真っ暗な谷の幽閉から、王宮での幽閉にシフトチェンジと言う提案か。

 側室……側室か。そうか、私が選択をしなければならないのか。

 いい話なのか、なんなのかあまり良く分からない、でも、日が当たらないと体調不良の原因にもなると聞いたことがあるし……。
 ちらとヴィンスの方へと視線を移動する、彼は私を心配そうに見つめていた。

 その私の視線の意味に気がついたのか、ローレンスは試すように言う。

「そこの従者に全ての罪を被せて処刑するけど問題はないよ」
「……」

 考えが読まれていたのかと思うような言葉に、クラリスの怖い人という言葉がすぐに浮かんだ。
 
「ただ、この案は、どうやら今の人が変わったような“君”には魅力的ではないようだ」

 ……さらに確信的なことを言われた気がして、体がビクッと反応する、手が触れているので私の反応は丸わかりだろう。

「ふっ……」

 ほんの少しだけ面白そうにローレンスは笑った。
 
「そうだね……では、別人として私の駒になるというのは?」

 駒?……嫌な言い方だな。

「君は公爵令嬢ではなく、まったくの別人として生きるなんてどうだろう?その場合、君が禁忌を犯すとほどに嫌っていた、ただの平民の女になるけれど」

 ……首が疲れてきたので、ふいっと顔をそらして彼の手を離れる。状態を確認、出来ればいいのだろうと思って片手で彼の手を握った。
 その軽い仕草にローレンスは、少し身を固くしたような気がしたが、手を握っているだけなので彼の感情の機微は分からない。

 私が決めるべき事なのか……きっとそうなんだろう。提示された選択肢は二つ、どちらともクラリスという私に取ってメリットデメリットがある。

 後者はきっとローレンスが今考えたものだろう。私の言動を見て、何かを察しているような雰囲気があった。

 前者の方は、もちろんヴィンスを見捨てるという選択肢などは無い。クラリスのさっきの言葉を聞いて、彼は、原作でのクライマックスの騒動に何も知らずに巻き込まれてしまったのだと知ってしまった。そんなとばっちりを食らっただけの、少年をみすみす、処刑台に送るなんてできるわけがない。

 それに側室というのも私に務まるか微妙だ。王室とかそういう知識は全くない。『ララの魔法書!』では、舞台は学校だったし、子供で慇懃無礼な態度が許される空気感があった。

 ただ王城となると、そうはいかないというのは想像に難くない。

 そうなると後者の選択肢が残る。処刑を回避するために、彼の駒なる事で救ってくれると言うのなら、名前を捨てることは特に問題ないだろう。それにクラリスは猫になったのだ。私は別名を名乗った方が区別できるし。

「駒になる場合にはユグドラシル魔法学園を卒業して魔法使いになってもらう、仕事はそれからだね」

 ……ユグドラシル…………あぁー、原作で一度か二度登場していた魔法使いの育成学校だったかな……確か。

「そう悩む時間はない、コンラットが外で待っているんだ。答えはもう出ているんだろう?」
「……」

 言われて、確かにその通りだと頷こうと思ったけれど、何か引っかかる。

 前世の私がこのまま流されていいのか?と警鐘を鳴らす。なぜなら私は成り行きに任せすぎて家にウォーターサーバーが三台あったのだ。

 男に言いくるめられて都合のいい女をやっていた回数は、もはや覚えていない。そのたびに出会うタイミングが悪かっただけだと、自分に言い聞かせて、生きてきた。仕事も私の手柄を譲ることがままあった。だから、万年平社員だったのだ。

 ぼやかされた契約内容に、いくつものプランを説明され、最終的にはこちらが良いと思ったものを選んだつもりになるが、結局、多額の違約金が発生する癖にサービスはずさんとか。
 そういう年間契約のものを私は何度、掴まされてきた事か。

 こういう時はだいたい、相手に都合が悪いことをハッキリさせることが解決の糸口とネットニュースで読んだきがする。

 いつか実践しようと思っていたけれどその時は前世では来なかった、しかし、今世の今がそのいつかだろう。

「駒という役職の具体的な業務内容は?」
「……」
「給与、福利厚生、休日、家賃手当などの状況は?」
 
 私が重ねて聞くとローレンスは、僅かに沈黙する。見上げると貼り付けたような笑顔にゾッと寒気がした。

「君は、その情報を開示しろと私に命令できる立場かな」

 もっともな切り返しに必死で頭を回転させる。
 
「っ、それはごもっとですけど、ヴィンスもいるし、生活の保証があるのと無いのじゃ心構えが違うというか……」
 
 ……顔、こっわ。

 何か言わなきゃと言葉を続けるけれど、目が回りそうだ。

「わた、私だって、安定した生活が欲しいのだし、使い捨てにされたら、ここで幽閉されているよりも悲惨な事になるかもしれないじゃない?あ、そういう意味だと魔法使いになれば仕事には困らないものなのだっけ?」

 そういえば、両方の選択肢の中に共通点があった。前者は、ローレンスの情によって側室となるクラリスという名前は保持。後者は、全く別人となってローレンスの使い勝手の良い庶民になる。
 その両方に魔法使いになるという最低条件がある。

 もしかして……それが狙いだったりして。




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