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すでに詰んでる……。2
しおりを挟むネット小説でよく見るように、悪役令嬢に生まれ変わったほうが、まだ受け入れやすかっただろう。せめて転生してくれた方が幾分マシだ。
だって悪役令嬢ものっていうのは、悪役令嬢にならないように色々と頑張るのが醍醐味なのであって、原作物語が始まる時には、既にだいたい成り代わっていたり、前世の記憶を思い出しているものだ。
「っ……はぁー」
出遅れた、とでも言うべきか。はたまたタイミングが悪いと言うのか。
既に手遅れ、詰みだ。
食料の配給ってそういう事ね。
……いや、納得は出来ないけど、なんで私はいつもこうなんだろうなぁ。
いつも間が悪いと言うか、上手く物事が回らないというか。そのせいで、毎度、色々なタイミングを逃して万年平社員、独身を寂しく謳歌していたのだ。
今際の際の何者かになりたいと言う気持ちは、ずっと心にあったのに、いつだって実践できずにいた。
「……クラリス様」
私が頭を抱えてガックシというポーズを取っていると、ヴィンスが床に膝をついて、私を見上げる。
「いつでも私は、そばにおります」
懇願するようなその視線と言葉に、私は瞳をぱちぱちと瞬かせる。
「ここへ送られても、貴方様はまだ成人の十六歳にもならないのにご立派でした」
慰めてくれるつもりなのだろうか、彼は至って平静を装ってそう言った。
……そうか……十六……。児童向けの書籍だけあって、確かに『ララの魔法書!』の舞台は小学校と中学校の間のような魔法学校だった。
……あぁ、クラリスはこんな若いうちから、確かに可哀想だ。でも、確か従者のヴィンスも同じ歳の設定でクラリスと共に、同じクラスに居たんじゃなかったかな。
ということは彼も、同じ十五歳……見たところ、彼以外に従者は居ないようだし、なんならヴィンスも、共犯とみなされてこうして幽閉されてるのだ。
この子はどう思っていたか分からないけれど、犯罪者として閉じ込められるなんて不安だろう。
心配かけちゃダメだな。こんな歳の子供の心労を増やすわけにはいかない。一通り心の整理をつけてまた、ふぅ、とため息をついた。
「ですが、気負う事はありません、ここには私しかおりませんので、お気持ちを吐露されても誰も聞き咎める者はいないでしょう。お辛い生活を変えることが出来ず、大変申し訳ございません」
言い募る彼は、心の底から申し訳なさそうに、でも私を安心させるように手を取る。
まだ、年端のいかない子供であるはずなのに、とても言葉使いが綺麗で主を思いやれる良い従者と言うやつなんだろうと思う。
この優しさは、クラリスに向けられたもののはずだ、今の私じゃないんだとわかっていつつも、低い位置にある彼の頭を撫でる。
さらりとしている深緑の髪は、男の子にしては長髪で撫でやすい。
「……クラリス様?」
「あー……色々混乱しているけど、そんなに辛くはないみたい、ヴィンスが居てくれたおかげ……かな?」
「……左様ですか」
クラリスの言葉として、おかしく無いような事だけを言う。
一応、嘘は言っていない、彼がこうしてここに居てくれたおかげで、私は一人でまったく何も分からず、混乱することは無かったのだから、ついでに自分より、年下がいるとこう、大人としての責任感が芽生えるというかなんというか。
「やはり、クラリス様はお強い、です」
私に頭を撫でられながら、ヴィンスは少し変な抑揚でそう言った。
俯いてしまって顔が見えないけれど、もしかすると、先程のクラリスにいい募っていた言葉は、自分にも同じことを思っていたのだろうか。
この子は、主であるクラリスがいたら、辛いなんて言えないもんね。
「ヴィンスは、辛い?同じまだ十五歳なんだから、貴方もそういう事を思うもの当たり前だよ」
あえて辛くない?とは聞かなかった。「大丈夫?」と聞くより「大丈夫じゃない?」と聞いた方が頑張りすぎている人には良い、とどこかのネットの記事で読んだ気がするので。
私が言うと、ヴィンスはこくこくと頷く。
この反応を見る限り、幽閉され始めてから、そう時間は経っていないだろう。
どうやら気合いを入れなければならない状況のようだ。
私はそう考えて、ふーっと息を吐いた。こんな状況まったくもって意味は分からない、分からないがしかし、死んだということは明確に覚えている。
だから、悪役令嬢になってしまったらしきことも一旦は受け入れよう。もう既に、詰んでいようとも、手遅れだろうとも、私の人生の続きがここにしか無いのなら、歩いていこう。
前世の悔いを晴らすために。何者かになるために。
幸い、前世のようにひとりぼっちという事にはならなさそうだし。
ヴィンスが顔をあげたので、撫でるのをやめると、少し涙の滲んだ瞳で、彼は少し恥ずかしそうに口を引き結んだまま笑ってくれた。
それから彼の用意してくれたご飯は、特に可もなく不可もなくといった感じだった。パンは保存用のためか硬かったが、スープに浸して食べれば特に問題は無い。
貴族令嬢でありながらそんな食べ方をして、とヴィンスが怒るかもと思ったが彼は少し首を傾げるだけで特に何も指摘することはなかった。
そしてとにかく現状確認が必要だ。
着ている服は、フリルのついたワンピース。これは、まあまあゴワゴワしているけれど、悪くは無い。
「ヴィンス、今って何時?」
「午後三時ごろ……ちょうどお茶時ですね」
「そう……窓の外まで真っ暗に見えるんだけど」
「暗黒の谷ですから、陽の光は一切届きません」
ほう……なるほど。暗黒の谷か。これまた安直な名前だな。『ララの魔法書!』でも一応できた気がする。
まあ、とにかく国から追い出されて、辺境の物理的に日が当たらない場所での幽閉らしい。
「もっとたくさん明かりをつけちゃダメなの?」
「……魔獣がよってきてしまいますから」
だから、腰より低い位置にしか間接照明がないのか。魔獣がなにかはよく分からないが前世の記憶からして凶暴なモンスターだと思う事にしておこう。
さて次は、と部屋の中を見渡す。
この部屋にはベット、ソファー、食事用のテーブルセット全て揃っている、それからドレッサー、大きな姿見まである。その姿見に一瞬私と、ヴィンス以外の誰かが写ったような気がして、確認しようとランプを持って移動する。
けれどそこには誰もおらず、姿見には私しか写っていない。
……え、幽霊?
ふと思いついてしまった、良くない考えに頭をぶんぶんとふって追い出して別のことを考える。
犯罪者にしては豪華な牢屋だ。毎日食料も届くようだし、従者付き。
思案しながら姿見を眺め、自分の手足、体を確認して、自分の顔を見る。
……いや、化粧濃すぎだ!まだ若いんだからこんな塗ったくらなくても問題ないだろう、どおりで顔がヒリヒリ痛いわけだ。さては寝る時まで化粧しっぱなしだったな?
クラリスは存外ズボラだったらしい。
「ヴィンス、濡れタオルとか作れる?」
「はい、ただいま」
私が言うと食事のあと片付けをしていた彼は、片付けを中断して手早く準備して持ってきてくれる。それで、やさしく顔を拭っていけばクラリスの素顔が現れる。
腰まである艶やかな髪、宝石をはめ込んだような瞳に重たい睫毛、目元は少しタレ目で優しげな印象だ。
小説のビジュアルでは、ほっぺにオカメインコみたいなチークを乗せて、真っ赤な唇に、釣り上がるアイラインと紫のシャドウという如何にもな容姿で描かれていた。
あとはくるっくるの縦巻きロールね。今はほとんどストレートだけど。
それから、前髪を避けて肌の状態を確認する。少し荒れているが規則正しい生活と、食生活で改善が可能だろう。それにすっぴんの方が美人だこの子は。
歯の状態、体の動き、爪の長さなんかを確認していると、足元にとすんと何かが触れる。
視線を向けるとそれは豪奢な毛を持つ、大型の猫だった。毛色は私と全く同じ軽やかな金髪。
『にゃー』
「クラリスに懐いてるのかな?猫ちゃーん」
擦り寄ってきたので思わず抱き上げる。こんなに同じ毛色なんてすごいなと思いつつ、きっとクラリスのペットだろうと考える。
猫ちゃんは大人しく私の腕の中に収まって、ゴロゴロと喉を鳴らす。
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