指輪一つで買われた結婚。~問答無用で溺愛されてるが、身に覚えが無さすぎて怖い~

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
上 下
30 / 30

30

しおりを挟む


 エディーとティーテーブルで向かい合ってシャロンは座っていた。彼は、シャロンの付けている指輪を丁寧に外して、置いてあるクリームの蓋を外す。

「この指輪つけてるって事は、無事にユーリに渡せたんだね」
「……うん」

 頷いて返すけれど、やはりなんだか緊張してしまって、シャロンはそのまま黙り込む。彼とは別に気まずい関係でもないはずだし、最近の関係は至って良好。

 エディーはシャロンがユーリの家庭教師になりたいといった時にも、止めなかったしむしろ応援してくれている。

 彼にはまったく関係のないユーリを大切に思う事を許してくれるどころか、サポートまでしてくれるだなんて、またとない良い人だ。

 だからその分、シャロンだって彼とのコミュニケーションを大切にしたいと思っているし、本当なら色々尽くしたいのはシャロンの方なのだが、どうにもその役割を奪われがちだ。

 彼が元から距離が近くて、愛情深く、尽くすタイプなのだと分かってはいたのだが、シャロンを捨てないといったあの日から、どんどんと溺愛の度合いが増していっている。

「君たちの仲がいいみたいで俺もなんだかうれしいよ。是非今度、このクロフォード公爵家に招きたいな」
「そう、なの? 私はとてもうれしいけど、まだまだ立ち居振る舞いも他の貴族に見せられるようなものじゃないというか、なんていうか……」
「気にしないよ。それに、普通の貴族の子も経験の為に親戚の屋敷に行ってちょっとしたパーティーを開催したりするよね。でも聖女ユーリにはそういう親戚はないから、練習にするつもりで遊びに来たらいいよ」
「……」

 当たり前のようにエディーはそう提案してそれから、そばに置いたネイルクリームの瓶からひと掬い指にとってシャロンの指先に順々につけていく。

 ……ものすごく嬉しいし、正直なところ社交は場数だから、ユーリには貴族の社交相手が欲しい所だった。でも彼女はいろんな思惑を向けられすぎていて碌に社交に参加させられない。

 だからこの屋敷に遊びに来ていいならすごく助かる。助かるけど、助かり過ぎて、逆にエディーに無理させてない?

 今だって、何でか知らないが貴族の間で流行っているネイルクリームを買ってきて丁寧にエディーはシャロンの爪のケアをしている。

 これも先週から始まった習慣で、最近、料理に凝っているから手の保湿が気になるという話をした途端の事だ。

 とにかく何が言いたいかというと、最近のエディーがシャロンに甘すぎて怖い。

「まだ緊張する?」

 シャロンがぐるぐると考えながら、焦っているとエディーはそう聞いてきた。

 ……緊張するというか、変な感覚というか、クリームはすごく効いていると思うんだけど、高かったんだろうな。私の手が保湿されて良い事ってエディーにあるんだろうか。

 ポジティブを発動しようとしたが、もう意味が変わらないので素の感想が出てしまう。

 それをエディーが読んだらしく「ははっ」と軽く笑った。

「そうだね。君の事、毛艶のいい箱入りお嬢様みたいにするのが俺の当面の目標かな」

 言いつつも爪と爪の甘皮になじませていくようにエディーはクリームを塗りこんでいく。

 これはハンドクリームにもつかえる物らしく、保湿成分がたっぷりでどうこうという説明をいつだか聞いた気がする。

「それから、俺に触れられるのにも慣れさせて、飼い猫みたいにリラックスできるようにもしたいかな」

 ……な、何で?

 純粋な疑問だった。

 ところで爪を指で擦られるというのは不思議な感覚で、爪を触られる分にはそれほどくすぐったさはないのだが、爪の周りのきわを指で優しくもみほぐされながら触られると、気持ちいいんだかくぐすったいんだか分からないような感覚だ。

 ……毛艶をよくして、人慣れさせて……って、何だろう奴隷市にでも出すつもり以外は思い浮かばない。いや、待って、どうにかポジティブに……分かった。私を怠惰にして肥えさせて笑うつもりか。

 って、全然、良くない。それに流石にエディーがそんな風に考えてるわけない!

 一応、それだけは知っている。ユーリという小さな子供の為にシャロンをここに置いてくれているし、約束は破らないと思う。

 それに多少なりともシャロンの事を好きでいてくれているはずだ。それがここに置くための理由にならないだけで、彼の愛は優しくて本物だ。

 今だって、目の前にいるエディーの瞳には優しい色が混じってる。

「君を愛してるから、ね。俺、尽くしたいタイプなんだ。シャロンが幸せそうにしているのが一番俺も嬉しい」

 手のひらにゆっくりとクリームを塗り広げられて、優しく指圧するように揉みこむ。滑りが良くてぞくぞくするぐらい気持ちがいい。

 ……それは多少なりとも知ってるけど……知ってるけどっ。

「だからこうして君のいろんなケアをするのが、好きなんだよね。いつか慣れてすべてを預けてくれたらいいって思うのも自然なことだよね、シャロン」
「……う、ひっ」

 じんと響くような手のひらの一部分を強く押されて、情けない声が出た。痛いのと気持ちいいのと丁度半分ぐらいの場所をぐいぐいとほぐされると、たしかにリラックスしてしまう。
 
「はい、反対側」

 言われて差し出すとまた指先にクリームをつけられた。

「君は割と初心で擦れてないからやりがいがあるよ」
「……?」
「それで、どうしてユーリのことまで考えて俺が色々許すのかって話だっけ?」
「え、う、うん」

 そんな話していただろうかと考えると確かに、社交の練習に来ていいと彼が言っていた話を思い出す。色々、彼の言い分に対して反論をしたい気持ちだったが、こうして触られているときには分が悪い。

 いつか、そんなべた慣れの猫みたいにはならないよ、と言えばいいかと思い、頷いた。

「そうだね。……一言でいえばシャロンが大切にしてる子を俺が邪険に扱う理由は無いし、カイン王子殿下にもとても手間を取らせた。だから、そのぐらいの協力はむしろ恩を返すだけだよ」

 言われてみればまっとうな気がして、一瞬頷きかけるが、そういうわけにはいかない。元からエディーがいなければシャロンはこうして今ここにいない。

 ……エディーに結婚してもらえて、私自身も、ユーリの心の安定の為に必要だった私が帰ってきたことによってカインも助けられてる。

 だから貸し借りなしだ。それなのに、エディーは許容しすぎている。

「そう? じゃあ、あまり言うべきじゃないかもしれないけど、俺が君と結婚できるような選択をしてくれたから、俺はシャロンと出会えた。だから、カイン王子殿下にも感謝するし、ユーリにも感謝してる、だからって事なら納得できる?」
 
 ……結婚できるような選択っていうと、婚約を破棄した話って事? 確かにそれがなければ私はエディーのそばにいない。

 でもそれだって私はただ側にいるだけだ、別に魔法による恩恵を与えているわけでもないし、何の役にも立ってない。

 それなのに……やっぱり何か企みがあるとしか思えないようなレベルの優しさっていうか。

 ……私を養ってくれてなおかつ立場を保証してくれて、きっと社交界では傷ものを娶ったと詰られたりしているはずなのに。

 考えれば考えるほど、シャロンはエディーに何もしていない。けれども、逆に害は与えてる気がする。

 そんなではいつ捨てられてもやっぱり文句言えないと思うのに、彼は、困ったように笑みを浮かべて「伝わらないね」という。

「はい、綺麗になった。……ねぇ、シャロン。俺は君が好きなものまで、無条件で好きになるぐらいシャロンを好きだよ」

 言いたいことはわかる。しかし、実際はあまりありえないというか、いくら優しい彼でもそんなことないだろう。

 丁寧にクリームの入った瓶の蓋を閉めてそれから、指輪をシャロンの指に戻す。指を絡めてつないで、自分の方へと引き寄せてから、手の甲にキスをする。

 触れる柔らかな感覚に驚いて手を引っ込めようとしたが、そうもいかない。

「今こうして世話を焼かせてくれるだけで幸せなんだから、出会えた原因に何でもしたくなっちゃうのも当然だから、ね。納得しておいてくれないと……そうだ。じゃあ条件をつけようか」

 思いついたようにエディーはそういって、どんな条件かとシャロンは首を傾げた。それにエディーは楽しそうに言う。

「手料理を食べてみたい。お菓子でも、料理でもなんでもいいよ。……いつもユーリには作ってあげているんだもんね」
「手料理……そんなことでいいの?」
「いいよ。俺にはすごくうれしい事だし、好きな人の手料理を食べられるなんて幸せだよね」
「……」

 ……好きな人の料理……。

 そうダイレクトに言われるとなんだかむず痒い気がして、本当にずっと口から甘ったるい言葉が出る彼とキスをしたら、きっと砂糖の味がすると思う。

 ……でも料理なら自信もあるし、少なくとも役に立つ。

「分かった。その交換条件でお願いします!」
「うん。……いつでもいいからね。それにどんなことでも頼ってほしい、君の事、俺は何より大切だし愛してるから」

 最後に念押しするようにそういわれて、彼の言いたいことも少しだけわかるような気がしてくる。

 エディーの愛情が海よりも深いことぐらいはシャロンだって承知している。ただ本領発揮がこの状態であって、きっと今までの問答を考えると無理はしていないのだろう。

 それならいいけれど、シャロンは他人に甘えるというのはどうしても慣れない。
 
「……うん」
 
 ……でもそう望まれるなら、頑張りたい。

 そんな風に切り替えて、頷いた。エディーの気持ちはとてもおっきくてシャロンは同じだけを返せているのか疑問があるが、それでもそうなっていけたらきっと彼も幸せだ。

 だから、少し頑張って手をつないだまま引いてきて、彼の手の甲にシャロンもチュッと口づける。

「私も……すき、です」
「あれ、何で敬語?」
「う~ん。なんとなく」

 羞恥心を捨てきれずにそう言って困り顔のまま笑みを浮かべた。まだまだ先の長い夫婦生活、彼の愛情に慣れていけたらいいと思う、今日この頃だ。



しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

祐
2024.04.19
ネタバレ含む
2024.04.19 ぽんぽこ狸

ご感想ありがとうございます。まだ王太子の身分ですからね、大目に見てやってください💦

解除

あなたにおすすめの小説

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

氷の王弟殿下から婚約破棄を突き付けられました。理由は聖女と結婚するからだそうです。

吉川一巳
恋愛
ビビは婚約者である氷の王弟イライアスが大嫌いだった。なぜなら彼は会う度にビビの化粧や服装にケチをつけてくるからだ。しかし、こんな婚約耐えられないと思っていたところ、国を揺るがす大事件が起こり、イライアスから神の国から召喚される聖女と結婚しなくてはいけなくなったから破談にしたいという申し出を受ける。内心大喜びでその話を受け入れ、そのままの勢いでビビは神官となるのだが、招かれた聖女には問題があって……。小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

白い結婚のはずでしたが、王太子の愛人に嘲笑されたので隣国へ逃げたら、そちらの王子に大切にされました

ゆる
恋愛
「王太子妃として、私はただの飾り――それなら、いっそ逃げるわ」 オデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢は、王太子アルベールの婚約者として育てられた。誰もが羨む立場のはずだったが、彼の心は愛人ミレイユに奪われ、オデットはただの“形式だけの妻”として冷遇される。 「君との結婚はただの義務だ。愛するのはミレイユだけ」 そう嘲笑う王太子と、勝ち誇る愛人。耐え忍ぶことを強いられた日々に、オデットの心は次第に冷え切っていった。だが、ある日――隣国アルヴェールの王子・レオポルドから届いた一通の書簡が、彼女の運命を大きく変える。 「もし君が望むなら、私は君を迎え入れよう」 このまま王太子妃として屈辱に耐え続けるのか。それとも、自らの人生を取り戻すのか。 オデットは決断する。――もう、アルベールの傀儡にはならない。 愛人に嘲笑われた王妃の座などまっぴらごめん! 王宮を飛び出し、隣国で新たな人生を掴み取ったオデットを待っていたのは、誠実な王子の深い愛。 冷遇された令嬢が、理不尽な白い結婚を捨てて“本当の幸せ”を手にする

幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。 学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。 しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。 挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。 パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。 そうしてついに恐れていた事態が起きた。 レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。