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 思考がうまく出来ないただ、頬と頭で感じる人肌と、エディーの優しい声だけが頭の中を支配していた。

 そして、言ってみてと言われると、考える前に口から答えが出てた。

「……辛くない、と思う」

 自分の声はどこか他人のようで手で口をふさぎたいのに、脱力してしまった体は動かない。

「それはどうして? 本当は聖女と離れられてスッキリしてたとか?」
「ちがう、出会えてうれしい、人を抱きしめると温かい事、初めて知った」「うんうん、それで」
「でも私が力ない人間だって事も知った。何もない、無力な人間だって」

 声が震えている、しかし逆らえずに続ける。

「嬉しくて悲しいの、愛していたのにそれだけではいられないの、私は、醜い人間だっ、あ、っ、え、でぃー、止めてっ」

 涙がこぼれる。泣きたくない。悲しむ資格もないし、悲しんで立ち直れるとも思えない。

 何かがおかしいのはエディーのせいだろう。自分の意志ではない。そういうタイプの人間ではないし、シャロンは何を言える資格もないのだ。

「あれ、結構抵抗するね。泣くとスッキリするよ」
「ぅ、っ……っ、はぁっ、ぅ」
「それに、俺が無理やり泣かせてるんじゃないよ。これは君がごまかした分の涙、君の思いだよ。ちゃんと受け止めないとそのうち感情が壊れちゃうからね」
「っひ、ぅ……」
「いくらでも泣いていいよ。慰めてあげる。君はすごく頑張ったって証拠だから……シャロン、愛してるよ」

 囁かれる愛の言葉はとても耳障りがいい、しかし、如何せん強引すぎるだろう。

 エディーの言っていることが正しいのだとしても、惨めだ。もう元に戻れなかったらどうしてくれると思う。

 しかしそんな思考も頭の奥がじーんと痺れてうまくまとまらない。とめどなく涙はこぼれて、彼の腿に涙をこぼした。

 何が正しいのかわからない。でも、泣いても心細くない、愛ゆえというのがわかるようにずっと頭を撫でられているから辛いだけでもない。

 彼の事を恨めしく思いながらも、愛してくれていることを嬉しく思うという、奇妙な体験をしながら泣き疲れてシャロンは眠りについたのだった。


 翌日、目を覚ますといつもの自室で、眠ってしまう前の事を思い出す。泣きすぎて頭が痛いのを感じつつも、着替えをして朝食を食べてエディーの元へと向かった。

 エディーはなんてこともない顔でシャロンに声をかけた。

「おはようシャロン。言ってあったと思うけど、今日は周辺領地の貴族と会食があるから屋敷を開けるよ」
「……」
「夜までには帰ってくる予定だけど遅れるかもしれないから、先に食事をとっていてくれる?」

 ジャケットを羽織りつつ、エディーはそう言っていて、一応頷いて彼の言っていることを了承したが、シャロンはそれ以前に話をしたかった。

 昨日の事をスルーすることは出来ない。同じ大人としてあんな姿を見せてそのままというわけにもいかないし、それに、反則があったと思う。

「昨日……私に黒魔法を使ったでしょ」
「使ったね」

 指摘すると彼は難なく認めた。魔法道具を使ったのかそれとも、そうではない自分の魔術なのかはわからなかったが、魔力の多い彼にそうされるとシャロンは抵抗できない。

 だから反則だったと思う。普通の大人として関係を持っているのに、勝手に操って中身を見るのはひどいと思う。

「シャロンが言いたいことはなんとなくわかるけど……俺はやめないよ」
「……どうして?」

 書類の準備をしていたエディーは一度支度を止めてシャロンの元へとやってきた。

 それから、少し責めるようにシャロンを見つめる。彼にそんな風に怒られるようなことをシャロンはしていないと思うし、自分なりに頑張っている。

 それでもやっぱり非難の目線を向けられるのは怖かった。

「色々と押し殺しているのが君の生い立ちのせいなのか、俺だからなのか分からない。でも、その君の感情は君自身かそれ以外の人間が受け止めてやるべき感情だよね」
「……」
「けれど、それを君はしないし、辛くても我慢している自覚もなしに我慢しているように見える。なら、俺は君の結婚を買ったのだから、君のケアをするのも俺の責任」

 少し怖い声で、言われて、シャロンは視線を伏せた。しかし、手を取られて抱き寄せられると、責任といいつつもそれが愛情からくる責任だと感じてやっているのだとわかる。

 シャロンは今、優しくされているらしい。

「愛しているから、大切にしたい。君が何も取り繕わなくてもいいようにしてあげたい。でも根本からの解決は出来ないからね。せめて吐き出してほしいっていう気持ちを譲る気はない」

 優しくすることは出来ても、優しくされ方などシャロンには分からない。きつく抱きしめてくれるその手が、きっとシャロンを傷つけたりしないのだとわかっているのに上手くできない。

 ただでさえ信用できない部分がある人であり、信用出来たら上手く甘えられるのかと問われるとそれもまた難しいのだが、とにかく今は、信用ならない。

 ただ、押し返すこともできない。心地いいと知ってしまったら、彼が好きだと思ってしまう。こんなにされたことも人生で一度もない。

「シャロン」

 意味もなく名前を呼ばれる。呼ばれると嬉しい。こんなこと知ってしまわない方が良かった。

 ……それでも、私のこと、捨てるんでしょう。

 その可能性が高い。理由については考えない。忘れるべきだ、考えが読まれていたとしても、答えなければいい。

「捨てないよ」

 ……やっぱり読まれてる。

 怖い人だ、平気な顔して、頭の中をのぞいてくる。

 シャロンの方こそ、彼がどんな風に考えてシャロンが好きだと言っていて、ここまでするのかその頭の中をのぞいてみたかった。



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