悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

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すでに詰んでる……。4

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 ローレンスはコンラットの言葉を否定せず、そのガラスのように何も移していない瞳でただ私を観察している。

「お前、あれからララがどれだけ気を揉んだかわかっているか?彼女は、お前のような下衆な女が手を出していい人では無いんだっ!!」
「っ」
 
 剣を構えたまま、コンラットはこちらへと歩みを進めて、それに反応するようにヴィンスが小さく息をのんだ音が聞こえる。
 彼が大きな刃物をこちらに向けていることは、私も確かに怖くて少し後ろに身を引く。

「そうだ、お前は罪人、国の禁忌を犯したんだ。殿下がわざわざここまでいらっしゃったんだ、惨めに減刑を願いすがって跪け」

 コンラットはさっきまでララ、ララと言っていたのに最終的に、取り繕ったように、私の罪のことを引き合いに出してくる。

 むき出しの刀身が私の肩にとん、と触れた。

 ……っ、どうするのが正解だろう。ヴィンスは、こうして私が詰られるのをわかっていたから庇おうとしたんだ。

 正直、跪くぐらいなら私は、なんの問題も無いけれど、クラリスはそんな事しないタイプだったと記憶している。
 でも、王子への嫉妬に狂って罪を犯すぐらいなのだから、泣いて縋るぐらいの事はするんだろうか。

「クラリス、意地を張っても良いことは無い。私はそういった君の頑な部分を良く思わない。意味は解るな」

 すぐに、答えを出せずに固まる私に、ローレンスは笑顔から真顔になりながらいう。
 
 ……あぁ、この人も自分では言わないけれどコンラットと同意見なのか。恭順を示せと。

「……」
「君にはララのような愛らしさが足りなかった。そうは考えられないのか、私に愛されるためにどうしたら良いのか頭のいい君なら分かるだろう」

 クラリスはこんな男のどこが好きだったんだろう。言ってることがやばい。まぁ、そんなセリフでも、彼が言うと妙な納得感があるから怖いんだけど。

 それに、他人と婚約者だったクラリスを比べて発言するなんて、いかがなものだろうか。ララだって確かに魅力的な主人公だったけれど、如何せん、クラリスが可哀想だ。愛情を囮にこんなことを言われて。婚約者なのだから愛して当たり前のはずなのに。

 ……クラリスの口調どおりにだったら発言してもいいかな?でも上手くお嬢様言葉が出てくるか……。

「……君が納得できるまで、まだ時間が必要なようだね、コンラット、配給を減らすように伝えて置きなさい」
「はっ、殿下っ」
 
 私がひたすら無言だったことをローレンスは反抗と受け取ったのか食料を減らすことをわざわざ私たちに聞かせるように発言し踵をかえす。

「クラリス、君が投獄されてから、国は平和そのものだ。君の母国メルキシスタ国からも多額の賠償金が支払われたしね」
「……」
「バイアット公爵家は、君のせいで今や潰れかけ一族だ。君の妹のカティは、君の身代わりに側室にと申し入れがあったが行方不明になったそうだ」

 振り返ることもなく、多分、私を揺さぶっているのであろう情報を口にする。

「身の振り方を考えるように、賢い君ならきっと自分の立場をわきまえることが出来ると信じているよ」

 それだけ言ってローレンスは歩き出す。
 コンラットは剣を鞘へと収めて、私を軽蔑の眼差しで見やる。

「ララは心根の優しいやつなんだ!だからこれはあいつが苦しんだ分だ」
「っ……」

 そういったと思えば、手の甲で薙ぎ払うようにして私の頬を打つ。ローレンスは少しだけ振り返ってそれを流し目で確認したあと、なんて事のないように出ていった。

 ガタン……ガラガラガラガラ。

 また、大きな音が鳴りだして、それが扉の開閉音だったことに、気が付く。それと同時に、じんと頬が熱くなって、涙が滲んだ。男性に殴られることなんてそうない。突然の事に驚いたのと、純粋な痛みで震える手で打たれた頬を、庇うように抑える。

 結局、彼らは言いたいことだけ言って去っていった。



 
 濡れタオルで頬を冷やす。いくら考えても、先程の二人への返答の正解が分からない。
 
 ヴィンスは、私のことが心配で仕方が無いのか、不安な目をしたまま隣に座って今にも泣き出しそうになっている。

 『ララの魔法書!』では、確かにちゃんとローレンスとララはカップルになっていた。キスもしていた。クラリスという恋の障害が自分から失脚し、隔てるものが何もなくなった二人は愛し合ってハッピーエンドを迎えているはず。それなのに何故、ローレンスは、愛情が欲しいなら恭順を示せといい、クラリスのもとに来るのだろう。
 ララとは破局したという事?それも違うはずだ、コンラットがしきりにララの話題を出していたし、ララとは未だに関係が続いているとみて問題は無いだろう。
 書き出して状況を整理してみる。

 では、彼はなぜここへ来るのか。服従した態度をとれと要求してきたということは、そうして、従順になったクラリスにやらせたい事でもあるというのか。しかし罪人となって地位の無くなったクラリスに何を望む?

 そしてクラリスとして私は、どう反応するべきなのだろう。

 それよりも私は、そもそもクラリスとして振る舞うべきなのか?だって当のクラリスはもう居ないのだし、私の感情を優先するべきか?
 となると、次に彼らが来たらコンラットとついでにローレンスを一発殴って、空いている後ろのドアから逃走という事になるんだが、そうなったら……この子は?

 連れていくべきなのか、それともヴィンスだけでも助けてあげて欲しいと懇願するのが私の役目なのかそれも分からない。

 うむむと首を傾げる。
 状況が複雑すぎるんだ、これだけの情報源でどうしろと……。

 書くことがなくなって紙にぐるぐると黒丸を書く。それを目にして、猫ちゃんを描いた。
 あ、そういえばあの猫ちゃんはどうしたのだろうと視線を上げるといつの間にかテーブルの上に猫ちゃんがいる。

「あっ、よかった。さっきはびっくりさせてごめんね」
「……あの、クラリス様、その猫は……」
「ペットなんじゃない?クラリスの」
「クラリス様……の」

 猫ちゃんは柔らかな肉球で私が書き込んでいたノートの上に乗って、ペンをちょいちょいっと触る。

 ヴィンスの反応に私も首を傾げて、猫ちゃんを見る。
 ヴィンスも知らないクラリスのペットなんて有り得るんだろうか。その場合この子はどこから入ってきたのだろう。

『ヴィンス、お茶を出してくださる』
「ひっ、ひぁ!」
「っえ」

 ぼんやりと考えていると、猫ちゃんはパッとこちらを向いて流暢に喋った。

 途端にヴィンスは、ガタンと椅子を蹴飛ばすように立ち上がって私を庇うように移動する。

「クラ、クラリス様っ!バケモノですっ、逃げなければ!」

 あ、そうか、この世界ファンタジーだったけれど、動物は喋らないんだっけ。

 それを思い出すと、さあっと血の気が引いてきた。
 確かに喋る動物なんて化け物だ、そう思い立ち上がろうと机に両手をついたとき、私はハッと思い出した。

「貴方っ、もしかして……」
『……妙な心地ね、わたくしの体がわたくし以外の人間として話しかけてくるなんて。ヴィンスお茶をくださる?』
「も、もしかして…………クラリス?」
「っ!?」

 ヴィンスはとても理解できないとばかりに驚いて、それから、パチパチと少し瞬きをして、長考してそれから、パタパタと走り去っていき、お茶を持って戻ってくる。それから彼女の前に差し出した。

『ありがとう』
「……はい、クラリス様っ」

 慣れたやり取りだったのか、返したヴィンスの表情にはもう脅えの色はない。

 クラリスが事実上、二人居るということは特に気にならないらしく、私にも同じようにお茶を出す。

「どうぞ、クラリス様」
「う、うーん?ありがと……?」
『どうぞかけて、貴方もクラリスなのだから、わたくしと同じテーブルに付く権利はありましてよ』
「は、はぁ」

 生返事を返して、座り直す。
 どう見ても猫ちゃんだ、彼女はぺろぺろと自分の前足を舐めて毛づくろいをし始める。私はそんな姿をただただ眺めた。



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