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しおりを挟む……まったくありえないって思うべき? それとも本人に聞いてみる?
そう考えてから、ふとそんなプライベートな事、それも公爵になる前のエディーの事を誰から聞いたのだろうと思う。
「情報源を聞いてもいい?」
もちろん秘密だというのならそれ以上、聞かないつもりだった。しかし、カインは少しだけ悩むように間をおいてから、口を開く。
「エディーの前のクロフォード公爵だった、フレドリックだ。彼はもともと、王室に仕えるサムウェル伯爵家からクロフォード公爵家に養子に入った。私はサムウェル伯爵家に彼がいた時から、面識があった。其方と婚約する前の話だ」
「なるほど……サムウェル伯爵家の役目や話は聞いたとがある」
「そうだろう。それからプライベートで付き合いを続けていたが……たしか半年ほど前に亡くなって、エディーが爵位を継承したんだ」
意外なつながりに驚いたが、上級貴族の世界は狭い、そういう事もあるのだろう。それに、血がつながっていないとはいえ、同じ場所に住んでいた兄であるフレドリックからの情報であるなら、正しい事なのだろう。
問題はそれがシャロンにも適応されるかどうかだ。
……適応されたとしたら、どうなるんだろ。……でも、きっとエディーに拾われる前よりは悪くならないって事は言えるでしょ……なんて。
ポジティブにとらえるならばそんな感じだ。だって、流石に実家にはもう帰れないし慰謝料をもらってどうにか暮らす以外ないだろう。やってみると案外何とかなることも多い。
けれども彼とのまだ多くない、思い出を頭に浮かべる。
あれほど愛の言葉をささやいてくれていたのに、そうなったら寂しいと思うぐらいは許されるだろうか。
……。
どう考えても暗くなってしまい、最終手段としてシャロンは思考を放棄した。
「エディーが必ずしも、おかしな人間であって其方を傷つけるとは思わないしかし、しばらくは様子をよく見て何かあればぜひ頼ってほしい」
カインはそういって、真剣な目をシャロンに合わせた。そう言ってくれるのはうれしいが、カインとシャロンはすでに他人で、シャロンの事にカインが何かを背負う必要はないし……逆に言えば、カインの責任をシャロンが背負う事もない。
……そうでなければつり合いが取れないでしょ。私は、やっぱり……。
「ありがたいけれど……もう他人になったのだから、きっちりと距離感は保っていこうと思う」
「そうか、それもそう……」
言いながらカインは目を見開いて、扉の方を見た。丁度、蝶番がギイと音を立てて開いていくところでシャロンもその視線の先を追う。
誰がいるのか分かっていた。
本当は見たくないし、会いたくない。しかし、元気にしているのか、きちんと食事はとれているのか、そう考えてしまって食い入るように見つめる。
「ユーリッ!!」
すぐにカインが怒鳴り声をあげて、叱責するように彼女の名前を呼ぶ。
扉を開いた先にいるのは、黒髪に黒い瞳の小さな女の子だ。
「っ、シャロン姉さまっ、姉さま!! 帰って来てくれたの!!」
「駄目だッ! この時間は部屋にいるって約束したではないか!!」
「姉さま、会いたかったずっとずっと会いたかった!」
小さな聖女ユーリは短い手足で必死にシャロンの方へと走ってこようとしていた。しかし、カインはすぐにその体を捕まえて、手を引いて大きな声で怒鳴りつける。
「ユーリッ、私の話を聞け!! 何故約束を破ってここにいる!!」
「っう、っ、だって、シャロン姉さまがっ」
「其方に会わせるつもりなどなかった! よく言い含めただろう!」
「っ、うっ、うう~、ひっゔ」
その光景をシャロンはぼんやりと眺めていた。そんなに怒鳴っては可哀想だと思う反面、もっと叱ってほしいとも思う。
シャロンはカインにそんな風に怒られたことは無い。シャロンと違ってユーリはこんなに彼を怒らせていると思いたかった。
……でも張り合うなんてそんなのどうして、バカバカしい。
「うわぁ~ん。ねえさまぁっ、しゃろ、ねねさっ」
ユーリの黒い大きな瞳から涙がぽとぽとと零れ落ちる。懐かしい泣き声に胸が苦しい。
小さな子供がシャロンを求めて泣いている。それだけで何故だか追い詰められるような気持だった。
「泣くな。泣いてもなにも変わらないぞ。シャロンすまない、私の監督不足だ、其方たちはもう他人だ。なんの関係もない気にしないでくれ。それにあらかたもう話は終えた。今日はこのあたりで解散にしよう」
「姉さまっ、いやぁっ~いかないでっ、しゃろ姉さまぁっ」
「いい加減にしろ。ユーリ……シャロンはもう、其方の姉ではない」
……そう、そのはず。そのはずだ。私は、もう……他人。
分かっているのに、どらともの言葉に応えられなかった。シャロンはただ口から何も声が出ないようにきつく引き結んでそのソファーを立った。
ユーリはカインを押しのけてシャロンの元へと向かおうと必死にあがいている。小さな拳でカインを殴りつけて、絶え間なくシャロンを呼んでいた。
きっと、シャロンの事は何度もカインも説明していると思う、しかし、理解はできていても呑み込めないのだろう。それほどにまだ幼く、親が必要な年齢だ。
「姉さまぁ、いかないでぇっ、ゆーりをつれ、てって!!しゃろんねねさまあ」
「……すまないシャロン。私の責任だ、きちんと宥める」
暴れるユーリをカインは大人の力で抑えこんで、シャロンを見てそういった。それにただ、苦々しく思いながらもうなずいてシャロンは彼らとすれ違って、カインの部屋を後にした。
部屋を出た後にも後ろから必死にシャロンを呼ぶ声が聞こえてきたそれに、誰のせいで、という言葉を思いながら優しく手を伸ばして抱きしめてやりたくなる。
それがもう頭の中をぐしゃぐしゃにかき混ぜられるような感覚で、知らないうちに歩きながら歯を食いしばる。
何もかもが矛盾していて、でも最終的にユーリが心配になる。あんな様子では居なくなってからきっとずっとシャロンを彼女は求めただろう。不安定になっているに違いない。
カインではまだまだ寂しいはずだ。
彼は子供が好きだが所詮は親ではないし、公務もある。必然的にかまってやる時間もない。きつい所もある。
だからシャロンはユーリの手を取って優しくして、ずっとベットで一緒に眠ってあげたい。けれど、今のシャロンは、それと同時に笑顔の裏に邪悪な恨みつらみが張り付いている。
もう無邪気にシャロンを求めるユーリに、純粋な笑みを返してはやれない。シャロンは他人になったのだから。
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