上 下
9 / 30

9

しおりを挟む



 ……まったくありえないって思うべき? それとも本人に聞いてみる?

 そう考えてから、ふとそんなプライベートな事、それも公爵になる前のエディーの事を誰から聞いたのだろうと思う。

「情報源を聞いてもいい?」

 もちろん秘密だというのならそれ以上、聞かないつもりだった。しかし、カインは少しだけ悩むように間をおいてから、口を開く。

「エディーの前のクロフォード公爵だった、フレドリックだ。彼はもともと、王室に仕えるサムウェル伯爵家からクロフォード公爵家に養子に入った。私はサムウェル伯爵家に彼がいた時から、面識があった。其方と婚約する前の話だ」
「なるほど……サムウェル伯爵家の役目や話は聞いたとがある」
「そうだろう。それからプライベートで付き合いを続けていたが……たしか半年ほど前に亡くなって、エディーが爵位を継承したんだ」

 意外なつながりに驚いたが、上級貴族の世界は狭い、そういう事もあるのだろう。それに、血がつながっていないとはいえ、同じ場所に住んでいた兄であるフレドリックからの情報であるなら、正しい事なのだろう。

 問題はそれがシャロンにも適応されるかどうかだ。

 ……適応されたとしたら、どうなるんだろ。……でも、きっとエディーに拾われる前よりは悪くならないって事は言えるでしょ……なんて。

 ポジティブにとらえるならばそんな感じだ。だって、流石に実家にはもう帰れないし慰謝料をもらってどうにか暮らす以外ないだろう。やってみると案外何とかなることも多い。

 けれども彼とのまだ多くない、思い出を頭に浮かべる。

 あれほど愛の言葉をささやいてくれていたのに、そうなったら寂しいと思うぐらいは許されるだろうか。
 
 ……。

 どう考えても暗くなってしまい、最終手段としてシャロンは思考を放棄した。

「エディーが必ずしも、おかしな人間であって其方を傷つけるとは思わないしかし、しばらくは様子をよく見て何かあればぜひ頼ってほしい」

 カインはそういって、真剣な目をシャロンに合わせた。そう言ってくれるのはうれしいが、カインとシャロンはすでに他人で、シャロンの事にカインが何かを背負う必要はないし……逆に言えば、カインの責任をシャロンが背負う事もない。

 ……そうでなければつり合いが取れないでしょ。私は、やっぱり……。

「ありがたいけれど……もう他人になったのだから、きっちりと距離感は保っていこうと思う」
「そうか、それもそう……」

 言いながらカインは目を見開いて、扉の方を見た。丁度、蝶番がギイと音を立てて開いていくところでシャロンもその視線の先を追う。
 
 誰がいるのか分かっていた。

 本当は見たくないし、会いたくない。しかし、元気にしているのか、きちんと食事はとれているのか、そう考えてしまって食い入るように見つめる。

「ユーリッ!!」

 すぐにカインが怒鳴り声をあげて、叱責するように彼女の名前を呼ぶ。

 扉を開いた先にいるのは、黒髪に黒い瞳の小さな女の子だ。

「っ、シャロン姉さまっ、姉さま!! 帰って来てくれたの!!」
「駄目だッ! この時間は部屋にいるって約束したではないか!!」
「姉さま、会いたかったずっとずっと会いたかった!」
 
 小さな聖女ユーリは短い手足で必死にシャロンの方へと走ってこようとしていた。しかし、カインはすぐにその体を捕まえて、手を引いて大きな声で怒鳴りつける。

「ユーリッ、私の話を聞け!! 何故約束を破ってここにいる!!」
「っう、っ、だって、シャロン姉さまがっ」
「其方に会わせるつもりなどなかった! よく言い含めただろう!」
「っ、うっ、うう~、ひっゔ」

 その光景をシャロンはぼんやりと眺めていた。そんなに怒鳴っては可哀想だと思う反面、もっと叱ってほしいとも思う。

 シャロンはカインにそんな風に怒られたことは無い。シャロンと違ってユーリはこんなに彼を怒らせていると思いたかった。

 ……でも張り合うなんてそんなのどうして、バカバカしい。

「うわぁ~ん。ねえさまぁっ、しゃろ、ねねさっ」

 ユーリの黒い大きな瞳から涙がぽとぽとと零れ落ちる。懐かしい泣き声に胸が苦しい。

 小さな子供がシャロンを求めて泣いている。それだけで何故だか追い詰められるような気持だった。

「泣くな。泣いてもなにも変わらないぞ。シャロンすまない、私の監督不足だ、其方たちはもう他人だ。なんの関係もない気にしないでくれ。それにあらかたもう話は終えた。今日はこのあたりで解散にしよう」
「姉さまっ、いやぁっ~いかないでっ、しゃろ姉さまぁっ」
「いい加減にしろ。ユーリ……シャロンはもう、其方の姉ではない」

 ……そう、そのはず。そのはずだ。私は、もう……他人。

 分かっているのに、どらともの言葉に応えられなかった。シャロンはただ口から何も声が出ないようにきつく引き結んでそのソファーを立った。

 ユーリはカインを押しのけてシャロンの元へと向かおうと必死にあがいている。小さな拳でカインを殴りつけて、絶え間なくシャロンを呼んでいた。

 きっと、シャロンの事は何度もカインも説明していると思う、しかし、理解はできていても呑み込めないのだろう。それほどにまだ幼く、親が必要な年齢だ。

「姉さまぁ、いかないでぇっ、ゆーりをつれ、てって!!しゃろんねねさまあ」
「……すまないシャロン。私の責任だ、きちんと宥める」

 暴れるユーリをカインは大人の力で抑えこんで、シャロンを見てそういった。それにただ、苦々しく思いながらもうなずいてシャロンは彼らとすれ違って、カインの部屋を後にした。

 部屋を出た後にも後ろから必死にシャロンを呼ぶ声が聞こえてきたそれに、誰のせいで、という言葉を思いながら優しく手を伸ばして抱きしめてやりたくなる。

 それがもう頭の中をぐしゃぐしゃにかき混ぜられるような感覚で、知らないうちに歩きながら歯を食いしばる。

 何もかもが矛盾していて、でも最終的にユーリが心配になる。あんな様子では居なくなってからきっとずっとシャロンを彼女は求めただろう。不安定になっているに違いない。

 カインではまだまだ寂しいはずだ。

 彼は子供が好きだが所詮は親ではないし、公務もある。必然的にかまってやる時間もない。きつい所もある。

 だからシャロンはユーリの手を取って優しくして、ずっとベットで一緒に眠ってあげたい。けれど、今のシャロンは、それと同時に笑顔の裏に邪悪な恨みつらみが張り付いている。

 もう無邪気にシャロンを求めるユーリに、純粋な笑みを返してはやれない。シャロンは他人になったのだから。



 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でもある時、マリアは、妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

【完結】残酷な現実はお伽噺ではないのよ

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
「アンジェリーナ・ナイトレイ。貴様との婚約を破棄し、我が国の聖女ミサキを害した罪で流刑に処す」 物語でよくある婚約破棄は、王族の信頼を揺るがした。婚約は王家と公爵家の契約であり、一方的な破棄はありえない。王子に腰を抱かれた聖女は、物語ではない現実の残酷さを突きつけられるのであった。 ★公爵令嬢目線 ★聖女目線、両方を掲載します。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 2023/01/11……カクヨム、恋愛週間 21位 2023/01/10……小説家になろう、日間恋愛異世界転生/転移 1位 2023/01/09……アルファポリス、HOT女性向け 28位 2023/01/09……エブリスタ、恋愛トレンド 28位 2023/01/08……完結

処理中です...