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 シャロンは気がついたら、華やかなドレスを着せられて、舞踏会に来ていた。隣にいるのはあの日のローブの男であるエディーだった。

「クロフォード公爵。ごきげんよう。そちらが噂のご夫人ね。すてきなドレスですわ」
「ああ、ありがとう。伯爵夫人、今日は一人なんだね」
「ええ、そうですの」

 隣にいる男を見上げる。王宮で行われる大規模な舞踏会にも恥ずかしげもなくシャロンを連れて歩くこの男は、本当にどうやらクロフォード公爵らしい。

 当たり前のように社交をこなし、あれこれと話をして去っていく夫人と別れて、貴族たちが社交を繰り広げる豪華絢爛なパーティーホールの中を進んで、適当なテーブルに腰かけた。
 
 その向かいに座らせられて、シャロンは人形のように動かなかった。口もきかなかった。しかしそれをこの男はなにも指摘しない。

「シャロンは何か飲む? 俺は踊らないしワインでも貰おうと思うんだけど」
「……」

 聞かれて首を振ると「そう」とほほ笑んで彼はウェイターに声をかけ、適当なワインを持ってこさせる。

 それをあおるのをシャロンはただ見ていた。ただじーっと見つめて、これまでの事をよーく思い出してみた。
 
 馬車に乗り込み、彼に連れられついた場所は、半年前に去った王都だった。そして到着したのは、王宮にも負けず劣らず豪華なつくりのクロフォード公爵邸で、たらふく食事をとらされた。

 それからぐっすりベットに寝かされて、ついでに医者も呼んでみてもらって綺麗にされて、高そうなドレスを着させられた。

 それはとても不思議な体験であり、正直なことろ都合のいい夢か、もしかすると薪を使いすぎて暖をとれなくなったシャロンが死んで見ている幸せ夢なのかもしれないと思う。

 だって寒くもないし、手についたあかぎれもなおってはいないけれど丹念に薬を塗られて痛くない。不快な部分が少なくて実家を出てから生きた心地がしないのだ。

 ……やっぱり死んでるんじゃないかな。

 本当に真剣にシャロンは考えていた。本当の本当に真剣だった。できるだけポジティブになろうといつも頑張っているシャロンだったが何度考えてもその結論にたどり着く。

 だっておかしいだろう、数枚書類にサインしただけですでに結婚しているらしいのだ。いや、別におかしくないんだが、公爵夫人と王宮にきてまで呼びかけられて、流石に結婚したらしいと思える。

「……医者は心は病んでいないと言っていたけど、やっぱり少し、壊れてるのかな」

 目の前にいるエディーも同じようにしてシャロンを見つめてそんな風にこぼす。そうも思うだろう。だってもう必要最低限のこと以外、二週間以上話をしていない。

 彼は常ににこやかに話しかけてくるというのに、シャロンはまったく朗らかに返せていなかった。

 殺伐とした場所から心が抜け出せなくて、そして何より意味が分からななくて、エディーの言葉にもやはり上手く返せる気がしなくて、口をきゅっと結んだまま居た。

 無言でいると人々のざわめきが聞こえてくる。周りの貴族たちは声をかけて来はしないが、シャロンとエディーのことを探って噂を言っている様子だった。

 それもそのはずシャロンは貴族社会の中では聖女に負けて捨てられた令嬢なのだ。

 それを公爵が我が物顔で連れ歩いていたら誰しもぎょっとするだろう。

 ……嫌な視線も多い……気がする。

 しかし、シャロンにとってはこの反応はなんとなく現実的で、その事実はすんなり受け止められた。

 そして大衆の中には、当たり前のように同じ貴族であるシャロンの家族もいる。

 こうして、公の場に出てきたのは今日が初めてだが、噂を聞いた時から彼らはシャロンとエディーの事を狙ってたのだと思う。

 人々をかき分けてやってくるのは、あのオリファント子爵だ。彼は後ろに気の強いステイシーを連れていて、背後にはもっと気の強い、子爵夫人を連れている。

 三人は特攻するように険しい顔で近づいてきて、エディーの目の前まで来てからオリファント子爵だけは媚びる様な笑みを浮かべた。

「ごきげんよう、クロフォード公爵お噂はかねがね」

 言いつつも下卑た笑みを浮かべて、金を搾り取ってやると顔に書いてあった。

 その状態を周りの貴族たちも様子をうかがうように見ていて、このテーブルの周りは舞踏会会場なのに妙に静かだった。

「積もる話もありますから、どうか場所を移しましょうぞ」

 華やかな音楽だけが周りを包む。ぼんやりとしているシャロンが見上げると鬼のような形相をしているステイシーがいた。

 彼女はすぐにでもシャロンに食って掛かりたいという顔をしていた。

 しかし、シャロンの立場上そんなことは出来ないと必死にこらえている表情だった。
 
 ……あ……。

 その顔を見たことがあった。というかしょっちゅう向けられていたと今更思い出した。

 ガシャンとガラスの割れる音がする。シャロンにとってその音は今までガラスの向こう側だったような、彼に買われてからの生活が、現実味を帯び始める音だった。

 実際にはエディーがグラスを床に落とした音であり、中に入っていたワインはオリファント子爵の足元に広がる。

「すまない、子爵。手が滑ってしまった」
「な、何をされるんです」
「つい、君のような下衆の顔を見るのが苦痛でね」
「なんですと?!」

 にこやかに言うエディーは徐に立ち上がって、オリファント子爵を見下ろして、周りには聞こえないような少し声量を抑えた声で言った。

「娘の婚約破棄の慰謝料をすべて遊びに使ってしまうような人間と、誰が話をしたいと思うんだよ」
「っ、なな、なぁんの事だかわかりませんな」
「その慰謝料、使い道を指定されたうえでの支払いだったはずでは?」
「っ……」
「今ここで話しても俺は構わないけど」

 エディーはにこやかなままオリファント子爵にそう告げた。それはシャロンのまったく知らない話で、初耳だった。

 しかし何故そんなことを知っているのだろう。というのも疑問だがそもそもこの人、クロフォード公爵だというが、シャロンは一度だって社交界で彼を見たことがない。

「靴、履き替えに行くのをすすめるよ」

 じっと見つめられたまま言われて、オリファント子爵はひくっと頬を引き攣らせて踵を返した。



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