7 / 30
7
しおりを挟むある程度クロフォード公爵家での生活が落ち着いたころ、シャロンはエディーに許可を取って王宮へと足を運んだ。
クロフォード公爵邸は王都の一等地にあるので、王宮とそれほど距離もない。屋敷の目の前には大通りが通っていて人通りも多く窓から顔をのぞかせるだけでにぎやかだ。
王宮へは、行こうと思えばいつでも向かうことが出来たし、王族とのつながりをきちんと持っておくことは公爵夫人としてとても有用な事ではあったが、気が重かった。
もとはといえば、シャロンが婚約を破棄されたのが元凶になって実家に帰ることになり、それなりに大変な思いをした。
その婚約破棄の元凶は召喚された聖女だ。
風の女神の加護を受けた聖女は、召喚場所であった王宮の忙しい王太子夫妻の元ではなく、シャロンとカインの新婚生活の場所となるはずだった離宮を一時の住まいとして居た。
その時には、シャロンだって良い事をしているつもりだったし、カインも聖女ユーリにそれほど興味を示していなかった。
しかし、歯車はどこかで狂ってシャロンとの婚約を破棄してユーリと婚約することになった。その選択をしたカインがシャロンを公爵夫人となった今呼び出している。
何を言われるにせよ、この場所に戻ってきた以上は無視はできない。分かっていた事実だ。
手土産をもったまま使用人についていく。
一度は暮らした離宮に他人としてやってくるのはなんだか不思議な気持ちだった。
カインの部屋へと到着すると、常に入り浸っていたユーリは今日はいない様子で、カインはソファーに座っていた。しかし、シャロンを見てすぐにカインは勢い良く立ち上がった。
「シャロンッ」
「……」
シャロンに呼びかけて入口の扉の方へとやってくる。それから金色の王族らしい瞳を罪悪感でいっぱいに染めながら目を伏せた。
「まずは謝罪をさせてくれ。本当にすまなかった」
「やめてください、カイン王子殿下」
すでに婚約者ではない手前、そう静かに口にする。すると彼は、シャロンの手を取って、辛そうに言った。
「どうか、私の事はこれまで通り呼んでほしい。私は其方にだけは敬われることは出来ない」
「……」
「オリファント子爵の件、聞き及んだ。最大限の配慮をしたつもりであったし、それで自分自身も満足してしまっていた。告発して救い上げてくれたクロフォード公爵には感謝の言葉もない」
……たしかに、カインは自分勝手を通した。でもそれに抗わなかったのも事実、ついでにいい経験が出来たって事で。若いころは苦労した方がいいとかいうしね。
ポジティブに考えて少ししっくりきた。それに会ってみるとやはり彼は普通の人間であり、オリファント子爵の元にいた時には、なんだかすごく嫌な人だったような気がしていたが、そんなことないのだと今なら思える。
「クロフォード公爵については思う所は多々あるが、其方が収まるところを見つけられたようで、それだけは今は安心している」
……思う所か……それはそうだろうね。
彼の言い分に納得しつつも、こうして立って、いつまでも低姿勢で話させるわけにはいかない、シャロンは親しみをこめて彼を見た。
「ありがとう。貴方より先に結婚するなんて不思議な気分だけどね」
嫌味なく言ったつもりが、シャロンの言葉にカインは眉間にしわを寄せて「本当に申し訳ない」と謝罪した。
「いや、あ~、っと。カイン、私怒ってないし、それに慰謝料の件は流石にオリファント子爵に非があるから」
「それでも、そこまで考えていなかった私にも非がないかと言われれば答えは否だろう。……安心してほしい、きちんと君の手元にわたるようにオリファント子爵とその家族には返却の義務を課した」
いいつつ、カインの瞳がきらりと光る。報復はきちんとしてくれるつもりらしい。爵位の返上とまではいかずとも、結構な大金を使い込んだのだ、返すのには苦労すると思う。
それに、結局あの舞踏会の場で脅して恥をかかせた後に、エディーはきちんと王家に契約の違反があると告発したらしい。
実際に証言をしたのはベイリー伯爵だ。
何をして、オリファント子爵の友人である彼にそんなことをさせることが出来たのかという闇がまた一つエディーに追加されたが、やってくれたこと自体はシャロンを思いやっての事だろう。
そしてその告発に対してきちんと王家も動いてくれた。
あのままオリファント子爵領から出られずに仕事に忙殺される日々を送っていたら、きっとシャロンは何もできずに死んでいた。
きちんと仕返しが出来たのはカインとエディーのおかげだ。
エディーに関しては手放しに喜んでお礼を言っていいのか微妙なところだが、カインに対してはシャロンは嫌な感情を向けてはいない。
「きちんと対応をしてくれただけで私は何も言うことないよ。感謝してるぐらい」
「だが、シャロン。この間、一目見た時から思っていたが其方……」
「ま、まぁ、とにかく、ゆっくり話そうって。ね。カイン、今日はたっぷり時間があるから」
そういってシャロンの手をとり、優しく握って苦し気にするカインにシャロンは先ほどまで彼が座っていたソファーを示すように見た。
その視線を追ってカインも振り返り、静かにうなづいた。それから二人は向かい合ってソファーに座り、シャロンは手土産のバスケットを自分の隣に置いた。
「改めて久しぶりだね……カイン」
「ああ……ああ、そうだな。シャロン」
シャロンをまっすぐとみて噛みしめるようにカインは言った。目の前にいる彼は半年以上離れていたので、それなりに少し大人っぽくなったような印象だが、相変わらず少し草臥れているような気がする。
高級な服を着て、綺麗に整えられた髪をしていても、カインは決して威圧的ではなく、既婚者のような若い男性らしくない雰囲気がある。
「あんまり変わってないようで安心したけど、きちんと休みはとってる? カインはいつも仕事ばかりだから」
「心配には及ばない……其方に比べれば、私など」
「そんなことないよ。王族は仕事量が多いから……」
だから早く、ユーリに手伝ってもらえるようにならないと、そう言おうとした。
しかし、久しぶりに会った彼に彼女の話題を出すのはどうしても出来なくて、口をつぐむ。
すると、シャロンが何を言いたかったのか分かったらしくカインも気まずそうに目をそらして、使用人に出してもらった紅茶を飲む。
そして口を潤してから、シャロンに向かって難しい表情のまま問いかけた。
「シャロン……其方、その髪は」
指摘されて、シャロンは困ったような笑みを浮かべた。
……やっぱり聞かれるよね。エディーは婚約していた時の私と会ってないから、わざわざ聞いてこなかったけど、こんなに短くなってたら気になるよね。カインが正しい。
あまり言いたいことではなかったが、ポジティブにそう自分を納得させて、リボンで軽く結っている髪に触れた。相変わらずチョンと跳ねるぐらい短い。
昔は格式高い髪結いもできるように、きちんと手入れをして伸ばしていた。
しかし実家に帰った時に荷物はすべて売りに出されたのだが、その時に美しく手入れされたシャロンの金髪も売り払われた。
「……多分、こどかでオジサンの頭を着飾ってる」
「……まさか」
「言わないで、私も思い出さないから」
流石にその時には泣いた。
……でも、短髪も悪くないよね。 なにより労力が少ないし、手入れが楽。
楽観的にそう考えたが、両親や姉が、これも売れるだろうとシャロンの髪を引っ張った時の気持ちは今でも忘れられないトラウマだ。
あの時ほど他人の正気を疑ったことは無い。
「分かった。……本当に私のせいで申し訳ない」
ぎこちなくそう口にするカインにシャロンは上手く切り替えられなくて家族の悪行を思い出した。
173
お気に入りに追加
518
あなたにおすすめの小説
【完結】追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します!
蜜柑
ファンタジー
レイラは生まれた時から強力な魔力を持っていたため、キアーラ王国の大神殿で大司教に聖女として育てられ、毎日祈りを捧げてきた。大司教は国政を乗っ取ろうと王太子とレイラの婚約を決めたが、王子は身元不明のレイラとは結婚できないと婚約破棄し、彼女を国外追放してしまう。
――え、もうお肉も食べていいの? 白じゃない服着てもいいの?
追放される道中、偶然出会った冒険者――剣士ステファンと狼男のライガに同行することになったレイラは、冒険者ギルドに登録し、冒険者になる。もともと神殿での不自由な生活に飽き飽きしていたレイラは美味しいものを食べたり、可愛い服を着たり、冒険者として仕事をしたりと、外での自由な生活を楽しむ。
その一方、魔物が出るようになったキアーラでは大司教がレイラの回収を画策し、レイラの出自をめぐる真実がだんだんと明らかになる。
※序盤1話が短めです(1000字弱)
※複数視点多めです。
※小説家になろうにも掲載しています。
※表紙イラストはレイラを月塚彩様に描いてもらいました。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
【完】聖女じゃないと言われたので、大好きな人と一緒に旅に出ます!
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
ミレニア王国にある名もなき村の貧しい少女のミリアは酒浸りの両親の代わりに家族や妹の世話を懸命にしていたが、その妹や周囲の子ども達からは蔑まれていた。
ミリアが八歳になり聖女の素質があるかどうかの儀式を受けると聖女見習いに選ばれた。娼館へ売り払おうとする母親から逃れマルクト神殿で聖女見習いとして修業することになり、更に聖女見習いから聖女候補者として王都の大神殿へと推薦された。しかし、王都の大神殿の聖女候補者は貴族令嬢ばかりで、平民のミリアは虐げられることに。
その頃、大神殿へ行商人見習いとしてやってきたテオと知り合い、見習いの新人同士励まし合い仲良くなっていく。
十五歳になるとミリアは次期聖女に選ばれヘンリー王太子と婚約することになった。しかし、ヘンリー王太子は平民のミリアを気に入らず婚約破棄をする機会を伺っていた。
そして、十八歳を迎えたミリアは王太子に婚約破棄と国外追放の命を受けて、全ての柵から解放される。
「これで私は自由だ。今度こそゆっくり眠って美味しいもの食べよう」
テオとずっと一緒にいろんな国に行ってみたいね。
21.11.7~8、ホットランキング・小説・恋愛部門で一位となりました! 皆様のおかげです。ありがとうございました。
※「小説家になろう」さまにも掲載しております。
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです
ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」
宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。
聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。
しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。
冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

婚約破棄されたので、聖女になりました。けど、こんな国の為には働けません。自分の王国を建設します。
ぽっちゃりおっさん
恋愛
公爵であるアルフォンス家一人息子ボクリアと婚約していた貴族の娘サラ。
しかし公爵から一方的に婚約破棄を告げられる。
屈辱の日々を送っていたサラは、15歳の洗礼を受ける日に【聖女】としての啓示を受けた。
【聖女】としてのスタートを切るが、幸運を祈る相手が、あの憎っくきアルフォンス家であった。
差別主義者のアルフォンス家の為には、祈る気にはなれず、サラは国を飛び出してしまう。
そこでサラが取った決断は?
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる